124.自分の言動の結果と苛立ちと恐怖〜ヘインズside

「だ、黙れ!

それはシュアの責任ではない!」


 それでも庇うのは、シュアを主と慕い、守りたいから。

そして……。


 1人は全身を青黒く染め、泡を吹いて呼吸が止まりかけている。


 もう1人は頭部から顔にかけて赤黒く火膨れして、令嬢として手入れしてきただろう髪も肌も見る影がない。


 治癒魔法は自らの治癒力を高めて傷を修復させるが、本来の治癒の過程で生じる火傷痕や色素沈着は残ってしまう。


 仮に奇跡が起こって一命を取りとめても、貴族として社交界に出る事は……。


 これが自分の言動の結果……あまりにも惨い2人の惨状と自分を結びつけるのが……恐ろしい。


「……それ、本気で言っているのかしら?」

「当然だ!」


 言いきれば公女の藍色の瞳が冷ややかに細められ、小さく嘆息し、その顔から表情がごっそりと抜け落ちる。


「……そう。

だとすればは王族の護衛騎士も側近も、この先一生夢にすら見るべきではない。

アッシェ家の人間はいつぞやの王妃の時からこんなのばかりで反吐が出る。

時間が経っても受け継がれるお前達一族の素養は、どうしようもなく下劣だこと」


 口調が明らかに変わり、心臓が更に締め付けられるように嫌な音をたてて軋む。

得体のしれない恐怖に支配された体は強張り、いくつもの冷たい汗が頬を伝い落ちていく。


 卒倒しそうな程の恐怖に、比べて家門を嘲笑されたという小さな怒りの感情を拠り所にギリリと唇を噛み、ひりつく右肩を左手で鷲掴みにして爪を立て、痛みでもって意識を保つ。


 鉄臭い味が口に漂い、肩からは血が垂れるが、それすらもこの恐怖の中では些事でしかない。


「まあまあ、そんな風に無駄な怪我を負うのもまた愚か者がすることでしてよ?」


 いつもの調子に戻り、恐怖の気配が少しばかり薄れた。


「今更どうしたって私と王子の関係なんて変わらないし、王子も変わる事は望んでいないでしょう。

婚約者である私の為?

笑ってしまうわ。

これまで掲げていた婚約者のイメージがそれこそご都合主義の妄想だと気づいた。

なのにこれまでの自分の言動があまりにも酷く、その上それが周りの婚約者への悪感情を煽りに煽っていた事への罪悪感から見捨てるのが後ろめたくなった。

挙げ句そのせいで婚約者を無駄に危険に曝す可能性に気づいて意味で焦った。

そう、色々な意味でよ。

もしくは弱き者を助ける正義のヒーロー感がむくむく湧いて、それに酔った。

大方そこらへんのどれかか、全てといったところでしょうね」


 大した交流などなかったはずなのに、俺の思う主の心情をずばずばと告げていく。


 名ばかりの婚約者で、あらゆる責任からも主に向き合う事からも逃げてばかり。

性格も最低最悪なコレにそれを口にされ、恐怖の中に小さな苛立ちが燻るくすぶる


「三つ子の魂百までなのだもの。

今更王子の利己的で傲慢、なのによく見せようとする器の小さな性格は変わらないのだから、むしろ私が蠱毒の箱庭に入って帰って来なければラッキーくらいに思っていれば良かったのよ」


 くすくすと自分の主を嘲り笑うその様子に、燻る感情が一気に爆発して体の強張りが解けた。


「何だと?!

どこまで馬鹿にすれば気が済む!

不敬だ!!

斬り殺されたいのか!!」


 怒鳴りつけたのは、もちろん己を保つ為。


 肩で息をしながら、やっと恐怖に打ち勝ったと、心のどこかで安堵する。


 しかし目の前のふてぶてしい性悪は、やはり涼しい顔で淑女然とした笑みを崩さない。


「無意味な自己保身や自己の正当化は怪我の元でしてよ。

それに物の見方が偏りすぎているのは清廉で公正であるべき騎士としてはいかがなものかしら」

「貴様!

まだ言うか!」

「少なくとも今回は私の気持ち1つでこの場にいる貴方達は命を失うか、助かるかが決まるとまだわかっていないのだもの」

「無才無能で魔力の低いお前の気持ち1つで何が変わる!

思い上がるな!」

「あらあら?

思い上がっているのは私なの?」

「!!」


 今度は明確な殺意に体を切りつけられるかのような衝撃が襲い、結局また恐怖に体を完全に支配される。


 誰の目にも明らかな程にガタガタと震えるが、止められない。

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