第10話 【芳賀 美奈】の日記3
今度は粕田さんが、殺されてしまった。
しかも、また密室だった。
もうヤダ。
もう、家に帰りたい。
なんでこんなところに来てしまったんだろう??
どうして。
どうして。
どうして。
由美さんが、今回は【時限爆弾】だと言った。
意味がわからなかった。
どうして、毒を仕込まれていた煙草を吸うこと、吸ったことが時限爆弾ということになるのだろうか??
泣きじゃくって、頭もぼうっとして。
でも怖くて。
怖くて怖くて仕方ない。
どうして私がこんな目に合わなきゃいけないんだろう。
何も悪いことなんて、したことなかったのに。
罪ってなに?
私に罪なんてないのに。
だって、一度だって警察に捕まるようなことしてないのに。
怖いから、自分で食器を洗って、自分で暖かいお湯を沸かして飲んだ。
茶葉もコーヒー豆も、なんならインスタントコーヒーだってあったけれど、口が開いていたから、どこに毒が仕込まれてるかわからないから。
完全に密封されている缶詰とかインスタント食品しか食べられない。
せめて、インスタントコーヒーが個包装の奴だったら良かったのに。
まさか、招待客の人達の中に犯人の手先の人がいるんだろうか?
そんな妄想まで出てくる。
わからない。
わからない。
わからない。
頭がどうにかなってしまいそうだ。
お湯を飲んだからか、少し落ち着いた。
それを見計らって、由美さんが声を掛けてきた。
この時、私たちは少し広めの部屋に集まっていた。
別々に部屋に閉じこもることも考えたけれど、それだとコウサカさんのように襲われたらまずい、ということで一箇所にかたまっているのだ。
トイレには、必ず二人で行くようにしている。
ワタベさんやオオタキさん、そしてテル君は思い思いに過ごしているように見えた。
時々、テル君に必要な物が欲しい時に場所を聞いたり、案内してもらったりしている。
この時も基本的に二人以上で行動でするようにしている。
この調子だと、今夜はここで全員雑魚寝をすることになるかもしれない。
そうそう、由美さんの話の内容だ。
メモ代わりに書いておこう。
「あの役割は、もしかしたら意味をなさないのかもしれない」
由美さんはそう切り出した。
役割というのは、昨日封筒に入っていたあの紙のことだろう。
私が【探偵】役だった。
そして、由美さんは【第四の被害者】だったはずだ。
「というのも、コウサカが【第二の被害者】になっているからな。
私はてっきり、あの役割通りに殺されていくのかも知れないと考えたんだが、どうやらそうでもなかったようだ」
私は、昨日の日記を読み返してみた。
たしかに、そうだ。
本来だったら、これはゲームをしていたら、の話だけれど。
もしあの紙の通りに現実の事件が起きていたのだとしたら、次の被害者、【第二の被害者】は粕田さんとオオタキさんだったはずだ。
けれど、そうなっていない。
正直、私は順番なんて、という気持ちだった。
そんなこと、犯人はいちいち気にしてないだろう、とイライラの方が強かった。
なぜこの人はそんな事を考えるんだ。
それよりも、大人しくしていた方が絶対にいいはずなんだ。
そう思っていた。
だから、
「これは、ゲームじゃない。立派な犯罪ですよ?!」
そう叫んだ。
叫んでしまった。
役割の紙のこと、事件のこと、それらを楽しそうに語り、考える由美さんのことが気味悪くて仕方ない。
いや、それはワタベさんもか。
粕田さんが亡くなった今、由美さんの考えについて質問したり、自分の考えを伝えたりするのは、ワタベさんの役割になりつつあった。
その姿に、私は嫌悪感を覚えた。
こんな時に美女にゴマすりかよ、と。
とにかく、怖くて、不安でイライラしていた。
だからだろうか、それを見兼ねたのかテル君が声を掛けてきた。
「良かったら、芳賀さんもトランプやりませんか?
オオタキさんが手品が得意らしくて、見てるだけでも楽しいですし」
そんな気分じゃなかった。
けれど、テル君はわざとそうしているのだろう、努めて明るくこんなことを言ってきた。
「トランプ以外にもボードゲームもありますし、どうです??」
由美さんが苦笑して、私を解放してくれた。
その後、由美さんとワタベさんがなにやら話し込んでいたのを見た。
そして、何故か視線をテル君に向けていたようにも、見えた。
それが関係しているのかわからないけれど、しばらくオオタキさんの手品を見たり、ボードゲームで遊んだ後、テル君は由美さんとワタベさんに呼ばれて、そちらへ行ってしまった。
今度は3人でなにやら真剣に話していた。
けれど、私はそれを気にしないよう努めた。
私はたしかに、【探偵】役だったけれど。
昨日の今日だけれど、私には荷が重い。
考えることすら出来ないのだ。
何も、考えたくないのだ。
私はしばらく、オオタキさんとゲームをした。
ルールを知らなかった私に、オオタキさんはチェスを教えてくれた。
駒の動きを覚えることに集中したのが良かったのか、少しだけ気分転換が出来た。
だからだろうか。
あの不安やイライラが少しだけ消えたからか、私はついオオタキさんにこんなことを聞いてしまった。
「オオタキさんは、森谷さんやコウサカさんの事件、どちらも言葉数が少なかったですけど、こうして手品に詳しい、ということは。
その、もしかしてトリックを見破っていたりしたんですか??」
「……下手なことを口にして場を混乱させたくありませんでしたから」
オオタキさんは私の質問に、静かに答えてちらり、と由美さん達を見た。
そして、続けた。
「僕は彼らのように、前向きにこの事態を受け止められません。
いえ、ここで動画配信できたらもしかしたら違っていたのかもしれませんが」
「動画配信??」
私が聞き返すと、オオタキさんは明らかに焦ったように話題を変えた。
しかし、私は気が紛れるなら、とこの話題に食いついた。
オオタキさんは、とても困ったように話をそらそうとしたが、それが叶わないと悟ると、かなり小さな声でこう言ってきた。
「あの、バ美肉という単語はご存知ですか??」
正直に言おう。
いや、書こう。
固まった。
私は、彼が口にした言葉の意味を理解するまで、それはそれは間抜けな顔でかたまってしまったのだ。
だって仕方ないだろう。
バ美肉だのなんだの、そういったものからは無縁そうな人からそんな言葉が出れば誰だって驚いて固まるはずだ。
もちろん知っている。
私だって底辺だけれど動画投稿者の端くれなのだから。
固まる私に、オオタキさんは持っていたガラケーを操作して、可愛らしい幼女のキャラクターの画像を見せてきた。
動画配信で見かけたことがあるキャラだった。
正直に書こう。
マジか、と思った。
動画投稿者の中では、そこそこ再生回数を稼いでいたチャンネルのキャラだ。
しかし、カミングアウトされて気づいた。
たしかに、あの声だ。
オオタキさんの声は、あのバーチャルキャラの声そのものだった。
「え、なんでここで、このタイミングでカミングアウトしたんですか?」
「下手に隠し事すると、後々ややこしいことになるかなと思いまして」
オオタキさんの顔には苦笑がうかんでいた。
「それに、気づきませんか??」
言われて、私はなんのことかわからず首を傾げた。
オオタキさんは、苦笑のままガラケーそのものを空いている方の手の人差し指で示した。
その左手の薬指には、飾り気のないシンプルな指輪が嵌っていた。
偏見かもしれないが、既婚者であのような動画を投稿していたのか、この人。
「え、あれ?!なんで?!」
気づいて、私は声を上げた。
通信機器は全て没収され、壊されたはずなのだ。
なのに、なんでオオタキさんはガラケーを持っているのだ??
「没収されたんじゃ」
「えぇ、スマホは壊されてました。
このガラケーはメモ用なんです。
契約は終わってるんで、電話もメールも出来ません。
ただ、画質は荒いですけど、予備のカメラとしても使ってます」
そんなんありか。
「この屋敷についてスマホ等の説明を受けた後、コウサカさんに、事情を説明して、ガラケーもチェックしてもらったら、所持を認められたんです。
色々条件は付けられましたけど、まあ、僕の場合はそもそも本気でこのゲームに参加するつもりは無かったですし」
そういえば、私もヘアドライヤーのことを相談していた。
そう説明して、それから少し考えつつオオタキさんは、こう切り出してきた。
「実は、コウサカさんの密室に関して気になることがあるんです。
その気になること、とは、このガラケーに画像として写ってるんです。
いや、ある意味では写っていないともいえるんですけど」
どういうことだろう??
興味はあった。
でも、不安がまた襲ってきて、私は怖くなった。
そんな私の顔を見て、気持ちを察してくれたのだろう。
オオタキさんは、そこで話を打ち切ったのだった。
ただ、最後にこうも言っていた。
「でも、やはり下手に問題提起するのも考えものですから。
芳賀さんは、このやりとりについては忘れてください」
それは、気遣いからの言葉だったと思いたい。
因みにガラケーの中にあるという画像については、もう少し考えてから由美さん達に伝えるか決めるという事だった。
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