122.恐怖と畏怖〜ヘインズside
「シュア、お前だけでも逃げてくれ。
お前を主にできた事は、俺の誇りだ。
俺を将来の側近にと言ってもらえた事、礼を言う」
周囲を警戒しつつ、気を失った主にそう声をかけた。
きっとこれが今生の別れになるだろうからと、襟を正す。
後はスティックの頭の部分に付いた魔石に全ての魔力を注ぐだけだ。
そうすれば魔法具に刻まれた魔導回路に魔力が勝手に通り、強制転移の魔法陣が展開してシュアはここから出られるだろう。
虫の息となって気を失ったそこの2人には悪いが、俺が護衛として優先する命は主であるシュアの命しかない。
近づいてくる蜂型の魔獣らしき危機感を煽るような羽音に、急いで魔力をこめようとした。
その時だ。
「あらあら?」
この場には不釣り合いな程に聞き覚えのある間の抜けた声が、唐突に背後から投げかけられた。
周囲を警戒していたにも関わらず、全く何の気配もなく聞こえたその声に、ビクリと体が驚きに揺れる。
「まあまあ、何という事でしょう。
実力もないのにここへ遊びにいらしたの?」
呆れたようなその声に、幻聴ではない事だけは理解する。
しかしどういう訳だ?
あの不快な羽音が遠ざかっていく?
音を耳で追いつつ、いつでも魔法具を起動できるようそのままの姿勢で顔だけ振り向けば、少し離れた場所に予想通りの姿が立っていた。
「シュアは婚約者であるあなたの為に危険を承知で助けに……」
「あらあら?
思っていた以上にとってもお馬鹿さんなのかしら?」
「は?!
どういう意味だ!!」
ひとまずの危険が去ったのもあるだろうが、遠慮なく俺の言葉をぶった切り、労い1つなくぶつけられた罵倒に怒りがふつふつと沸いてくる。
ひりつく痛みも苛立ちに拍車をかけているのは自覚する。
しかしこの公女はそれを差し引いても俺を苛立たせる才能だけはあるんじゃないだろうか。
正直昔から言葉に思いやりが無いし、いつも適当にのらりくらりと場の状況にそぐわない、とんちんかんな物言いをしてはこちらの話を遮り、或いは煙に巻く。
身分に対しての責任を欠片も持ち合わせていない事や無才無能以前に、王子の婚約者としては性格からして相応しいとは思えない。
「ふふふ。
それ、いい加減下ろしてはいかが?
蟲なら問題はなくてよ。
それからあなたもそこの王子もあらゆる意味でお馬鹿さんだと言っただけ。
意味なんて、言葉そのままよ?」
俺だけでなく、シュアまで馬鹿にしやがって!
刹那的に怒りに支配される。
「無才無能が何様だ!!」
「黙りなさい、愚か者」
「?!」
不意に背後から暴力的な威圧を感じた。
本能的に押し黙り、思わずスティックを下ろして振り返りながら主を背にして立ち上がる。
ドクドクと心臓が波打ち、体は危険だと訴える。
何だ、この圧は……。
口調こそ優しげで、淑女然とした柔らかな微笑みだ。
けれど感じるのは……まさかの恐怖。
得体の知れない何かへの畏怖。
目の前のコレは何だ?!
「ふふふ、何故この程度の事が理解できないでいるの?
とっても不思議ね?」
緊張して、傍からはわからない程度に震える俺とは対象的に、公女は見た目だけは緩い空気を醸し出しながら片頬に手を添えてコテリと首を傾げ、言葉を続けた。
「その者の立場は何?
王族よね。
貴方の立場は何?
臣下ではなかったのかしら?
まさか闇雲に主の願いを叶える事が臣下の務めだとでも思っているの?」
一歩公女が前に出て、俺は本能的に一歩後退する。
そんな俺の様子を見て、コレは今度は頬から口元に手を添え直して淑女らしさから逸脱しない程度にくすくすと笑う。
「そんなに警戒などしなくとも、取って食ったりしなくてよ。
ただね、わかっていて?
貴方が彼の護衛のつもりなら、彼の首に縄を付けようが、
話す内容は王子に対して乱暴なものだが、依然として淑やかに微笑んで続ける。
くそ、どうしてだ。
冷や汗も、体の小さな震えも止まらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます