203.熊さんからの、暴走未遂

「ロブール公女」


 食堂を抜けたところで呼びかけられたけれど、随分と硬いお声ね?


「あらあら、お久しぶりですわね。

何かご用ですの?」


 少し先でワンコ君こと、ヘインズ=アッシェが立っているわ。


 赤髪は相変わらずだけれど艶がないし、以前はもっとキラキラした空色の瞳だったはずだけれど、今日のお天気に似つかわしくないどんより感。


 そして感じる……違和感?


 何と表現すれば……そうね、魔力ではなくて……気配が二重にぶれているとでもいうの?


 内心は首をかしげているのだけれど、もちろん安定の淑女スマイルよ。


「まあまあ、あなたもクマさんを飼ってらっしゃるのね」


 彼の目元には少し前にどこかで見たようなクマさんが。

こちらの方が色が濃いのね。


 一緒に振り返ったラルフ君も怪訝なお顔をしているわ。

無表情寄りだけれど、孫にもこんなタイプの子がいたからわかるのよ。


「熊は飼っていない。

飼った事もないが、必要なら捕獲してくる。

話がしたいんだ……頼む」


 あらあら、最後に会った時とはほど遠い、殊勝な態度で頭を下げられてしまったわ。


「その熊さんではありませんわ。

無闇に野生動物を捕獲するのはオススメしませんことよ。

お話しは2人きりで、という事かしら?」

「……そうだ……頼む」

「ひとまず頭をお上げになって?」


 チラリとラルフ君を見やれば……えっと、どうしたの?


 …………無ね?


 急にスン、と表情が消えたけれど何事?


 お婆ちゃん、純粋な思春期をまともに経験してないせいか、あまりにも繊細すぎる青少年の心の機微はわかりかねるわ。


「男女が2人きりは……良くないのでは?

それに自分達が公女に何をしてきたか忘れていないか?」


 そのまま無の状態で喋るのね。


「それは……だが……だが、頼む、公女!」


 せっかく上がった頭が、今度は勢い良く地面と平行に体を直角に曲げて下がったわ。


 必死ね。

誓約が思っていた以上に効いているのかしら?


 確かに体を刻んで、焼かれて、溺れて、骨を粉砕される痛みって想像を絶するし、突然襲われれば恐怖でしょうね。


 けれど……騎士を目指していた割に、打たれ弱いわ。


 昔は拷問を受けた時に多少の事ではペラペラお喋りしないように、耐拷訓練というのがあったの。

今はもうないのかしら?


 まあまあ、魔力が揺らぎ始めたわ。

随分と動揺して感情が昂ぶっているのね。


「おい、落ち着け。

魔力を暴走させる気か」


 少しばかり眉に力の入ったラルフ君の言う通りよ。


 魔力量の多い小さな幼児なら時々こんな風に魔力制御ができなくなって暴走させる事があるの。


 発火、カマイタチ、水浸しが多いかしら。


 だからまず真っ先に制御を学ぶのだけれど、まともに魔法が使えない子供がする事だからか、被害は小さいの。


 でも成長するにつれて被害は甚大になりやすい。

多分漏れている魔力が魔法という形を取るからね。


 火で例えるなら、幼児は火をイメージできても魔法の火球まではイメージしきれない。


 でも大人は、何ならそれを爆破させる魔法までイメージできてしまうじゃない?


 魔法は理論的な使役方法なら魔力は少なくて済むけれど、イメージだけで作り出す事も可能なの。


 だから大人の場合は少し危険ね。


 でも子供と違って今度は理性が働くから、本来なら無意識に制御するようになるわ。

だってそれをすると自分の身も危険になるって知っているもの。


 ちなみに私は本来の魔力を暴走させると、寮も含めてこの学園の敷地くらいなら全て消失させられるのよ。


 もちろん私やワンコ君くらいの年なら、普通は暴走に至らないのだけれど……。


 仕方ない子ね。


 四公の嫡子だけあって、魔力量は貴族の中でも多い方だもの。

誓約紋に干渉して体に渦巻いている魔力を外へ逃してあげ……。


「あらあら?」

「どうした?」

「何でもないわ」


 彼の魔力が勝手にどこかへ吸い取られた?


「はあ、はあ、た、頼む……お願い……だ……」

「おい!」


 ヘロヘロとその場に崩れ落ちてしまったわ。

ラルフ君が慌てて抱えたから、地面に正面衝突は避けられて何よりね。

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