149.書き上げハイにゾンビに物騒

「ふふふ……ほ、ほほ……ほーっほっほっほっ」


 ついに、ついに完成したわ。


 ああ、高笑いはいつもの事だから、気にしないでちょうだいね。


 窓から差しこむ初夏の日差しはまだ柔らかくもあり、連日の徹夜明けの目には少し眩しいかしら。


 けれど窓からは若葉が芽吹く優しい新緑の木も見えるから、霞んだ視界を自然回復させるはずよ。


 気持ちの問題?


 いいの。

何たってこの肉体はビッチビチの10代。

ビチビチ跳ねる陸に上がったばかりの魚のように、元気な健康体よ。

気力でいくらでも、何とでもなるわ。


 書き上げたばかりの紙束を両手で持ち、頭上に掲げ、さあ、続きの高笑いよ!


「病は気から!

作家ラビアンジェは永久に不滅よ!

おーっほっほっ……」

「はいはい、そこまで」


 ふさふさ尻尾で後頭部をぱふん、とはたいて私の高笑いを中断させたのは九尾のお狐様こと、聖獣のキャスケット。

いつもキャスちゃんって呼んでるの。


 もちろん尻尾に物理的殺傷能力はないわ。

視覚的には致死レベルの萌えを発揮するけれど。


「ラビ、小説を書き上げた直後のその高笑いまでがルーティンワークなのはわかってるけど、今回は特に酷い顔だよ。

くまが凄い。

顔洗ってきて、もう寝なよ」


 言うが早いか手にしていた小説の束を奪って、手の届かない天井付近にぷかぷか浮いて行ってしまう。


「ああ!

キャスちゃん!?

もう少し余韻にひたらせてちょうだい!

今回はあの箱庭の帰還直後から色々忙しかったのよ?!

なのにこの燃えたぎる、いえ、この萌えが滾りっ放しの情熱が不眠不休で書けと私のお尻をペンペンして机に向かわせたのよぉ!

お陰でひと月で3冊も書き上げちゃったわ!

よい〜ん、余韻プリーズ!!」

「書き上げハイがウザいよ、ラビ!

あと上から見てるとあっちの世界のゾンビみたいになってるから自粛して!

もう校正するからね!

他の聖獣メンバーも皆楽しみにしてるんだから、邪魔しないでよ!

今日はここ最近では久々に何もない休みでしょ!

顔洗って寝てなさい!」

「そ、そんなぁ……」


 うちの聖獣様ったら、何とご無体な····。


「読むのは僕が1番のりしたいんだ。

僕の愛し子の1番になりたいって思っちゃ……駄目なの?」

「くっ、可愛いが暴発してるわ!

何なの、その首の角度!

わざわざ下に降りて来てからの、見上げる瞳のうるうるがたまらん!

完璧か!

あざと可愛さが神々しく降臨するとか、神か!

お婆ちゃん、萌え死んじゃう!

もう、そんなに楽しみにしてくれていたなら仕方ないわね」


 我ながらなんてチョロ過ぎ?!

でも抗えない!


 だって白いもふもふ様がつぶらな瞳で訴えるのよ?

9つのふわふわ尻尾が揺れてるのよ?


 もふもふご主人様の幸せこそが下僕の幸せね!

抗えるはずはないの。

もちろん下僕は私よ。


 大人しく顔を洗いに行く間に、キャスちゃんは最近入った白いソファに寝そべったわ。


 白が同化しているのだけれど、これはもちろん計算よ。

いつか隣に座って気づかなかったと見せかけてからの、押し倒してあの腹毛を吸う……。


「ラビ、顔が物騒」

「ほ、ほほほ、どうしてかしら、ねえ」


 あら、高笑いの余韻が残ってしまっていたわ。


 それにしてもゾンビや物騒って、うら若き乙女に失礼じゃない?

中身は通算1世紀だけれど。


 ヤだ、そのジトッとしたつぶらな瞳も誘っているかのよう。

でも別居宣言されそうだから我慢ね。


 気を取り直して、洗面所でバシャバシャするわ。

新調した水回りのお陰で蛇口をひねるとちゃんと水が出るの。

雨漏りもドアも改修されて、箱庭から帰ってからひと月経たずでお兄様からの慰謝料はしっかりと、急ピッチで支払われたわ。


 もちろん保護魔法も盗難防止魔法もこのログハウス全体にかけられたのよ。


 その上お兄様ってば、ついでとばかりにログハウスの周りに柵と門を設置して、魔法で私が許可しない人は中に入れない仕様にしたの。

最初はガッチリした門戸を設置しようとするから、それは止めたわ。

物々しいのは元々の景観を損なうから。

あちらの世界のガーデニングでよく見る欧風のアイアンフェンスと門扉よ。

可愛らしいでしょ。


 コンコンココン。


 あら、玄関ドアに変化球ノック3回。

これはお兄様ね。

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