248.在りし日の黒マリモちゃん

「その上いつも絶妙に受け流すだけ。

シエナの憎しみをどれだけ煽っても必要なだけの憎しみにまで昇華しなかった」


 アレはそう言ってため息を1つ吐き、捕縛しようと光の粒子が足元から徐々に上がっているのも気にせず懐かしむような口調で続ける。


「その点第1、第2の申し子の時は簡単だったわ。

あの王女が余りにも優秀で、母親を人質に取られていたとはいえ憎しみを受け止めて耐え続けたお陰で魔法呪が完成して顕現できたんだもの」

「……王女」


 ボソリと声を出したのは王子だけれど、騎士団長の方はそれとなく殺気を帯びたわ。


 聖獣ちゃん達が言っていたように、アッシェ家の当主にはあの日の真実が伝わっているのね。


 王子の方はわからないけれど、声から滲むのは申し訳なさ?

稀代の悪女を恥部扱いしていたあの元婚約者のような嫌悪の声ではない。

もしかして彼は気づいているのかしら?


 今のところ真実を知るのは国王と王妃、そして四公の当主達だけだと思っていたけれど。


「でも結局はあの王女に邪魔されたのよね。

まさか真に完成して供物となった魔法呪ごと顕現した私を滅ぼす事ができる人間がいるなんて。

でも良かったわ。

君達があの王女を悪者にする事で、既に存在していた第2の申し子を見落としてくれたんだもの。

彼女は滅びかけた私をここに留めて自由にした。

もっとも新たに作ったこの仮初めの体に不完全ながらも存在する必要があったから魂を食べてしまったわ。

第2の申し子ほど嫉妬に狂いきった申し子もいなかったのに、もう欠片も存在していないのは少し残念ね。

そして私は次の魔法呪になれそうな人間を探し続けた。

顕現するのにも制約が発生するから、本当に大変よ。

そんな中で見つけたシエナはね、上手くすれば第3の申し子になれる素養があったの」

『救いようのないふざけた話だね』


 聞き捨てられない言葉にリアちゃんが剣呑な声を出し、私は眉根を寄せそうになる。

けれど鍛えた淑女の微笑みはそうそう崩さないわ。


「そこの王子やシエナを使って魔法呪を作り出せば今度はちゃんと復活できるはずだったのに……」


 私を見て何回ため息を吐くのかしら。

というか、王子は魔法呪にされそうになった事があったの?


「まさか無才無能がこんなにも無双して逃走の猛者である事が一周回ってこんな形で邪魔するなんて……正直びっくり」


 はぁ、とため息を吐く。


「何なの、そのトンデモ魔法具。

抜けてる魔法回路が空回って有益な魔法具へと変身するし、何よりも戦意を保つのが難しい雑な工作物にふざけた起動ワード……」

「ふふふ、お褒めいただけて何よりよ。

次は兜を作るから差し上げましょうか?」


 あら、やっとちゃんと褒められたのね。

記念に前世の孫達に好評だった兜でも……。


「褒めてないし、え、要らないわ」


 どうしてかしら?

心底要らなそうな声でお断りされるのはともかく、お父様と王子以外は向こうに同意するかのようなチラ見をしてきたわ。


「何故俺を?」


 何となく漂う意味のわからない殺伐感に割って入ったのは王子。

魔法呪にされそうになったのなら当然気になるわよね。


「だってあんな所にいるのだもの。

話の内容をどこまで聞かれたかわからないでしょう?

伝染する死を振りまく魔法呪も1度は作ってみたかったし。

あとはそこの魔獣と同じ。

まあ君は産まれて何年かしていたし、君の中にも年相応なそれなりの妬みもあったけれど、やっぱり足りなくて入れ物としてまずは育ててみようと思っただけ。

実験よ。

お陰で今回みたいに入れ物を手に入れたら依り代となる魂を移せば魔法呪にできるって思いついたの。

従来通り1つの魂に、それと同じ肉体が望ましいけれど、それってなかなかの逸材で自然発生させるには時間がかかるもの。

でも結局はそれも君に邪魔されたのよね。

ここでもまさかの低魔力に異様な枯渇耐性が一周回って解呪だもの。

低能だからこその優秀って、意味がわからない。

そんな事誰も想像できないわ」


 私が解呪したのは在りし日の黒マリモちゃんだけのはず。

モフモフの魔獣が呪われたのかと思っていたけれど、もしかしてあの子……王子だったの?!

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