234.離宮と魔法呪〜レジルスside

『誰か助けて』

『痛い、苦しい』


 体中が痛い。

これは覚えのある痛みとかつて俺が心から叫び続けた声だ。


 突然闇に包まれ、公女を守ろうと抱き寄せ、結界を張ったまでは覚えているが……。


 魔法呪をこの身に受けたんだろうか。


 俺は幼少期、ある日突然魔法呪に侵された。

存在すらも知らされていない離宮に忍びこんだのが事の発端だ。


 鬱蒼とした木々に囲まれたその場所こそが何も知らぬ者が今なお稀代の悪女と貶める王女が母親の側室と過ごしていた場所だと知らずに立ち入った。


 あの頃は当然のように強制される品行方正さと教育が嫌だった。


 稀代の悪女のせいでより厳格にそれが求められると聞いた時には、何も知ろうともせずに見た事もない王女を悪者にして八つ当たりのように悪態をついた。


 初めの頃は王妃である母が褒めてくれるのが嬉しかった。

だが異母弟が産まれて数年した頃から母も長子だ、正妃の息子なのだからと言うようになり、我慢の限界がきた俺はその日逃げた。


 外からはそう見えないが、離宮の内部は王女が没して数十年どころかもっと長く手入れされていなかったかのように老朽化が進んでいた。


 もちろん当時の俺はそれに気づかず、昼間だというのに薄暗いその場所への好奇心が勝って奥へ進み、やがて雑草の茂る庭らしき場所にぽつんと建つ小屋を見つけた。


 どことなくその小屋はあの公女が住んでいる小屋に似ていたように思う。


 幼かった俺は離宮の内部よりも朽ちてはいなかった小屋のドアを開けようとした。

しかし足音が聞こえ、叱られると思って咄嗟に裏手に隠れた。


 女性2人が何かを話していたのは聞こえたが、すぐに防音の魔法を使ったらしく、声は途切れた。


 ただその内の1人の声には覚えがあった。

俺が魔法呪の呪いにかかり、最初に触れて犠牲となって亡くなった筆頭女官だ。


 後の1人はローブを目深に被り髪も顔もわからなかった。

多分女。


 先に女官がいなくなり、ほっとした俺は頃合いをみて小屋の裏手から顔を出し、実は俺に気づいて直ぐ側で立って気配を消していたその者と正面から対峙してしまった。


 だがそこで記憶がふつりと途切れている。


 次に気がついた時には自室のベッドの上。

ただし体が軋み、何かが体を内側から侵食するように這う怖気おぞけ、そして魔力を強制的に枯渇させられる激痛と息苦しさと高熱に襲われていた。


 そんな俺に触れた女官が気がふれたかのように悲鳴を上げて倒れた。


 聞きつけて駆けつけてから更に何人かは魔法呪の呪いを受けて犠牲になり、ロブール魔法師団長が呼ばれ、俺が魔法呪に侵されたのが確定した。


 だがそれだけだ。

師団長によって他人に移らないよう魔力の膜で俺の体を覆って呪力を内に封じる事には成功し、短時間なら触れる事はできるようになったものの、これといって有効な対処など何もできず、地獄の苦しみはその後数年にわたり続いた。


 いつしか俺の体は黒く変色し、毛に覆われて目を潰した。

人の形の片鱗すら無くなっていたが、俺はただ1人でその恐怖に耐え続けるしかなかった。


 最低限だけ触れられるようになってすぐ、他の王族に伝染せぬようにと母の生家の離れへ療養と称して移され、隔離されて過ごしたからだ。


『どうして俺がこんな目に』

『母上も父上も、誰も会いにきてくれない。

俺がどうなってもいいんだ』

『腹立たしい、俺ばかりが苦しい、憎らしい』


 いつしかそんな感情ばかりが胸に湧き起こるようになり、心が酷く殺伐として、全てが憎らしいとしか思えなくなっていた。


 そんな時だ。

まだよちよち歩きだったラビアンジェ=ロブールに出会い、黒マリモちゃんと謎の命名をされ、あっけなくもほんの半日ほどで苦しみから救われたのは。


『め、しろい、みえないのね。

もとはあかっぽい?

あとでなおしましょ。

クンクン……くちゃい。

おふろいれてあげる』


 毛に埋もれて潰れた目を探し当て、瞼をこじ開けて何かを確認するとそう言って撫でまわし、好き放題した。


 しかし忘れた頃に水をかけてブラシで擦る使用人とは全く違う優しい手つきと温かさに涙が流れた。


 それを思い出せば、何となく胸が温かくなった気がした。 

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