第2話 真相解明!!

 気が付くと、海斗は腕を組んだポーズで暗闇の中に立っていた。

 ここはどこだろうと思った瞬間、頭上から爆音で音楽が降り注ぎ、パッと、照明が灯った。


『きゃあ~~~』

 前方から女子の甲高い声が耳をつんざく。みんな桜台小の隣にある、桜中学校の制服を着ていた。


(ここ、桜中の体育館じゃん)


『Come on! Hey Baby~♪』


(わ、わっ)

 ノリノリな曲に合わせて、海斗の身体が勝手に動き始めた。檀上で一緒に踊るメンバーは桜中の男子のようだ。


(どうなってんだ?)

 海斗が困惑している間も、身体は勝手にヒップホップを踊り続ける。


(オレ、こんなにダンス上手かったっけ?)

 そこで気が付いた。踊っているのは桜中の男子生徒で、海斗はどういうわけかその人に憑りついているのだ。


(つかこれってJET STARの新曲じゃん! いつ出たんだろう)

 SNSでいち早く新曲リサーチしているオレとしたことが! と、考えている間にも、身体はリズムに合わせて軽快にステップを踏む。

 ダウン&アップの動きがヤバい。ふわっと上がって、ふわっと下がる。全身がバネみたいに伸び縮みする。


(これが音に乗るってことなんだ)

 いつの間にかエンカウントズレてるとか、フリに集中するとダウンもアップも無くなるとか、海斗みたいなリズム音痴とは別次元のリズム感。まるで呼吸するみたいにフリの間もきっちり身体がリズムを刻み続けている。


(すげぇ、気持ちいい~)

 クラブステップやチャールストンみたいな基本技も、リズムに乗るとまるで違う。楽しい! と、考えている間に曲が終わった。


『きゃあ~~~~』

 自分に向けられる大歓声。サイコー!! 


 高揚感に酔いしれていると「ダメダメ! ストーップ!」と女の人の怒声が飛んできた。

(へ?)

 いきなり景色が変わる。


「18番、自分勝手にリズムを刻むな! もう一回、頭から」

 見渡せば青いジャージに①~㉕のゼッケンをつけた高校生くらいの男女が、汗だくで、苦しそうに肩で息をしている。

 海斗は自分の胸のゼッケンを見てゲッとなる。⑱だ。


 すぐに超アップテンポなK-popが流れ、海斗が憑りついている人が踊りだした。


(速っ!)

 加えて、フリも目まぐるしい。


(みんな、上手過ぎ!)

 もはやプロレベル。

 腕の高さ、フリを止める時間、ジャンプの位置やターンの速度も、何もかもが全員ぴったり揃っている。これSNSでバズるやつじゃん。


「ストーップ!」

 怖い顔の女性はどうやらコーチのようだ。


「18番は外れて自主練! 高3だろうと足引っ張る奴はチームから外す。他は続けるよ」

(そんなぁ)


 海斗には、この人の何が悪いのかさっぱりわからなかった。でも、海斗の憑りついた人は言われた通りに体育館の隅で自主練を始めた。結局、その日はチームに復帰させてもらえず、そのあと何度か場面が変わったけれど、やっぱり海斗の憑りついた人は自主練をやらされていた。


(やってらんねー)

 海斗はふくれたが、その人は諦めなかった。部活後も一人残って海斗の大っ嫌いなアイソレーション、筋トレ、柔軟を入念に行う。ひたすら自主練に打ち込む。


(……)

 頑張れ。と、いつしか海斗も応援していた。



 また場面が変わり、その日は、久々に全体練習に加わっていた。

(お?)

 自主練の成果か、前よりもダンスのキレが増している。チームの呼吸に合わせてフリがスパっとハマる。


「OK! 18番、4番とチェンジ。明日からフォーメーションの練習に入ります。10番までのメンバーはメインポジションで踊るので自覚を持つように」

 コーチの言葉の意味を理解した時、海斗は胸がじわじわ熱くなっていくのを感じた。興奮が波のように押し寄せる。


(よっっっしゃ!)

 努力が実ったのだ。


 フォーメーションの練習では、4番は常に目立つポジションにいた。容赦なく外すと言っていたコーチだけど、部員全員が踊れるフォーメーションを組んでいた。


「いよいよ明日は本番です。不安がある人もいるかもしれないけれど、絶対に無理な練習はせず、自分を信じてゆっくり休むように!」

『お疲れさまでした!』


 みんな、コーチの指示に従って帰って行く。

 でも、海斗は不安だった。メインポジションで、もし自分がミスったら……

 海斗の考えがリンクしたように、その人も誰もいなくなった体育館で自主練を始めた。


(だよな! 頑張ろうぜ)

 正直、クタクタだった。でも、ここが頑張り時な気がした。プレッシャーも容赦なくのしかかる。


(もっと、もっと)

 ジャージは汗でぐしょぐしょ。苦しい。でも、あと少し。もう少しだけ。


 グギッ!

 その時、疲労した左足首がくるぶし側にぐにゃりと曲がった。


(うっ!)

 激しい痛みに足を抱えて転がる。痛い!

 痛い、痛い、痛い、痛い……


 パッと、また場面が変わり、大きな会場の観客席で海斗はステージを見つめていた。踊っているのは、うちのチームだ。1人抜けた穴を埋めるため、フォーメーションが変わっていて、移動のたびに、もたつく。


(オレのせいだ)

 喉の奥が詰まって、拳を握りしめた瞬間、涙が頬を伝った。

 何故、コーチの言う通りにしなかったのか。


 ギプスで固定した左足首がジンジン疼く。

 後悔、ステージに立てない悔しさ、チームに対する申し訳なさ……

 涙があとからあとから流れて、何度も腕で拭った。





「だから言ったんだ」

 ふと気がつくと、海斗はダンススタジオの鏡の前に泣きながら立っていた。


「あれ?」

 慌ててTシャツで涙を拭く。オレは一体……


「で、どうするかい?」と、あごひげおじさんが海斗に尋ねてくる。

 不思議な気持ちだった。胸の奥の熱さとは逆に、頭はとても冷静で、言うべきことは決まっていた。


「オレ、ここを辞めます」

 ふむ、と頷くおじさんに、海斗は続けた。


「もっとダンスが上手くなりたい。そのためにはこのスタジオじゃダメだ」

「……それなら5starsに紹介状を書こう」

「5starsって、駅前の?」


 5starsは、プロダンサーを目指す本格派ダンススタジオだ。レッスンも相当厳しいらしい。でも、去年のダンサー発掘オーディションで5人が最終選考に進んだことで人気が出過ぎて、今は生徒募集を中止しているはずだ。


「あのスタジオとうちは姉妹校なんだよ」

「ウソ!?」

 悠馬の都市伝説並みに信じがたい。


「そうか。これで鏡の都市伝説の謎が解けたぞ」

 隣で京極蓮が声を上げた。


「? どういうこと?」

「つまり、このダンススタジオの鏡に触れた者は、ダンスの楽しさと辛さを疑似体験するんだ。その結果、ダンスを捨てる人間と、君のように真剣にダンスと向き合おうとする人間にわかれる。前者はこのスタジオを辞めるし、林君のような後者は、上を目指してやっぱりスタジオを辞める」


 京極蓮の説明に、あごひげおじさんが「その通り」と頷いた。それにしても、このおじさん、妙に親近感を覚えるのは何故だろう。


 海斗が首を捻っていると「まだ気が付かないのかい? それでも彼の大ファンなのか」と、京極蓮が呆れて雑誌の特集記事を海斗に押し付けた。


「……あ!」


 気づいた途端、極度の緊張が海斗を襲う。

 ニヤリとしたおじさんがあごひげに手をかけて、ビリビリと剥がしていった。


「私はここの運営者であり、5starsの理事でもあり、遠い昔、この鏡に触れた、ダンス好きのオッサンだ」

 生TAKUMAに言葉が出ない海斗の隣で、京極蓮が堂々とTAKUMAに話しかける。


「この雑誌の鏡に関する記述と、あなたが桜台小出身という噂、そして2年前、韓国で行われたポッピンのキッズコンテストで優勝した高瀬一が語る都市伝説。つまり、ダンサーの間で噂される試練の鏡とは、この鏡ですね」


「試練の鏡のことをよく知っているね。そうか、君は」

 TAKUMAが驚きの声を上げた。


「JUNYの最年少日本人メンバーのレンじゃないか。その喋り方とショートヘアにすっかり騙された」


「へ?」

 海斗は京極蓮をマジマジと見つめ、押し付けられた雑誌のJUNY特集を開く。


「お、おんな~~?」 

                            

 あんぐり口を開けた海斗を可笑しそうに眺め「みんなには内緒」と、京極蓮はキュートすぎるアイドルウィンクを放ったのだった。


                               おしまい


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鏡の都市伝説 みな @mino-shiki

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