第2話見つめ合う二人

 聞き慣れないアラームの不快な音が室内に鳴り響く。


 異常な音に気付き慌てて目を覚まし、重たい瞼を擦りながらベットから起き上がる。


 枕元にあるスマホを確認すると緊急速報の通知が何軒も表示されている、画面をタップして通知内容を確認してみる。


「緊急事態宣言を発令。危険度の高い未確認ウイルスが蔓延、外出の自粛要請――なんだそりゃ?」


 良く分からない通知に訝しみながら必要な情報を取得していく。


 ツブヤイターで検索してみと、次々と表示される内容は人が狂暴化して襲いかかっている、と証拠の動画と共に呟かれている。

 俄かに信じがたいが、ツブやかれている件数が増えるたびに真実味を増していく。


 惨劇の内容を閲覧しているだけで動悸が激しくなり気分が悪くなっていく、現実と虚構の乖離に脳が正しく認識をしたくないようだ。


 スマホを握る手が汗ばんでくる。

 深く、深く息を吸い込みゆっくり、ゆっくりと息を吐いていく。


 不意に窓の外から激しい衝突音が聞こえてきた、アパートの窓を開け確認してみると目の前の家屋にトラックが突っ込んでる。


 破壊された玄関とグチャグチャに絡み合い、運転手の安否すらわからない。

 よく確認してみると運転手が呻き声を上げ助けを求めているようだ。


「大丈夫かッ!? おいッ!!」


 呼びかけるも反応が無い。

 救出するため急いで玄関に向かい慌てて靴を履く。

 勢いよく玄関を開け階段を駆け下りて行くが老朽化が進んでいるため足音がヤケに大きく周囲に響き渡る。


 階段を下り終えると脳が理解を拒む信じられない光景が広がっていた。




――人が人を食っている。




 内臓が引きずり出され咀嚼する口元は血液で真っ赤に染め上げられている。


 胴体に顔を突っ込み犬のように貪り食う。


 食われている人物の周りには赤いランドセルと教科書が乱雑に投げ出されている。

 衣服が引き裂かれながら食われるその姿はすでに息絶えているのが分かる。

 開いた瞳は閉じずに涙と鼻水が流れ出た跡がやけに印象的だ。


 引きずり出される腸が伸びるたびにゆさゆさと身体が揺らされている。衝撃的すぎるシーンを理解するまでに脳が理解を拒み停止する。


 事実を理解し思い出したかのように嘔吐感がこみ上げてくるが口元を手で抑え我慢する。


 あまりの事態に涙が零れて止まらない。

 ゆっくりと後ずさりながら部屋に逃げ込もうと移動を開始すると階段の軋む音がやけに響いた。


――まずい


 目の前で幼女を貪り食べていた男性が濁り切った眼でこちらを睨みつける。まるでご馳走を見つけたようにニヤリと口角を吊り上げると食べ残しを投げ捨てこちらに襲い掛かってくる。


「ヒッ」


 階段を急いで駆け上がるも足を掴まれてしまい反動で倒れ込み頭を強打してしまう。

 意識が混濁しフラつくも生きるために全力で脚を掴む手に何度も何度も蹴りを放つ。

 

「糞ッ! 死ねぇッ!」


 半泣きになりながらも、先程の残酷な光景を思い出し蹴りに殺意が乗る。

 ごちゃまぜになり処理しきれない感情が溢れ出してくる。もうこいつは人と思えない。


 思い切り力を込めた前蹴りを放つと化け物の胸部に当たり、頭から階段を転げ落ちて行く。

 頭から地面に落ちたため首が折れ曲がりビクビクと痙攣すると生命活動を停止する。


 階段を駆け上がり、自宅の玄関をくぐると素早く鍵を掛ける。


「どうなってんだよ。なんなんだよもう……」


 先程の光景を思い出し涙が込み上げてくる。幼女の内臓を貪り食う化け物を。


 階段から蹴り落とし恐らく死んだであろう化け物を。


 一体あれは何だったのだろうと逡巡し、玄関のドアに背を預けへたり込む。


 落ち着く為にテーブルに置いてあるお気に入りの煙草を口に咥える。

 カッコを付けるためだけに購入したオイルライターだがなかなか見せびらかす機会は訪れない。


 煙草に火を付けると肺に煙を落とし込みゆっくりと吐き出す。

 何度も何度も繰り返し気持ちを落ち着けいく――何も考えたく無いな。



 外で起きている災厄を頭の中からかき消し、何本目か分からない喫煙が終わる。


 大量の汗をかき喉の渇きを癒すためにキッチンへ向かう。


 ふらふらと覚束ない足取りで向かい冷蔵庫の扉を開くと――




――幼女の生首がこちらを見つめている。




 思考が停止。


 先程貪り食われていた幼女に似ているなぁ、なんて感想をボンヤリと思い浮かべている。


 声が出ずに見つめ合い続けていると生首が口を開き何かを言おうとしている。

 声帯が無いから声は出ないだろうにと内心突っ込みをしていると頭の中に声が響いてくる。


[おはようございやがれ下さい]


 挨拶をしたいのだろうか? 訳の分からない言葉が脳内に響いてくる。

 言葉を聞くとズキズキと頭が痛くなってくる、何も返事をしないでいるとしつこく何度も同じ言葉を繰り返してくる。

 

「お、おはようございます?」


 何とか絞り出した返事をすると少女の生首は満足したのかニヤリと口角を上げ不気味の笑う。

 あまりにも狂気的な笑みに背筋が凍り、逃げ出そうとしても何故か足も動かない。

 何かに身体を押さえつけられている感じがするもピクリと動かせない。


 幼女は口を大きく開けるとこちらに長い舌をするすると伸ばしてくる、胸部の辺りまで伸びてくると勢いよく胸に突き刺さり激痛が走る。


 抵抗しようにも声すら出せず身体の隅々に冷たい感覚が広がっていく。


 段々と意識が遠くなっていき痛みすらなくなっていく。

 最後に見た光景は幼女の頭部が玉虫色に変化しドロドロに溶けて行く様子だった。



――起きやがれ下さい

――起きやがれ下さい

――起きやがれ下さい


 パソコンのビープ音に似た警告が脳内に響き渡り飛び起きる。

 視界内に表示される文字が激しく点滅していて瞬きをしても目を瞑ってもその表示が消えることはない。


「一体なんなんだこれ?」


 疑問を呈しても答えは返ってこない、しばらくすると表示されている文字が消えていきアイコンが表示される。


[チュートリアル]


 視界内に強制的に表示されているアイコンに苛立つもどうすればいいのか全く分からない。 

 空間に指を彷徨わせ選択しようにも触れることはできないようだ――SF的アニメにあった網膜投影というやつだろうか? 


 思考操作できるかもしれないとアイコンを選択したいと強く念じる。


「グッ!」


 後頭部が痛み出し頭を押さえ蹲る。

 段々と痛みが引く度に様々な知識がインストールされていく、白兵戦での戦闘や火器の扱い方、効率のいい殺人方法そして――


「ゾンビーポイント?」


 インストールが終わったのか頭の痛みが引いてくる。知識の中の戦闘方法は簡単な基礎だけらしい、アイコンが消滅し視界内に文字が新たに表示される。


[突如ゾンビが発生し混乱する世の中になりました。]

[夢も希望もありません。]

[そこでテめえにはゾンビをブッ殺してもらいたいのデェス! メリット? もちろんありやがりまスとも! ゾンビーポイントを溜めれば何でも? 買えますよ? 武器も食料も装備も――人間も? さぁエンジョイ虐殺ッ!] 


 表示された文字を眺めながらも深くため息を吐き煙草を咥え火をつける。

 深く深く深く深く、吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。


「意味わかんねえ」


 余りにも立て続けに起こる事態に頭が付いていかない。


 深く吸い込んだ煙を肺に落とし込むと心が落ち着いていく――――今日はどうも煙草がとても美味しい日だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る