163.魔法呪〜ミハイルside

「本気か?」

「ふっ、先程までの敬語はどうした?」

「はぐらかすな。

今は周りに誰もいない。

妹への求婚は本気か?!」


 妹に追い出されてから、見た目の頼りない門扉の前で詰め寄る。


 婚約の話など一切聞いていなかった。

聞いていたらまだ事件からさほど経っていないのに引き合わせたりしなかったぞ。


「本気だ」

「いつだ」

「何が?」

「妹を見初めたのはいつだ?!」


 詰め寄る俺に、しかしこの男はため息を吐く。

妹の時にはいくらか表情も動いていたが、今は全くだ。

態度がだいぶ違うだろう。


「そなたの妹が思い出さない限り、教えないと言った」

「なら一切協力しないどころか、邪魔してやる。

この場所にも二度と足を踏み入れさせない」


 ひとまず脅してみるが、いつも通りにスルーされ……。


「昔俺が魔法呪に侵されていたと聞いた事はあるか?」


 なかったな。


 こいつ、本当にラビアンジェに惚れているのか?


 いや、それよりも……魔法呪?


「……そんな事があったと噂で聞いた事はあるが、本当の事だったのか?

だが噂でしか聞いた事もないし、魔法呪なんてものが本当に存在するとは思っていなかったぞ。

魔法呪をかけられた者は苦しみぬいて死ぬとか、助かっても心身に異常をきたすとか古い文献でなら読んだ事があるが、何もなかったのか?

本当なら解呪は父上がしたのか?」

「ラビアンジェだ」

「え?」

「まだよちよち歩きのラビアンジェが何も知らずに俺の魔法呪を引き受けて…………何か勝った?」

「はあ?!

何か勝ったって何だ?!

何で疑問符だ?!」


 つっこみどころが多すぎる!

むしろそれしかない!


 魔法呪……何十年も前に稀代の悪女が悪魔を使ってこの国や祖母に魔法呪をかけようとしたとかいう話なら聞いた事はある。

祖母に聞いたらそこは作り話だと一笑されたが。


【魔法呪は魔法とは似てなるもの。

万物のことわりを歪めし悪魔の力に頼りしもの。

呪う者、呪われる者のどちらも不幸にせしもの。

決して使う事なかれ】


 確かそんな文言があったな。


 魔法師の中でもとりわけ解呪に特化した能力と、ある種のセンスのような物も持っていなければ解けないと伝え聞いた事はある。


 しかし解呪される側もする側も命を危険に曝されるし、後遺症をどちらにも遺しかねない代物だと文献には書いてたぞ!


「あの時の魔法呪については今も犯人は見つかっていないし、王命によって箝口令が敷かれているから知るものはごく一部だ。

解呪された時、ちょうどその場にそなたの父も駆けつけていた」

「そんな……いつ……」


 あの噂が本当なら、ちょうど俺が産まれて数年した頃に魔法呪が発動したはずだ。


「あの魔法呪は宿主である俺の体内魔力を吸って外見を黒く醜い毛玉のように変えながら、内に向かって根を張り、激痛を浸透させていくものだった。

触れると伝染して、発動してすぐに魔法師団長が他人に移らないよう魔力の膜で俺の体を覆って内に封じられてはいたが、長時間触れると伝染してしまうから誰も俺にまともには触れられなくなった。

他の王族にもしもがあってはならないからと、物心つく頃には母の生家の離れへ療養と称して一時期移され、隔離されて数年過ごしていたのだ」


 その話を聞いて、微かな記憶が思い当たる。


「そういえば、それくらいの頃にたった1度だけ、母上が珍しく個人的な用事があるとかで妹を連れて出かけた事が……。

後にも先にもそれ以降は第2王子との婚約で城に出向いた時だけしか共に外出していないから、微かだが覚えている」

「母上の実家はロブール家の傍系だからな。

俺の呪いを聞きつけた公爵夫人は、事故を装って娘を俺の魔法呪に触れさせ、殺すつもりだった」

「なん、だと?!」


 耳を疑う。

あの頃には既に妹を殺したいほど邪険にしていたのか?!

どうしてだ?!


「実際、あの子はあの邸の離れに放置されて何も知らずに俺に触れて魔法呪を引き受けた」

「?!」


 言葉が出ない。

ただ息をのむだけだ。

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