鏡の都市伝説
みな
第1話 都市伝説に変人転校生が食いついた!!
「ありがとうございました!!」
キッズダンスのレッスンが終わった。
「気をつけて帰れよ~。いつものことだが、バス待ちは鏡に触るな~。古いタイプで割れやすいからな」
みんなに声をかけて、本日最後のレッスンを終えたトーヤ先生も近くのファミレスへ休憩に向かう。
小5の林海斗はため息を吐いた。
いつもなら、誰もいないスタジオで、バスの時間までゆるゆるゲームするんだけど。
見学者用の椅子に座り、悠馬からぶんどった月刊雑誌『THE DANCE』をペラペラめくるのは、海斗と悠馬と同じ桜台小学校のクラスメイト京極蓮だ。
この堂々たる落ち着き加減。見るからに苦手なタイプ。
「じゃ、オレは帰るから」
海斗の肩を叩いて悠馬がニヤリとする。
「そんな、置いてくなよー」
「親が車で迎えに来てんだよ。じゃなー」
ひらひら手を振って薄情者の悠馬も去ってしまった。海斗は仕方なく京極蓮のところへ向かった。
脳内で今日の昼休みのことが蘇る。
海斗と悠馬は、教室の後ろで『THE DANCE』を眺めているところだった。
今月の特集は悠馬が推しのK-pop女性アイドルグループ『JUNY』と、海斗が大ファンの男性ダンスボーカルグループJET STAR、そしてJET STARのプロデューサーで、ダンスボーカルのレジェンドTAKUMAだった。
「かっけぇよな、JET STAR! TAKUMAが桜台小出身って噂本当かなぁ。ダンス上達のコツは、鏡に写る真の自分を見つめることだって。深くね?」
「鏡って言えばさー」と悠馬が目を輝かせる。
「うちのダンススタジオの鏡に触れた奴は、必ずスタジオを辞めるって都市伝説知ってる?」
「悠馬の都市伝説は95%デマじゃん」
「今回は5%の方。何せ情報源は生徒会長の高瀬先輩って噂だぜ?」
高瀬先輩はギャグマンガのガリ勉実写版みたいな人で、嘘かホントかポッピンダンスが超絶上手いらしい。
「興味深い」
突然背後から声がして、振り向けば京極蓮がのそりと立っていた。
4月に転校してきた京極蓮は、一匹狼でキザな奴だ。誰ともつるまず、休み時間も授業中も文庫本を顔に近づけ読みふけっている。成績は超優秀。IQ180との噂。
以前、算数の時間も読書していた京極蓮に、先生がわざと難しい問題を当てたら、あっさり解いてしまった上に「僕からも質問があります。先生は少数の掛け算は足し算と違って難しいから、授業に集中しなさいとおっしゃいました。しかし掛け算と足し算では、足し算の方が難しいと数学者は言います。この説に関して先生の見解をぜひ伺いたい」と、よくわからない質問を繰り出して論破してしまった。それ以来、先生も京極蓮をどこか恐れている模様。
かなりの変人だ。
が、京極蓮はモテる。なぜなら顔面偏差値が超絶高いから。
そのヒエラルキーの頂点がいきなり話しかけてきたのだ。
「ええっと……京極、もしかして今、オレらに喋りかけてる?」
悠馬が目をぱちくりさせて尋ねると「あの有名な高瀬一が語る都市伝説とは興味深い。それで、君たちが通うダンススタジオの鏡は、何か特徴があるのかい? 材質が違うとか、他のスタジオに比べて大きい、あるいは小さいのような」と、京極蓮は海斗に質問してきた。
「え……特にないと思うけど。しいて言うなら古い、かな。うちのダンス教室は今年で30周年だし」
「なるほど」
「京極、わざとオレを無視した? つか、まつ毛長ぇ~」と、悠馬が会話に割り込み……
「で、君たちのダンススタジオは見学会をしているかい?」と、京極蓮が海斗に聞く。
「体験は予約が必要だけど、見学は自由だったはず」
「また無視かーい。にしても、京極顔ちっせー。つか、お前誰かに似てね? 誰だっけなー」
「それで林君、次の君のレッスン日はいつかい?」
「今日の放課後だけど」
「もはやオレいないことになってるし。放置プレイに目覚めるよ?」
「ちょうどいい。検証してみようじゃないか」
そんな調子で京極蓮はさっそく見学にやってきたのだった。
「あのー、京極君。それで、鏡の都市伝説について何かわかった?」
海斗が声をかけると、京極蓮は雑誌から目を離し顔を上げた。
たっぷり長い間を置いて「全然」と真顔で応える京極蓮に思わずズッコケそうになる。
「ま、まぁ、そうだよねー。やっぱデマか」
でも、これでやっと京極蓮から解放される。
「とにかく、おつかれ。京極君は自転車だよね。オレ、バスだから先に帰って」
「デマとは言っていない」
「え?」
京極蓮は、整った横顔を鏡に向けた。
「『鏡には絶対に触れないでください』の張り紙だが、スタジオの壁に3枚、控室に5枚も貼ってある。この鏡、確かに古そうだが特別割れやすい状態ではない。いささか多すぎる」
「いわれてみれば……」
「更に、あの茶髪のダンスコーチは、休憩に向かう前に鏡に触るなと注意した。あの話しぶりでは、毎回君に言っているのだろう? 幼児や低学年ならまだしも、君のような高学年に幾度も注意するのは妙だ」
「それだけ触って欲しくないんじゃない? だから念入りに注意して」
「例えば、担任の先生が絶対に後ろを見るな、と言い残して教室を出て行った場合、クラスメイト全員従うと思うかい?」
「そりゃ、何人かは振り返る……え、まさか」
京極蓮の茶色い瞳がきらりと光った。
「絶対にするなと言われると、特に子供はしたくなる。もし行動に移すなら、するなと言った人間がいない時だ」
「つまり」
海斗はごくりと唾を飲む。
「トーヤ先生は、オレが鏡を触るように仕向けているってこと?」
「林君、君は特別なのかもしれないな」
京極蓮のセリフが、海斗の胸に甘く響く。
(オレは、特別……)
バトルマンガの主人公的な?
(ちょんと触って、服で指紋を拭けばバレないよな。せっかく京極蓮がスタジオまで来たのに、そのまま帰すのも悪いしな)
心の中で言い訳しながら、海斗は勇者のごとく鏡に向かって歩き出す。手を伸ばしたその時だった。
「触れれば、後戻りできなくなるぞ」
背後で低い声がして、びくっと振り返ると、鼻から下があごひげでもじゃもじゃのおじさんがスタジオのドアの前に立っていた。
涼しげな二重にはどこか見覚えがある。服の上からでもわかる細マッチョ体型。ここのダンス講師に違いない。事務所に残っていたのだ。
(ヤベ)
助けを求めて京極蓮を見ると、自分は無関係とばかりに知らんぷりを決め込んでいる。
「ち、違うんです。鏡が汚れてたので拭こうと思って。指紋かなぁ。はは」
慌ててごまかそうとTシャツを引っ張って鏡の側面に押しあてた瞬間だった。
「へ?」
スカッと、暖簾を押すような無感触に身体がよろけた。そして。
「うわ~~~」
バランスを崩した海斗は、そのまま鏡の内側へ落ちていったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます