215.赤と白のリコリス〜ミハイルside

「レジルス、白のリコリスを知っているか?」

「……何故だ?」


 保健室を出て2人きりになったタイミングで、周囲に誰もいない事を確認して口を開いた。


 2人きりの時は敬語を取り払い名前で呼ぶという約束を守る。


 恐らくを見たのは、暴れるヘインズを共に押さえていたあのリーダーも同じだろう。


 俺とレジルス以外は保健室で待機してもらい、念の為部屋に簡易結界を張って出た。


 リーダーを残したのは、彼自ら買って出た護衛の意味もある。


 気絶した人間やドミニオという戦力外ばかりではいざという時に戦う術がない。


 かといって戦力外達を今すぐ校庭に連れて行くには、半透明の何かがどうなるかわからずに危険だ。


 本当なら戦力になりそうなリーダーを連れて行きたかったが、彼は一般生徒。

生徒会役員でも、こうした時に責任を負える身分でもない。


 単体で校庭に向かう事も提案したが、結界に留まると言ってくれた。


 そんな彼がわずかに目を見張ったのが、ヘインズが力任せに破った服の隙間から一瞬見えた、右肩に浮き出たあの紋を見た時だった。


 あれは恐らく誓約紋だ。

誓約した者がその約定した何かに抵触した時だけ何かしらの効力を発揮させる。

その際に紋が浮き出る仕組みだが、それ自体はありふれた仕組みだ。


 ただ、その紋の形に引っかかる。

大抵は何かしらの魔法陣が多いのに、まさかの死の仇花とはな。


『っぐ、ひっ、ゆ、許し、公女!

あ、ああ!

しまっ、やめ、やめてぇ!

…………っぐ……ぁ……』


 あの時の恐怖に歪む顔と、許しを懇願する声。


 学園にいる公女は現在妹達だけだが、生徒会での彼らを見る限り、シエナではない。


 ならば学園外の公女かと思わないわけではないが……。


 以前に1度、復帰したヘインズと共に通りすがりの実妹を見た。


 うつむき、無造作に伸びて長くなった前髪に隠れた目元はどこか険しかった。


 あの時はあれだけ人の妹を目の敵にして第2王子や義妹達と嘲ったのだから、その後の処遇は自業自得だろう、逆恨みするなと腹が立った。


 睨みつけていると思ったのだ。


 しかし今思い返せば……以前のような侮蔑や怒りではなく、少なからずの恐怖を空色の瞳に滲ませていなかっただろうか?


 誓約紋はレジルスが気を失ったヘインズの体を診た時にはもう消えていた。


「知っているんだな」


 彼は昔からあまり感情を表に出さない。


 少し前に知った事だが、かつて呪われて幼児だった実妹曰く、黒マリモちゃんとやらになり、不遇な少年時代を過ごした影響もあったんだろう。


 基本的にはすましたような、やや冷たい表情で感情を読みづらい。


 それでも伊達に長い付き合いではないんだぞ。


 リコリスといえば稀代の悪女の象徴花なのは有名だ。

だが色は赤。


 心臓の位置に刻まれていた、恐らく何かの目印と魔力を吸い取る起点にしているマーキング紋と同じ赤いリコリスだ。


「その事は口にするな。

少なくとも今はな」


 マーキング紋を見た時からどこか不機嫌だったが、それは王家の者だから仕方ない。


 何せ悪魔と契約しようだなどという恥知らずが王家から出たのだ。


 ベルジャンヌ王女はどこの出かもわからない平民女性と、当時の国王の間にできた子供だ。

本来なら今より風通しの悪かった時代の血に厳格な王室内での事だ。


 産まれた瞬間に殺されていても不思議ではない。


 にも関わらず認知されており、庶子とはいえ王女としての待遇を受けていた。


 恵まれた境遇だったのは、当時の王妃が体の弱かった王女の実母、つまり側室に代わり、わが子のようにして育て、王太子もまた同母の妹のように扱っていたからだというのは有名な話だ。


 そんな王女は平民の血のせいか魔力が少なく、勉学も身につかず、癇癪持ちで素行も悪かった。

亡くなる数年前には女官達も王女と側室の住まう離宮には近寄れず、悪魔を召喚する研究をしていた事に王家が気づくのが遅れた。


 婚約者であったソビエッシュ=ロブール、俺の祖父だけは王女も離宮への出入りを許していたが、学園に通い始めてからの祖父は次第に離宮から遠ざかった。


 祖母のシャローナと運命の出会いを果たしたからというのが定説だ。

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