137.蜘蛛の巣と膨れる腹〜ミハイルside

「た、たすけ、て……あに、うえ……」


 かすれた声で助けを求める男は、十字架にかけられたような格好できらめく半透明の巨大な蜘蛛の糸に絡み取られている。


 息を吸う度にヒューヒューと喘鳴音が喉から鳴り、兄と同じ艶のあったミルクティー色の髪は泥にまみれて見る影もない。

汗と涙を流しながら必死に助かりたいと訴える顔に貼りついて憐れさを誘っている。


 兄にすがるのは言わずもがな、エンリケ=ニルティだった。


 鳩尾みぞおちから腹にかけて現在進行系で不自然なほど大きく膨れ上がっていっている。


 俺達は対面に立ち、蜘蛛の巣の真下には黒い煙をあげて炭化した巨大な蜘蛛型魔獣の残骸がある。

その後ろ側にはムカデらしき残骸もあり、いくらか食い散らかされている。


 恐らくだが滅多に手に入らない人間の餌を巡って争い、蜘蛛が勝ったんだろう。


 あの息をのむ程の大きな魔力を感知してから、すぐに消えた魔力の一団から分かれた魔力を追いかけた。


 ピタリとそれが止まったのは比較的直ぐだ。

近くに魔獣らしき魔力も感知し、嫌な予感がしつつも急いだ。


 次第に夜が明けていき、視界が開けていくお陰で進む歩みも速くなっていった。


 ふと遠くに朝日に照らされて光る何かを見つけ、嫌な予感がしつつも近づく。


 そこで蜘蛛型の魔獣に襲われた。


 だが索敵魔法は常に展開していたから、俺達が後れを取るはずもない。


 まずは第1王子であるレジルスの火属性の魔法で一気に炙り、俺の水属性の魔法で脆くなった殻を捻り潰した。


 あの暴発するかもしれない、サクサク切れる短刀は使っていない。


 どうでもいいが、この2人とパーティーを組む間は普段と違って肩書きや家名ではなく、なるべく名前で呼ぶよう厳命されている。

小さな事だが、結束を図りたいという意図らしい。


「……他の者達はどうした?」


 ウォートンが静かに問いかける。


 俺達2人は無言で兄弟の、恐らく最期となる会話を見守る。


「みん、な……死、だ……」

「確認したのか?」

「う、あ……し、かし」


 いや、兄弟の会話ではなかった。

あくまで次期当主とその臣下の会話だ。


 次期当主として尋問するウォートン=ニルティの声は、学園で教師達と話していた時のそれだ。

弟の苦しげな喘鳴も、憐れな姿も気にとめない。


「正直に言え。

それなら何故索敵魔法に最初に分かれた幾人かの者が今も引っかかっている?

何故上級生のリーダーだったお前がそれを把握せず、離れたこの場にいる?

索敵魔法でわかるのはせいぜいが人か、魔獣か、動物かくらいの違いだ。

この魔法で個を特定できる者はかなりの魔力察知能力がずば抜けた者になるだろうが、そうした者でなくともずっと追っていれば状況は自ずとわかる」


 完全に夜が明け、はっきりと見える同級生の顔色は、断罪される者のそれだ。

その先に続く言葉は既にわかっているんだろう。

 

「お前、仲間を囮にして逃げたな。

間近に分かれた者の魔力は消えた。

死んだ者は引っかからないが、少なくともお前の魔力と分かれてからしばらくは生きていた。

つまりはそういう事だろう。

初めに大きく二手に分かれた時、大方お前とニルティ家に縁故のあるあの2人の令嬢と令息と連れ立って2年グループとミナキュアラ=ウジーラ嬢を囮にして逃げた。

そしてつい先程はその2人を囮にしてまた逃げた」

「……あ……こわ、く、……ゲホッ、うぐっ、ぉえっ」


 そこでヒュッと息を詰まらせたかと思うと、何かがせりあがってきたかのようにえづく。


 いつの間にかめくれあがっていた服からは、もう少しで破裂するだろうパンパンに膨れ上がった腹が見えている。

皮膚の下では何かが蠢いているが、巣に絡み取られて身動きを封じられた本人は気づいていないようだ。


「ミハイル」


 レジルスに名を呼ばれて酷な事だと思いつつも、治癒魔法ではなく回復魔法をかける。


「そもそもお前は何故グループの者達をこんな場所に転移させた?」

「ちが、う。

俺は、やって、ない」


 体力が回復したからか、酷かった喘鳴がいくぶん鎮まり、声が先ほどよりは出るようになったらしい。


 はっきりと否定した。

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