65.・・・・影?〜ミハイルside

「……すまない。

ずっとお前の事も見誤って、辛く当たっていた。

ちゃんと話せばお前が本心を語らずともわかる事はあっただろう。

気づいても、プライドが邪魔をしてすぐに正せなかった。

激情に駆られて手を出すなど……」


 改めてちゃんと謝ろうとして、結局最後まで言えずに拳を握りしめる。


 俺は……酷い兄だ。


 本当は昨年の妹達のクラスが4年生と合同で行っている卒業研究も、学園祭でのシュシュの販売も、兄として褒めようと思っていた。


 あの時、1年と4年のDクラスが動いて魔法具の整備を行い、あの商会が教会を動かして土地を浄化していなかったら、領民達には後々大きな被害が出ていたかもしれない。


 それにあの卒業研究の発表で学生達は意図せず公の場で、わかる者にはわかるように教会の怠慢までも発表してしまった。


 研究に大商会や見捨てようとした領地の人々が関わり、悪意もなく、その後の寄付金もしっかり納めた学生には、もちろん教会は口を噤むしかなかったが。


 学園祭で妹のクラスがあのシュシュを元手はほぼ0円で大きく売上を伸ばしたのも素晴らしい成果だった。

その売上げを寄付に回して各所の便宜を図るのも貴族らしくて良い。


 底辺扱いのDクラスの卒業研究の評価が高かったのも、妹がいる今年の2年Dクラスの学園祭の補助金の上乗せしたのも、国王からの褒美なのだろうと個人的には思っている。


 当然妹が関わったのはほんの一部分だけだろう。

しかし前日までに見かけた学園祭の準備をする妹の笑みは、よく見せる淑女のそれとは違って楽しそうだった。

当日は身内の災難を避けるように雲隠れしていたようだが。


 なのに俺は結局、たった一言だって兄として労いも褒める事もしなかったんだ。


「お兄様、謝られ過ぎると嘘っぽく感じましてよ?」

「う、そうか、すまな、あ、いや……」


 つい謝るのを中途半端に止める。


「それではこうしましょう。

お兄様も、個人資産から慰謝料を払って下さいな」

「何だ、そんな事か。

いくらでも……」

「ふふふ、現物支給でしてよ?」


 淑女の微笑みながら、どことなく悪戯を仕掛けるような目をしている。


「現物?

何が欲しいんだ?」

「この離れの修繕ですわ」

「修繕……いや、それならお前が邸に戻れば……」

「嫌でしてよ。

今更ですし、それにここは落ち着きますもの」

「そういえば、お祖母様もそう言っていたな」

「お祖母様が?」


 ふと妹の表情が興味深そうなものに変わる。


「ああ。

お祖父様とお祖母様の大恩ある方と時々こっそり会っていた思い出の場所に似せて作ったらしい。

お祖父様も1年に1度だけここで過ごすくらいには、落ち着く場所だったんじゃないか」

「そう、でしたのね……」


 そう言った妹は、何故か嬉しそうに微笑む。


「ふふふ、それなら余計にここでの生活は手放せませんわ。

という事で、お兄様。

しっかり修繕なさって下さいな」

「ああ、もちろんだ。

家具も入れたい物があれば言ってくれ」

「まあまあ、それではお言葉に甘えて布張りで3人掛けくらいのソファが1つ欲しいわ。

色は白、あまり大きすぎないもので。

それから保護魔法と盗難防止魔法もかけて下さる?

それを邸の方にも周知しておいて欲しいの」


 保護に盗難防止か。

必要になるような事態があったという事だろう。

周知するのは今後の牽制か、それともこれまでの悪事を働いた者への忠告か。


「お前が思うより俺の個人資産はあるんだ。

それに魔法は俺がかけるから慰謝料に含まない。

他にも欲しい物あれば遠慮しなくていい」

「あらあら?

雨漏りとドアの鍵以外は特に困ってませんわよ?」

「雨漏りまでしていたのか」


 本当に、よく妹をこんな所に住み続けさせたものだと自分に呆れてしまう。


「ええ。

以前に影のガルフィさんが天井を修繕してくれたのだけれど、こないだ違う所からまた漏れてきましたの。

定期観察までまだしばらくありそうですし……」

「ちょっと待て。

……影?」


 今、聞いてはならない言葉を聞いたような……。

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