125.死の仇花〜ヘインズside
「まあまあ、体が震えていてよ?
無才無能な私にそんなにも体を震わせて恐怖しておきながら、まだわからないの?
本当に、矮小な子ね」
「あ……な……」
怖い、怖い、怖い!
何だ、何だ、何なんだよ!
自然に息が上がり、とうとう地面に片膝をつく。
頭の中では陳腐な言葉のループしか起こらない。
「今のこの森に生存するあらゆる生物の中で、頂点に君臨するのがこのラビアンジェ=ロブールよ。
蟲ですら本能的に悟っているのに、貴方は蟲以下ね」
くすりと嗤う様はまるで女王だ。
国王陛下と正式な場で何度か相対した事があったが、その時に感じた絶対的な存在感に酷似している。
不意に公女が、ふう、と悩まし気なため息を吐いた。
「今すぐここから出ても良いのだけど、まだキャンプらしいキャンプはしていないし、鰻重も食べたいのよね」
突然の話題転換はもちろん、恐怖と現実の言葉のギャップに体の緊張が少しばかり弛む。
「は……キャンプ?
ウナ……何だ?」
「左様でしてよ、キャンプと鰻重。
どこぞの家格君や金髪組のせいで、お孫ちゃんとも思うように楽しめておりませんもの」
「家格、君?」
この女が喋るに従って威圧感が減り、話の内容が少しずつ頭に入ってくる。
が、内容の馬鹿馬鹿しさにやはり言葉が理解しきれず眉根が寄った。
内に巣くった恐怖心は急激に引いていく。
「ああ、上級生グループの3人の事でしてよ。
そこで転がる瀕死の金髪組2人と、プライドがとっても高いだけで役に立たなかったニルティ公子。
邪魔だけはたっぷりしてくれましたの。
1年の頃に彼らと組んだ私の同級生達が怪我をしたのだけれど、それまでにも組んだDクラスのグループに被害があったのではなくて?」
「……そんな浅はかな事、するはずがない」
「あらあら、あなた同様そこの王子の取り巻きの1人でしてよ?
あの庭でのコントの時もいらしたわ?
貴方達は類友だから、浅はかで間違いないのではなくて?」
「どこまで馬鹿に……っ、ぐっ」
随分な物言いに苛立ちを口にしようとするも、突然近寄って胸ぐらを片手で掴まれた。
そのまま無理矢理立たせたかと思えば、横たわるシュアの脇に突き飛ばされて尻餅をつく。
身体強化か?!
「貴方達は馬鹿にされる事しかしていないと、いい加減自覚なさいな」
風の刃が幾重にも折り重なって体を深く裂く。
「……っぁ!!」
すると今度は俺自身が火柱となって体が焼かれ、次の瞬間には水の竜巻きに体中の骨を砕かれ、倒れ伏す。
悲鳴をあげる余裕すらもなく、あらゆる苦痛が一瞬でもたらされた。
「いつまで倒れているの?
もう怪我はしていないでしょう?」
言われて体の痛みがないと改めて気づく。
治癒魔法?!
それも一瞬で癒やした?!
衣服は刻まれ、血痕もあるのに、皮膚には火傷痕も含めて綺麗になっていた。
記憶となったあれらの痛みから開放された事が、再び得体のしれなさを煽って恐怖に拍車をかける。
体を起こし、のろのろと顔を上て……。
「……は?」
間の抜けた声が勝手に出た。
視線の先にはアレがいたはずだ。
なのに……。
「誰、だ?」
いつの間にか夜が明け、朝日に照らされながら悠然と立つのは、冷たい印象を与える美しい少女。
白とも見紛うほど淡い薄桃色の混ざったゆるく癖のある長い銀髪に、金の虹彩と藍色の瞳。
「事実を明らかになさい。
そして王家とアッシェ家の罪を知りなさいな」
「な、魔法陣?!」
少女が片手を差し出せば、俺達4人の足元に突然魔法陣が現れて白く輝いた。
「
頑張ってお口を閉じておくか、本来の私の魔力を上回って跳ね返す事ね」
少女がパチリと指を鳴らすと一瞬で景色が変わった。
舗装された地面には、何故かいくらか顔色が良くなったシュアと、依然として重体ながら止まりかけた呼吸が虫の息までは回復した2人が転がっている。
「うっ」
チリリと皮膚が焼けつく痛みに思わず呻く。
何事かと服が溶解して顕になっていた右肩に目をやれば、真っ白な花の模様が浮いて消えた。
「……死の、仇花」
わが国ではリコリスをそう呼ぶ。
王族にはそれぞれの印章があり、王族は気に入った花を選ぶ。
悪名高い稀代の悪女と呼ばれるベルジャンヌ王女の花が
墓の周りに植えられる事も多く、毒草で、悪女らしい花だとある種の舞台でこぞって用いられる演出だ。
遠い異国の地ではヒガンバナとも呼ばれるらしく、縁起の良い花ではない。
そういえばあの少女の銀を纏う髪色は……王族の色。
そして虹彩の金は古の王族の色であると同時に……稀代の悪女、ベルジャンヌの色。
※※※※※※※※※
後書き
※※※※※※※※※
いつもご覧いただきありがとうございます。
きりよく書ききるのにいつもより長くなりましたが、これにてヘインズsideは終わりです。
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