第3話思うようにいかない時もある
視界内に表示されている項目を思念操作で選択していく。
グレーアウトしている物もあるが選択しても反応はない、恐らく取得したゾンビーポイントが関係しているのだろう。
アイコンのデザインで推測できるものは、武器防具の刀剣類、人体と注射針、未来的サイバーチックな物、後は食料やディスクみたいなデザインもあるようだ。
技術ツリーから推測すると科学的要素が強い傾向がある。
インストールされた知識は投影されている網膜デバイスの使用方法と戦闘術だな。ゾンビーポイントを獲得してアンロック、もしくは購入してインストールして強化していくのだろう。
今の所基礎情報しか閲覧できないが
個体情報:ヒューマノイド
ソフト:[格闘Ⅰ][射撃管制Ⅰ][殺人Ⅰ]
ハード:[基礎能力Ⅰ]
残1ZP
「俺は人間じゃないのか?」
衝撃的な内容だが取り敢えず置いておこう確認するのが怖い。
食料のアイコンをタップし1ZPで購入できる物は膨大な種類になる。
ゾンビ一体始末するだけでもかなりの労力が必要なのを考えると高いくらいだ。
0ZPでも購入できるものがあったので試しに購入してみる。
手の平の上に黒い粒子が集まりパッケージングされた灰色のブロックのようなものが現れた。見た目は完全に粘土だとても食料には見えない。
まじまじと確認すると食料そのものに刻印がされているようだ。
「戦闘兵糧Ⅰ型? Ⅰ型があるならⅡ型もあるのか?」
恐る恐るパッケージを破り少し齧り味見をしてみる。べちゃべちゃした触感がとても食欲をそそらない、味は無味無臭で香りなんてとても感じられやしない。
噛み進めるたびに段々と溶けていくと不思議なことに普通の食べ物より満腹感があるようだ。
終末世界になった現在では貴重になる食料だがまだギリギリ確保できそうな現在、無理をして食べる必要があるかと聞かれるとノーとハッキリ言える。
口の中に残る残念な後味を感じながら食べ残しをテーブルの上にそっと置いた。
残るは刀剣類しかない、銃器も欲しいが現在購入はできないので手ごろな鈍器か剣を選択しよう。
[基礎能力Ⅰ]の効果により体の力の入り方がまるで違うように感じる。
このままグレードが上がって行けばどのようになってしまうのか楽しみでもあり怖くもある。
ZPに頼らない武器が調達できればいいが外に一歩でも出れば地獄のような光景が待っている。だが自身の部屋にまともな武器はない。
刀剣類やクロスボウなどこのデバイスからしたら一山でいくらの骨董品なのだろう、低価格のZPで購入しやすいのはありがたい限りだ。
肉厚の刃渡り40cmくらいの剣鉈を購入、手の中の納まるグリップが心地いい。いくらでも殺れそうな気持ちになる。
戦意が高揚しているのが分かるのだが恐らく精神も多少が弄られているかもしれない、ゾンビを殺せと言う訳の分からない存在だからな。
悲しい事だがこの世界で生きて行くには好都合だ。鞘に収まっている剣鉈を腰のベルトに括り付け激しく動いてもなるべく音が鳴らないようにする。
「あとは準備できる事と言えば感染対策と防御能力か、どういう経路で感染するのかまだ分からないからな」
急場しのぎで四肢を動きにくくない範囲でガムテープでぐるぐると巻き服の重ね着をする。
伊達メガネにマスクを被ると戦闘準備は完了だ。
パーカーを目深く被りマスクに剣鉈装備など目撃されれば即捕まるな、生存者に遭遇するときは気を付けるか。
部屋の窓をゆっくりと開けゾンビの行動を窺ってみると向かいの家には相変わらずトラックが玄関に突っ込んだままで煙を吐いている。
運転手は逃げたのかゾンビと変化したか分からない。
音を立てないように財布に入った小銭を一枚やや遠くに放り投げる。チャリンと微かな音が聞こえるが眼下にいるゾンビは反応しない。
次に空き缶を投げるとおよそ二十メートルの範囲内のゾンビは動くもやや反応が悪い、音に対する反応は余り良くないのか?
残るチェック項目は視覚と嗅覚だがどのような生命活動をしているか分からないので調べようがないな。奴らの感知方法もよく分からないし。
冬ごもり用に備蓄しておいた灯油を空き瓶に詰めて行く、遠距離攻撃の装備が無いために即席の火炎瓶を使用する。
ゾンビから見えない角度に位置取りをしてから灯油を染み込ませた布に火を付け――投擲。
「ヴォオォオォッ!」
身体能力の上がった火炎瓶の投擲はゾンビの頭に無事命中し炎上。ゾンビは苦しんでいるようだが体表面を焼いているだけで中々倒れない、むしろ暴れることにより辺りの生垣に炎が燃え移り大惨事になろうとしている。
現実はアニメや映画のようにうまくいかないし生垣は盛大に燃え上がりただの放火魔になろうとしている。
背筋に流れる冷たい汗が現実を直視させる。
「締まらないな、コソコソと殺るしかないのか」
残った火炎瓶に火を付け盛大に遠投する。停車している車のフロントガラスがヒビ割れ周囲にけたたましい音が響き渡る。
辺りのゾンビもバーゲンセールの会場に我先にと駆け出していく。
「ゾンビのあの走力はマズイな、囲まれたら逃げ切れないぞ」
剣鉈片手に特攻し生き急がなくてよかったと内心冷や汗を流しつつ玄関から出撃する。
息を潜ませながら軋む階段を一歩、また一歩とゆっくり降りて行く。
周囲を確認しながら行動しているが絶対はない、心臓の鼓動がやけにうるさく冷静さを失わせていく。
鼻につく肉が焼ける匂いに強烈な腐敗臭、ぶちまけられた内容物などがアスファルトに転がっている。
震える手で剣鉈のグリップを離さないようにしっかりと握りしめ覚悟を決める。
「……地獄だ」
アニメじゃ魔法や銃でバンバン敵を薙ぎ払いヒロインとキャッキャうふふな展開になるのだが現実はそうはいかない。
棚ぼた的な要素で自分自身も能力を高められることに勇者的な特別感を少なからず覚えていた。
――なんだこれはッ! そんな楽しい物じゃない世界は悪意と地獄に満ちている。
「ァアア……。アァアアァア……」
囁くようなうめき声にビクリと体が跳ね上がるが幸いにも音は立てなかったようだ。
視線を巡らせ発生源を探し耳を澄ませ音を特定する。
そこには無惨な姿になりながらも完全なゾンビ化を免れ微かに生きている子供がいた。
「そんなのってねぇよ――――ねえよなぁ……」
赤いランドセルが落ちている傍には胴体部分が殆どなく、下半身と背骨だけで繋がっている幼児が涙を流しながら天を仰いでいる。
腕は片手しかなく指も数本根元から欠損している。だがその瞳にはゾンビ特有の濁った深い闇はなく微かに生命の光を灯している。
こちらを見つめるその眼はひたすらに救いを求めているように見えるが――
――感染者を殺しやがれ下さい
ビープ音に似た警告音と共に視界内にログが表示される。あの幼子がまだ人間であるとともに慈悲を与えよと宣告してくる。
――感染者を殺しやがれ下さい
声を押し殺しながらも心から溢れ出る悲鳴は絶えず叫び続けている。剣鉈を握る手からは血が流れ出ている。
――感染者を殺しやがれ下さい
警告音がさらに激しく鳴り響き体から生命力が停止しつつあることが分かる。恐らくこの宣告に逆らえば命を落とすことになるかもしれない。それでも――
「苦しいよなぁ、悲しいよなぁ、生きていたいよなぁ……」
握りしめた剣鉈を腰に納め、天に延ばされた指の欠損した手を両手でつかむ。
血液で汚れようと離したくない、溢れ出る涙が幼子の顔に滴り落ちようとかまわない。
小さく呻きながらも微かなぬくもりのある小さな手を握りしめる。
ビープ音が激しくなりいよいよ体が冷たくなってきている。この子を殺すくらいならこのまま死んでもいいかもしれな
――殺人プログラム起動シークエンスに移行
――速やかに感染者を殺しやがれ下さい
視界のすべてが真っ赤に染まり小さな手を握りしめた自らの両手に力が無理やり入っていく。
ぐちゃりと血液が顔に飛び跳ねる――身体が言うことを聞かない。
幼子の悲鳴も大きくなり上半身だけで暴れ出す。立ち上がり手の平には千切れた腕が収まっている――身体が言うことを聞かない。
腕を投げ捨て腰に納めていた剣鉈のグリップを握りしめる――身体が言うことを聞かない。
剣鉈を持ち上げ両手で握りしめ天に掲げる。
――やめろ
首筋に狙いを定め更に腕を引き絞る
――やめろ
懇願する目でこちらを見てくる幼子
――やめろ
全力で振り下ろす
◇
――ゾンビーポイントを獲得しやがりました
瞳孔が開き泣きはらした表情の幼女の頭部を抱きかかえる。
くぐもったような声ですすり泣く、大声で泣いたらゾンビが集まるから。小賢しい自己保身を考えている自分自身に嫌悪感が湧く。
大切な宝物を扱うように頭部を抱きかかえながら部屋に戻る。
静かな部屋で湿らせた布で幼女の顔を拭い綺麗にする。自身の涙が零れ落ち冷たい皮膚を伝う、髪の毛を溶かし綺麗に手入れする。
大切な
謎の幼女の生首がいた位置に、似た幼女がいるのは何かの暗示だったのか予知だったのか分からない。
そっと冷蔵庫を閉じる。
「確か人間も購入できるとかいっていたよな」
人体のアイコンをタップすれども反応はない、詳細すら知ることができない糞仕様だ。
ゾンビを殺さねば知ることも得ることもできない。
感染者に会えば問答無用の絶対殺すマンに変貌する。下手に生存者の集まりに行くと殺人鬼のなってしまうな、覚悟はしないといけないのだろう。
ふと視界の隅にチラつくNEWと点滅するログがある、思念操作でタップする。
「――畜生――――畜生ッ!」
文字色を赤く変更され目立つように技能が表示されていた。
[殺人Ⅲ]
従わなかった罪人の烙印を押し付けられたようで胸糞がわるい――最悪な気分だ。
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