第7話 【粕田 実】の雑記1

【二日目】


 はてさて、困ったことになった。

 脅迫まがいの手紙で、とある孤島で行われるゲームに強制参加させられたかと思いきや、まるで推理小説ミステリ作品のごとく、殺人事件が起きてしまった。

 それも、連続殺人事件だ。

 一人目は毒殺、二人目は顔をグチャグチャに潰されて惨殺だった。

 医者がいないので、二人目の死因がなにかはわからない。

 もしかしたら刺殺とか絞殺なのかもしれないし、違うかもしれない。

 けれど、はっきりしているのは、二人目は最初の毒殺の犯人と見られていた人物で、コウサカという男だった。

 このコウサカと言う男は、ゲーム主催者に雇われた従業員だった。

 ゲームの主催者は森谷という男で、一人目の被害者だった。

 この二人が殺された。

 森谷を毒殺したのは、コウサカのはずだった。

 招待客の一人である、高倉由美がそう推理した。

 その推理は無理矢理感がなかったわけではないが、一番きたのも事実だった。

 だが、毒殺事件の犯人だと思われていたコウサカも死亡した。

 自殺では決してありえない。

 自殺した人間は、自分の顔を耕すことは出来ないからだ。


 そして、現状不可思議であり、問題を複雑化させているのはコウサカが発見された現場についてだ。

 発見当初、その現場は完全なる密室となっていたのだ。


 コウサカが殺されているのを見つけたのは、コウサカと同じくアルバイトとして雇われていたテルという少年。

 そして、昨夜話し合いの結果ジャンケンにてこの洋館の鍵を管理することになったワタべという四十路の男だ。


 二人は早朝にコウサカを監禁していた部屋に向かい、そして殺されているコウサカを発見した。

 では何故、二人はわざわざ早朝にコウサカの部屋に行ったのか?

 これについては、テル少年が正直に話してくれた。

 夏場であり、冷房もなにも完備されていない部屋にコウサカは監禁された。

 そのため、一緒にミネラルウォーターのペットボトルを運んでおいたのだ。

 コウサカも歳だ。

 夏場とはいえあのミネラルウォーターを摂取すればトイレが近くなることは、容易に想像出来た。

 テル少年はそれを心配したらしい。

 もしかしたら、彼の中ではコウサカが毒殺犯であるという事実が、実感としてわかなかったのかもしれない。

 それはともかく、テル少年はコウサカのトイレ事情を心配し、鍵を所持していたワタべに頼んで、監禁部屋まで同行してもらったというわけだ。

 ここまでなら、なんだ別に密室でもなんでもないじゃないか、と言われそうだ。

 しかし、確実にこの監禁部屋は密室だったのだ。


 まず、この洋館にある各部屋の鍵について。

 これは、鍵穴に鍵を挿して回して開くタイプだ。

 それが束になって、使用人室に保管されていた。

 そして、それとは別にマスターキーも保管されていたらしい。

 この【らしい】というのは、つまり、毒殺事件後にテル少年に案内されて鍵が保管されている場所を確認したら、マスターキーが無くなっていたのだ。


 スペアキーは元々なく、また、コウサカを監禁する際に身体検査をしたが、マスターキーは所持していなかった。

 これは、招待客とテル少年全員で確認している。


 そして、コウサカの死体発見時に、マスターキーは見つかった。

 それは、死体から流れ出る血で汚れないよう、少し離れた場所に置かれていた。

 鍵があった場所には、もうひとつ、封筒が置いてあった。

 その封筒の重石代わりとして、鍵は置いてあったのだ。


 鍵はワタべが所持していた。

 だから、普通に考えるならばこの密室を作ることが出来るのはワタべだけだ。

 コウサカを殺し、顔を耕して隠し持っていたマスターキーを部屋の中、見つかった場所に置いて部屋を出て、鍵をかける。

 これだけでいい。

 高倉由美が主張した、ミステリ作品あるあるのテグスやタコ糸、ピアノ線を使ったトリックなんて必要ないのだ。

 高倉由美は、美しいし聡明だがどうも現実と創作の区別がついていないようにも感じる。

 それは、この非現実的な状況に呑まれているからか。

 それとも、現実逃避からそういった考えに走っているのか。


 それはともかく。

 ワタべに関して私見をかいておく。

 ワタべを擁護するわけではないが、彼にはコウサカを殺す動機がなかった。

 毒殺された森谷を殺す動機はあっただろう。

 それは、テル少年を除いた全員に言える。

 なぜならゲームの主催者である森谷は、招待客全員の弱みを握っていたのだ。


 その弱みと【1億円】を餌に、自分たち招待客はこの孤島の洋館へと集められた。


 ワタべ犯人説については、本人が一番その自覚があるのか、高倉由美の推理の後、不安そうな顔で自分ではない、と主張していた。

 そういえば、彼もミステリ好きだった。

 どこのタイミングでだったかは忘れたが、ワタべもまた、【クローズドサークル】などの単語を知っていたからだ。


 しかし、密室トリックを抜きにするなら、外部犯という可能性も捨てきれないのだ。

 ミステリにおいて、クローズドサークルを形成するにはいくつかの利点がある。

 まず、犯人を特定しやすいことだ。

 しかし、これは現実だ。

 と、なると、もう一人、いわば九人目が島の、あるいは洋館のどこかに潜んでいて、マスターキーを盗み、コウサカを殺したとも考えられる。

 この場合、ワタべの所持する鍵問題が出てくるが、もしその犯人に脅されていたとしたらどうだろう?

 深夜、皆が寝静まった頃にコウサカを殺害した犯人がワタべを訪ねてくる。

 ワタべを脅し、密室作りに協力させる。

 そして、また姿を消す。


 これなら、筋が通る。

 では、コウサカを殺害した犯人はなんと言って、ワタべを脅迫ないし従わせる事が出来たのか??


 これは、この外部犯が真の黒幕でありゲームの主催者だったとするなら辻褄は合いそうだ。

 コウサカを殺害した真の黒幕、この人物をXとする。

 Xは、森谷やコウサカを雇ってこの舞台の準備をさせた。

 その際、無関係な人間も雇っておく、これがテル少年だ。

 テル少年には同情する。

 彼が一番割を食っているからだ。

 少し話したが、テル少年は夏休みを利用してこの泊まり込みのバイトに応募して、働いていたらしい。

 進学のための資金稼ぎだったとか。

 それが、こんな事件に巻き込まれた挙げ句、雇い主とされている森谷が死亡してしまったのだ。

 ちゃんとバイト代が出るのかどうか、それを彼は気にしていた。

 というか、そういったことに気を向けていないと、この非常事態に精神がどうにかなってしまいそうだ、と自ら口にしていたほどだ。

 それはその通りだ、と思った。

 生きていれば、それこそ身内や友人や知人、そういった身近な人が亡くなることもある。

 その時だって少なからずショックを受けるし、ストレスとなる。

 今回は全くの他人ではあるものの、全く知らない人物が亡くなったというわけではない。

 その上、亡くなり方が普通に生きているなら経験しないだろう方法での亡くなり方だった。

 となれば、そのストレスは計り知れない。

 もしかしたら、テル少年もだが自分たちも段々この状況に呑まれつつあるのかもしれない。


 それはともかく、Xは前述した我々の弱みを握っている。

 それをチラつかせて、ワタべに密室作りを手伝わせたとも考えられる。

 あるいは、それこそあらかじめスペアキーを作っておいただけかもしれない。


 ここまで考えて改めて思うのは、我々はこの異常事態に抗おうと推理しようとしているのかもしれない。

 もちろん身を守るためもある。

 けれど、それ以上に犯人を見つけようと頭を働かせる時、自分自身、少なからず胸が高揚しているのもまた、否定できないのだ。


 外部犯、あるいは九人目の人物の存在を否定できないのには、他にも理由がある。

 コウサカの部屋で見つかった封筒。

 ここには、コウサカを殺害したであろう犯人からのメッセージが入っていたのだ。

 もちろん、招待客の中にこれを書いた者がいることも否定できない。


 問題は、どちらを疑うか、だ。

 外か、中か。

 森谷毒殺の時は、現場の状況もあって高倉由美は内部を疑った。

 けれど、その結果、コウサカが何者かに殺害されたのだ。


 ここまで書いてみて、思ったが。

 もしも、ワタべを吊し上げて糾弾でもしようものなら、コウサカの二の舞になりはしないか。

 そして、もしワタべも監禁、あるいは軟禁してコウサカと同じようになった場合、誰の責任になるのか?

 そうなると、やはり容易にはワタべを犯人扱いしたりはできない。


 魔女狩りになってしまう。

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