207.気にするのはそこじゃない〜ミハイルside

「失礼します」


 王子が何か言葉を発しようとした時だ。

見覚えのある学生がノックもなく入ってきた。


 しなかったのではなく、できなかったのだろうというのは横目に見てもすぐにわかった。

そして多分保健室の引き戸は足で開けたのだろう。


「何があった?」


 すぐに極秘潜伏していた元保険医が近寄り、抱えられている赤髪の主の顔をのぞきこむ。


 何故こいつが接点の無さそうな、俺の同級生にして同じ生徒会役員を抱き抱えているんだろうか。


 そういえば少し前に食堂に続く通路ですれ違ったな。


 まさか実妹ラビアンジェと秘密の逢瀬でもしていたんじゃないだろうか。

確か蠱毒の箱庭から帰還した実妹に真っ先に抱きついていた、通称チーム腹ペコと呼ばれているグループのリーダーだ。


「ひとまずこいつをベッドに寝かしてかまわないだろうか?

ロブール公女からはもし保険医がいないようなら、全学年主任に頼んでみるよう指示された」

「公女が……そうだな、今日は保険医は不在だから俺が診よう。

そこに寝かせてくれ。

それにしてもこの生徒随分顔色が悪いな」

「も?」


 ……レジルスよ、人を介してでもラビアンジェ想い人に頼られたのがそんなに嬉しかったのか。

基本は無表情だからわかりにくいが、寝かせる前からいそいそと鑑定魔法まで使って診始めたが、多分たまたま元保険医だと知っていて、今日たまたまいるのを目撃したからだぞ。


 リーダーの方はそこで初めて王子の言葉に、一番手前のベッドの傍にいた俺と目を合わせた。


 しかし特に反応もなく無表情に義妹へ視線をスライドさせてから、そのままベッドを間に挟んで奥に赤髪のヘインズ=アッシェを寝かせる。


 目で追っていた視線を戻せば、どうしてだか固く手を握りしめてうつむいていた。

表情はわからないが、義妹の胸の内は更にわからない。


 突然のだんまりだが今更この子が下位貴族の、それも義姉の同級生が入ってきて大人しくするとは思えないんだが、何が起こった?


「睡眠不足と軽く飢餓状態。

それに魔力が随分消費されているが、君達は喧嘩でもしたのか?」


 不審に感じつつも、元保険医の言葉に耳を傾ける。


 ヘインズは実妹の元婚約者と当然のように理不尽な正義感をぶつけ続けた、騎士としてあるまじき男だ。


 もちろん俺も憤りを理不尽にぶつけて兄としての信用を失った身だ。

責める資格などあるはずが無いとわかっていても、未だに害を与えた実妹本人への謝罪を1度としてしようとしない者を同級生だ、同じ生徒会役員だからと好意的に感じるのは無理がある。


「喧嘩じゃない。

ラビアンジェ公女を見送る途中に絡んできたと思ったら、突然倒れた」

「何故君が公女を見送っていたんだ?」


 レジルスよ、気になるのはわかるが、気にするのはそこじゃない。

名前呼びした瞬間から少しばかり眉が寄ったが、ここにもう1人の公女、シエナがいるからだ。

蠱毒の箱庭の件で事情聴取した時も俺の聞いた限り公女呼びしかした事が無い。

それとなくきつくなった眼光を戻せ。


 と少なからず王子を知る者として密かにつっこむが、もちろん口には出さない。


「公女と会った後だったからだ」

「そういえばすれ違ったな。

何故?」

「そこまで教える必要はない。

そもそも今気にするのはそこで良いのか?」


 教師でとしても王子としても目上の者となるはずのレジルスに対して敬語もなく愛想笑いもない。


 下級貴族の学生は多大に媚びを売るか、固まって何の反応も示せなくなるか、少数だがリーダーのようにいわゆる無愛想かに別れる。


 将来冒険者となる予定の者に多いが、この者もそうなのだろう。


 とはいえ王子本人も本来質問すべきはヘインズが何を言ってきたのか、倒れた際の状況だとわかってはいるはずだ。

同級生同士が会った事に何故と問われても、大して関わりのない教師に一々答えてやる義務も無いぞ。


「チッ。

まあいい。

ヘインズ=アッシェが倒れた時の詳しい状況を話して……」

「どういうつもりよ‼」


 舌打ちは流石に大人気ない。


 そう思いながら聞いていれば、突如前触れもなく義妹が吠え、素早い動きでベッドから降りて軽く靴を引っかけて詰め寄った。

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