201.夢と恐怖と激痛〜ヘインズside

『貴方達は馬鹿にされる事しかしていないと、いい加減自覚なさいな』


 ロブール公女はそう言って俺の体を容赦なく切り刻み、焼き、水に沈めながら体中の骨を砕く。


 あの時の激痛に突如襲われ……。


「うわあああああ!!」


 飛び起きた。


「っ、あ、ああ!

はっ、はあっ、はあ……」


 悲鳴をあげる余裕すらもなく、一瞬でもたらされたあらゆる苦痛を体が思い出して恐怖と共に震える。


 ここはどこだ?!

俺はどこにいる?!


「ヒッ……」


 窓から差し込む月明かりが映し出す影にすらビクリと体を震わせて息をのんでしまう。


を話そうとすれば言葉に詰まり、さっきの痛みが襲うように誓約紋を刻んだわ。

頑張ってお口を閉じておくか、本来の私の魔力を上回って跳ね返す事ね』


 あの呪いのような言葉と共に、あの冷たい顔の少女の姿が脳裏を占める。


 白とも見紛うほど淡い薄桃色の混ざったゆるく癖のある長い銀髪に、金の虹彩と藍色の瞳。


「あ、ああ……ああああああ!!!!」


 季節に似合わない分厚い掛布を頭から被り、ダラダラと流れる汗など構わず、心身を支配する痛みと恐怖に叫ぶ。


『こ、こりょ、して……きず……いひゃ、い……ぃや……生きひゃ、くな……』


 顔の半分を焼けただれさせ、口もうまく開けられず、呂律も回らない中で懇願する死。


 艶のある金髪の生えていた頭皮は見る影もない程に赤黒く腫れ上がっていた。


 彼女の最期は回復薬を拒絶し、俺とシュア……いや、第2王子が見守る中、徐々に弱って息絶えた。


 その隣には体を青紫色に染め、小さく痙攣しながら口から涎を垂れ流して虚ろな目を彷徨わせる同級生。

共に第2王子にはべっていた生徒会役員。


 後遺症が出ても生きたいと望み、回復薬を飲ませて何とか命を繋いだ状態だった。


『『お前のせいだ!

人殺し!』』


「す、すまない、すまない、うっうぅ……すまない……」


 特別仲が良かったわけではない。

彼らは被害者でありながら、加害者でもあった。


 だから初めは救えなかった罪悪感にも堪えられた。


 しかし決定していた騎士団入団への学園推薦も、団からの引き抜きの話も取り消された。

卒業後は表向きはともかく、事実上家名を名乗る事も許さないとアッシェ家当主である父上に強い口調で厳命され、邸からも出された。

卒業までは寮の手配だけはしておいてやるのが、事実上の手切れ金代わりだと言い捨てて。


 そして主君と仰ぎ、苦難があっても共に乗り越えようと誓いあった第2王子は責任から逃げるように口を閉ざして音信不通となり、第1王子の全校生徒への周知によって現状を知った。


 そうなってやっと、己の愚行を自覚した。


 浅はかで利己的な主君とその女に良いように踊らされていた……道化だ。


 信を置くに相応しいと思えた程に責任感のある第2王子はもちろん、純粋で優しく健気なシエナ=ロブールも虚像だった。


 それでも踊らされたのは全て自分自身の責任だ。

見る目の無さ、物事への視野の狭さがもたらした。


 何度もそう言い聞かせてきたんだ。


 それでもあの2人を責める気持ちが消えない。


 騎士にあるまじき考えだと戒めようとしても、既に騎士にはなれないと思うと止める理由にならない。


 第2王子の自業自得だとしても、王族を危険に曝した以上、不祥事案件なのだと思っても駄目だった。


「こんなはずじゃ……こんな……」


 もう、騎士にはなれない。

道は閉ざされた。


 主君には結局裏切られたんだ。

同級生達には白い目で見られ、生徒会役員としてDクラスへの調査に動けば、恨まれる。


 何より馬鹿にし続けたあの公女は……化け物だった。


『事実を明らかになさい。

そして王家とアッシェ家の罪を知りなさいな』


 事実って何だよ?


 大体王家まで絡んだ罪なんか、知れば殺されるかもしれない。


 なのに強制的に刻まれたあの誓約紋。


 あれは何なんだ?!


 公女の話だけじゃない。

稀代の悪女やベルジャンヌの話すらも言葉に詰まり、激痛が襲う。


 特に第2王子の事を聞き出そうとして男子寮にまで押しかけて来たシエナとの会話は酷かった。

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