165.才能って、有能って、何だっけ?〜ミハイルside

「これは……どういう……こと、だ?」


 妹は俺の様子に困惑したかのような顔をするでもなく、寝起きだからか少しぼうっとしている気がするものの、ただただキョトンとして答える。


「創作物でしてよ?」

「そう、さく、ぶつ……」


 喉の油も切れたのか?

言葉がぶつ切りになってしまうが、どうにもできない。


「左様でしてよ?」


 妹は至極当然、というような顔だ。


 あれ、俺がおかしいのか?

最近の若者ってこの手の話は普通なのか?


「カ、ゲキ、デハ?」


 接吻以上の事も書いている。


「あらあら?

どうしてカタコトになってらっしやるの?

そこまで具体的な睦み合いはございませんわ。

そんなものでしてよ?」

「む、むつみ……そ、んな、もの……」


 心底意味がわからない。


 経験者かのようにその手の描写が書かれていないか?

妹の妄想の底が知れない……え、妄想、だよな?


 いや、あれ、ちょっと待て?

ふとウォートン=ニルティの顔が浮かぶ。


「まさか……」


 ……巷で流行りの小説作家。


 ……庶民から貴族まで、うら若き乙女達からご年配の淑女方まで、幅広い年齢層の女性全般にうけが良い。


 ……定番の男女の睦み合いだけでなく野郎同士も淑女同士もありの、軽いものから深いあれこれまでと、これまた幅広いジャンルの小説を流布している。


 ……一部の紳士にもファンがいる。


 ……ファン層がとにかく多様で分厚い。 


 ……不定期刊行で次に刊行されるのがどの作品の続編か、はたまた新作なのかがわからない。


「……お前だったのか……」


 確かに内容はかつてない程に斬新かつ新鮮。

しかも読みやすい。

妹が書いたとさえ気にしなければ、読み物としてアリだと思う。


 あの腹黒とニルティ家の影のはまっている小説は絶対これの事だろう。


 破廉恥かつ、いかがわしいって言ってた小説家が俺の妹とか、何なんだ……。


 1冊は衆道、1冊は百合、1冊は婚約者を寝取られた令嬢が婚約者と浮気相手に一矢報いる報復逆転劇……多分義妹シエナも含めて生徒会役員達が時々話していたザマアとかいうやつだ。


 もしかしてシエナもこの小説読んでないか?!

確か半年くらい前に並ばないと買えなかった小説がどうこうって生徒会室で話してたよな?!


 どうしよう……俺の実妹の方が斜め上方向にぶっ飛んでいる。


 無才無能な妹?


 そもそも才能って、有能って、何だっけ?


 責任や教養への察知からの逃走能力はピカイチ。


 切れ味を良くしようとして暴発する短刀、魚型魔獣釣りの為に気配を消そうとして蠱毒の箱庭に張った結界をもすり抜けるローブ……なんていう製作理由と性能が釣り合っていない魔法具作り。


 魔力が低すぎて魔法呪に苦しむ王族の上で昼寝したらお互い何の後遺症もなく解呪して、蠱毒の箱庭から普通に出られる体質。


 そして……いかがわしく破廉恥な巷で流行りの小説を書く作家?


 …………才能って、有能って、何だっけ?


「ラビアンジェ、お前は公女だ。

もうこのような小説は……」

「ふふふ、お兄様もお読みになってくれましたのね」


 それでも止めさせようと口を開いたものの、いつもの淑女の微笑みではなく、年相応の少女らしい微笑みに押し黙る。


 単に寝起きだからかもしれないが。


「読者さんもそれなりにいて、発売日には並んで買ってくださるんですのよ。

楽しみになさってくださる方がいると思うと、料理と同じで私も嬉しくなりますの」

「そ、そうか……」


 確かに料理を作って振る舞う時の妹は、俺にすらも淑女の微笑みとは違った、年相応の笑みを向ける頻度は高い。


「それにそれなりの収入にもなっているお陰で、生活にも困りませんわ」

「うぐっ……そうか」


 内容がいかがわしく破廉恥で淑女からかけ離れているから書くのをやめろ!


 ……とはもう……言えない。


 これまで邸内の事には関わっていなかったが、今は母上から俺へとその仕事の役割が移り、数年かけて母上と義妹から実妹へとこれまでの着服金を返金するよう3人共に調整して日々の支度金を割り振っている。


 とはいえ、それまで妹には小遣いどころか生活費すらも与えられなかった。


 それなのに学園で見る服は、最新の物でどうやしていたのか首を捻っていたが、小説家として収入を得ていたからだったとは。

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