121.役に立たない魔獣避けと強制転移〜ヘインズside
『張り直す際に2種の魔法の内、必ず高い魔力を封じるのに対応した結界魔法の方から優先的に手をつける。
この魔法が魔力を相当消費させるだけに、参加する冒険者達は全員で張り直しに当たらなければならないんだ。
この時もう1つの低い魔力を封じるのに対応した結界魔法に揺らぎが必ず起こるが、同時に張り直しはできない。
そこが狙い目だ。
箱庭の中にいる私達全員が事前に魔力を放出する等して生活魔法しか使えないくらいに魔力を低く抑えておけば、出られる』
そう教えてくれたシュアは学園から出た時の、学友や婚約者達を見捨てなければならないという切羽詰まったような顔ではなく、助けられるという希望が灯っていた。
乗ってきた駿馬は蠱毒の箱庭に入る直前に放ち、入ってすぐに魔獣避けを起動させた。
魔法具の威力が消えないよう、慎重に魔法具の杭の位置をずらして移動しながら、AD9の捜索を開始しつつ、奥へと進んで行く。
しかし30分もしない内に、蛇型の魔獣が出現して壊された。
てっきり蟲だけかと思っていたが、蛇もいたらしい。
そういえばあの稀代の悪女が存命だった時代、蠱毒の箱庭から1匹の蛇型魔獣が現れて人々を襲ったと聞いた事がある。
その蛇は箱庭の爬虫類や両生類の類を食らって力をつけ、危険度Sクラスの魔獣へと変貌を遂げたが、食らう物が無くなったから餌を求めて箱庭の外へ出たらしい。
結界魔法はその時からのものだ。
だから箱庭にはもう、そういう型の魔獣はいないだろうと言われていたんだが、間違った情報だったらしい。
もしかしたらいないと思われるような他の型の魔獣もいるのか?
予期しない事態に、ぞっとする。
とはいえ蛇は火属性の魔法に弱い。
火属性の魔法が得意なシュアを主軸に戦闘形態を取って応戦すれば、討伐できないまでも何とか蹴散らせた。
あれは間違いなく危険度Aクラスだったが、逃げてくれて助かった。
その後シュアが持っていた気配隠しのマントを羽織り、消音の魔法で足音を消しながら慎重に歩みを進めれば、蟲や蛇との遭遇は激減してすれ違っても襲ってこなくなった。
そうして1時間も経たない頃だ。
かなり遠くに煙が上がるのが見え、風の魔法で集音して誰かが何かと戦闘しているような音を拾うと、シュアが行くぞとひと声叫んで駆け出した。
いつもこうだ。
シュアは危険に陥った者をなりふり構わず真っ先に助けに行く、正義感の強い男なんだ。
王族なら普通は前に出ずに人を使うが、俺はシュアのそんな所が好きだ。
それに思いこみが激しい部分はあるが、話せば自分の非はきちんと認めて責任を取ろうとする。
そんなところも俺が主と定めたゆえんだ。
だからきっと今のシュアは、婚約者を不当に扱った自責の念から熱くなっている。
いや、それだけではないようにも感じるが、今はシュアの詳しい心情まではわからない。
あんな無責任な公女など放っておけば良いのにと思わなくもないし、実際ここに来るまでに何度も止めた。
俺にもこれまで公女へ投げたあまりに酷い自分の暴言への後ろめたさも、同じクラスの同級生達を救いたい気持ちもある。
しかし主と定めたシュアの命の安全には変えられない。
だから俺が1人で助けに行くとも伝えたが、頑として聞かず、最後には今止めても後で必ず1人で行くと言いきられた。
仕方なく装備もシュア頼みのまま、箱庭に入る事になってしまう。
それは俺もシュアも実力はあると思っていたからだ。
けれどまさかここまで呆気なく死にそうになるとはな。
かくなる上は、魔法具を使った強制転移を行うしかない。
要人警護の時に持つ、いざという時の避難に騎士が命をかけて発動させる魔法具。
どんな結界魔法もすり抜けて転移すると聞いている。
これでただ1人だけを騎士の宿舎に転移させる事ができる。
この場でこの魔法具を発動するほどの魔力を注げば魔力を枯渇させ、俺は蟲達に食われて死ぬだろう。
死に様は・・・・間違いなく惨たらしいに違いない。
腰の鞄からコンパクトに縮小させた魔石のついたスティックを取り出す。
ツマミの部分を押せば、シャキンという音と共に杖ほどの長さに伸びる。
火傷特有のひりつく痛みに堪えながら、倒れたシュアを仰向けにして、膝立ちになって彼の胸の上で両手で持ったスティックを縦に構えた。
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