205.果物屋さんからの……殺伐?
「……面白い格好で来たわね。
ほら、貸して」
「お待たせ、ガルフィさん」
従業員用控え室には既に美人オネエ様がいたのね。
今度は彼が荷物を輪投げの輪っか取りをして、すぐそこのテーブルに置いてくれたわ。
踵が少しあるパンプスを履いていながら姿勢も良く、私達3人がいるだけで圧迫感を感じる狭い空間の中で、動きに無駄がなくて素敵よ。
今日はあのマーメイドスカートを履いているわ。
ターンすると裾の部分だけが揺れるから、優雅な社交ダンスを踊っているみたい。
月影として用がある時は商会の事務所にお邪魔するのだけれど、普段はあまり出入りしないの。
月影が思っていたより有名になってしまったから、身バレ対策よ。
もちろん私が魔法で転移できるのは秘密だから仕方ないわ。
今日はこのお店を指定されたから、今の私は昔からこの界隈でバイトをしていた平民のラビよ。
「おっと、気が利かなかったな。
悪い」
「いいのよ。
ガルフィさんが……」
「開けていいでしょ?
きゃー、これこれ。
ラップ!
中身は全部兎熊なの?
あら、3種類ある!
3つともいい?
いいわよね?」
「オバチャン気質なだけだから」
本当は紳士なオネエ様って続けようと思ったのよ。
だけどこれはどう見てもあちらの世界でお馴染みの、激安スーパーでいち早く、確実にセール品を手に入れんとする歴戦の
セールハンター!
私もあちらにいる時には特売という言葉に血が滾ったものよ。
野菜の袋詰め放題にだって何度も挑戦したんだから。
「おい、落ち着け。
目が獲物を狙う魔獣みたいになってるぞ。
ここにゃどう見たって俺達だけだろう」
「はっ、しまったわ。
ラビの作る料理が美味しすぎて、時々争奪戦になるからいけないのよ」
「大丈夫よ。
今日はトムおじさんだけみたいだもの」
ちょっぴり恥ずかしくなってしまったのね。
頬に片手を当て照れているオネエ様の仕草のなんとも可愛らしいこと。
昔ユストさんが経営していた古着屋さんは店じまいしてしまったから、今ではユストさんと
おばさんは違う街で果物をふんだんに使ったテイクアウト専門ケーキ店が大ヒットして、今ではそちらにいるわ。
このお店にも時々アルバイトさんが入るの。
少し多めに持ってきたのはその為よ。
いなかったらユストさんとガルフィさんに全て渡そうと思っていたのだけれど……うーん、どうしようかしら。
余りは煮こみと燻製が1つづつ……。
「それじゃあ早速ブツを確認するぞ」
ユストさんの言葉で考えは放棄ね。
成り行きに任せましょう。
欲しいと言われたら渡せばいいわ。
それにしても厳ついオジサンがブツなんて言っていたら、何かしら勘違いされそうよ。
「ええ。
兎熊の塩釜焼き、燻製、それから煮込みの3種類をそれぞれ堪能してちょうだい。
ラップはガルフィさんから聞いているでしょ?」
「ああ」
「それじゃ、早速味見ね!」
そうして全種類を1切れずつ食べたこの2人の好感触な反応を前に私もご満悦。
説明はマリーちゃん達と同じようにして、特に何も言われなかったから残りの2つは持って行く事にしたわ。
「器用ね。
それに可愛らしく見えるから不思議」
風呂敷を結んで、手提げバッグ仕様にすれば、オネエ様に感心してもらえたわ。
両端を結んでいくだけなのだけれど、昔から私を知っているこの2人に褒められると嬉しくなっちゃうの。
きっとどこかで保護者認定しているからでしょうね。
「ふふ、ありがとう」
「素直に笑うと悪い虫が付きそうでお父さんは心配ね」
「まあな」
どういう意味かしら?
ユストさんが神妙なお顔で頷いているけれど、私のお父様は虫の心配なんてしないわよ?
「それじゃあ、次があるから行くわ」
「ああ、気をつけて」
「今日は送っていけないの。
変な人についてっちゃ駄目よ」
「ふふふ、そこまで子供じゃないから大丈夫よ」
心配症なオカンモードのオネエ様に安心させるように笑って、その場を後にしたの。
もちろんいつものように転移するわ。
場所は学園の、いつも私がお昼休憩を取るあそこよ。
そして思わず呟いたの。
「どうして学園全体が殺伐とした空気に変わっているのかしら?」
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