138.義妹に踊らされた自称被害者〜ミハイルside

「そうだな、お前はしていない」


 依然として蜘蛛の巣に捕らえられたまま、肯定された事に安堵の色を浮かべる。


 しかし次の言葉で顔色を無くした。


「そんな力量はないからだ」

「あ、兄上……俺は……」


 俺達からはウォートンがどんな顔をしているのか見えない。

しかし正面にいる弟が今、どんな兄の顔を見ているのかは容易に想像できる。


「誰に唆された。

お前の目的は?

言え。

さもなくばこのまま見捨てる。

5秒以内に答えろ。

5、4、3……」


 時間が無いのはウォートンもわかっているんだろう。

カウントダウンが些か速い。


「まって、無才無能……性悪、シエナを、また昨日、泣かせ、た、から……あの、悪女、使えなく、して、シュアに相応、しい……真の公女、シエナ、婚約者に、王子妃にしたかっ……」


 それを聞いた瞬間、怒りで殴りつけたい衝動に駆られたが、何とか抑える。


 あの膨れて蠢く腹を見ればわかる。

この愚かな同級生にはもう時間が無い。

話せる程度には回復させた体力も再び底を尽きだした。


 恐らくこの愚行を強行したのは、昨日あの生徒会室でのやりとりの後、シエナがこいつに泣きついたからではないだろうか。

ある意味では義妹に踊らされたとも言えなくはない。


 とはいえ今の一言で同級生としての最低限のよしみも失せてしまった以上、憐れむ気持ちすら起こらない。


 さっさと終わらせて、早く実妹の元に行き、もう大丈夫だと言ってやりたい。


 そんな兄としての感情が胸を占める。


 あの異様な腹に目をやり、実妹がくれたあの危険極まりない短刀は、いつでも投げつけられる準備をしておく。


「けど、はめ、られた。

あの魔獣避けの、毒……魔獣寄せ、だった!」

「ほう、詳しく」


 その言葉に興味を持ったのか、ウォートンは先を促す。


「ムカデだ、兄上!

ムカデの、毒液……魔獣避けとして、使えると!

だ、が、あいつらがやったよう、毒、を、風に乗せ……撒いた、ら、ムカデ、ムカデより、強い魔獣……寄ってきたんだ!

改良した、と言っ、た、奪った魔獣避け、機能、しなかっ……。

はぁ、はぁ……。

あいつらは俺達が裏切るように仕向けてわざと魔獣寄せを持たせるようにした!」


 兄の表情がいくらか和らいだようにでも見えたんだろう。

現実が見えずに慌てたように取り繕うのが滑稽だ。

最後は絶え絶えになってきた息を整えて言い切った。


「……んぐっ」


 だが次の瞬間、呻き、せり上がる何かを堪えるような素振りを見せる。


「なるほど?

つまりお前は自らの意志で機能していたはずの魔獣避けを奪い、使えていたはずの毒液も奪って立ち去った、と?」

「……ぅ、え、……は、い!

おれ、は……っぐ、被害者、だ!

騙され、っ、おぇっ」


 こみ上げるのは吐き気か、他の何かか。


 もう正常な判断もできていない。

自分が何を言っているのかわかっていないらしい。


「それで?

転移は誰がさせた?

被害者のお前を唆したのは誰だ?」


 ウォートンも弟の時間の無さを感じ取っているんだろう。

話を合わせつつ、先へ進める。


「フード……かぶっ、おんな……っげ、おっ」


 言葉の途中で不意に口から塊を吐く。

塊らビチャリと水音をさせて地面に落ち、カサカサと動いて細い、節のある脚を伸ばした。


 それは握り拳ほどの蜘蛛だ。


「…………へ?

ヒッ、ひあ、あ、ああああんんんんんん!!」


 初めこそ何を吐き出したかわからず呆けた顔をする。

しかし理解した瞬間小さく叫び、驚愕したものの、口からは蠢く塊が次々に飛び出し始めてあげていた悲鳴はのみこまれた。


「んんんんん!

んーーーーーー!!」


 腹の蠢きも激しくなり、目を大きく見開いた瞬間、明らかに質の違う悲鳴を漏らせば、とうとう腹を食い破って一回り大きな無数の蜘蛛が頭を出す。


 俺はそれに向かって短刀を投げ、サクッと刺さり……。


 あ、爆発はしないのか。


 どうやらあの時の爆発は本当に暴発だったらしい。


「ウォートン」


 レジルスが刺さって動かなくなった死骸の下から更に這いずり出てくる蜘蛛に警鐘を鳴らせば、彼はすぐさま踵を返した。

その場を跳躍して俺達の間に立ち、レジルスの結界魔法が覆う。


 最初に地面に落ちて飛びこもうとした蜘蛛には、残りの短刀をお見舞いした。


 ボン!


 ……こっちは暴発するのか!

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