118.義兄妹の会話を盗み聞く〜ヘインズside

「ぎゃあああああ!」

「いやあああああ!」


 何度目かの、若い男女の耳をつんざくような悲鳴が響いた。

少しずつ声の方には近づいているが、足場の悪い道無き道を走るだけに、最初の悲鳴を聞いてから時間が経ってしまっている。


 近づく合間も何かがぶつかるような鈍い音や火属性の魔法を使ったのか焦げた臭いが風に乗って香ってくる。


 今は俺達が蠱毒の箱庭に足を踏み入れてから数時間が経った頃だろうか。


 辺りは気持ち薄明るくなってきたが、夜が明けるまでにはまだ時間がある。


「ヘインズ、こっちだ!」

「待て、シュア!

俺が先に行くと何度言えばわかる!」


 俺は先陣切って突進しようとするシュアの肩を掴んで押し留めてから前に出て走った。


 あの時、学園長と馬車に乗り込むシュアを見た。


 主のいつもとは違う切羽詰まった横顔を遠目に確認してから、何故か妙な胸騒ぎがしてならなかった。


 突如行方不明となったのがグループAD9だった事はもちろん気づいている。

急きょ中止され、真っ先に校庭に呼び戻されたのは王子のグループだった俺達だ。

呼び戻されていく中に公女のグループだけがなかった。

それを聞いた時、真っ先にシュアの婚約者であるラビアンジェ=ロブールの、あの生徒会室で話した時の顔がチラついた。


 公女があのグループにいたのは知っていた。


 間違いなく初めてまともに公女と会話らしい会話をした生徒会室での一件の後、自分の婚約者について調べ直したシュアから手渡された報告書を読んだ。

底意地の悪い悪女だと思っていたのが全て誤解だったとわかり、それまでの自分の言動を恥じたばかりだ。


 今朝校庭に集まった時から公女を気にしていた。

それはもちろんシュアもそうだ。


 しかし謝罪どころか話しかけるタイミングすら掴めず、掴んだところでどうもできないのだからと諦めた。


 その矢先の行方不明。


 シュアの側近、いや、側近候補として状況説明の場に入りこめないかと思って部屋の前までついて行ったが、やはり4年の学年主任から断られた。


 シュアが呼ばれたのは公女の婚約者であり、学園が王立で在学中の王子にいくらかの権限を与えられていて、かつ学園と学生達との関係を調整する生徒会長という立場だったからだ。


 それでも少し前の俺なら側近だから主であるシュアの側にいるのは当然だと引き下がらなかっただろう。


 あの時生徒会室で公女と話し、己の身の程を知ってしまえばそれはできない。

これまでの自分をふり返り、正式な側近でもなく、何の権限もなかったのによくあんな言動ができたものだと恥ずかしくなる。


 素直に部屋の前で踵を返すも、やはり公女を含めたあのグループの事が気になり、後で落ち合えるかもしれないと学園の馬車留めに向かえば、途中の廊下でシエナとミハイルが言い争う声を聞いた。


 4年と2年が帰宅する前に1年と3年は休講となり、帰宅させたと聞いていたが、シエナが何故?


 思わず空き教室に隠れてしまった。


『私もお義姉様の安否が気になります!

保護者への説明に同席させて下さい!』

『シエナ、お前は保護者ではない』

『お兄様だって……』

『当主代理として出席せよとの指示だ』


 義妹であるシエナの言葉を遮って、恐らく説明の場へ向かおうおしているのだろうが、シエナがそれを更に阻んでいるのを気配で察する。


『放せ、シエナ。

姉が心配だとして、お前に何ができる』

『そんな!

酷いわ、お兄様。

お兄様ほどではないけど、お義姉様と違って魔法の才能はあると先生方はもちろん、生徒会の皆様にもお墨付きを頂いているのはご存知でしょう!

何かできる事はあるはずよ!

だからお願い。

ね、お兄様』


 今までなら自分を虐める義姉を健気にも慕い、心配する心優しい少女だと、やはりシュアの婚約者はシエナが相応しいと感じたかもしれない。


 しかし思いこみを手放し、一歩引いた場所からこうして聞けば……。


『……お前はいつもそうやってラビアンジェを……』

『え?

きゃっ、お兄様?!』


 バッと無理矢理腕を払ったような服の擦れる音がした。


『今後も私を兄と慕いたいならついてくるな。

帰れ』


 一瞬、離れた場所に隠れているはずの俺の背筋に冷たい何かが走った感覚に陥る。

恐らくミハイルがシエナにまともな殺気を……ぶつけた。

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