第6話 【高倉 由美】の手記2

 私は彼女に説明した。


「中身を知っている必要なんてないんだよ」


 これに尽きる。

 つまり、こういうことだ。

 あらかじめ、【第一の被害者】と書かれた紙が入った封筒を用意しておく。

 代わりに、用意してあった封筒にはその紙を入れておかなければいい。

 けれど、封筒の数合わせはしなければならないから、【探偵】もしくは【犯人】の数を増やすことで調整する。

 なんなら、【第二の被害者】の紙を複数用意していた事実が、それを証明している。

 もしかしたら、ほかの【被害者】も複数いたのかもしれない。

 これなら、仮に被害者の順番が飛んでいたとしてもどうにかなるからだ。

 なんなら、中身を確認した時に、なんとでも誤魔化せるだろう。

 これもそれこそ後で調べればわかることだ。

 ここまで説明して、一応これも付け加えておいた。


「ひとつ、言っておくと。

 これは、内部犯前提の推理だ」


「え、ということは、私たちの中に毒殺犯がいる、ということですか?」


「そうだろう、と私は踏んでいる」


 ごくり、と美奈が喉を鳴らした。

 それは、誰だ? と瞳が訴えてくる。

 この子は、犯人を特定する過程より答えの方が気になるタイプのようだと感じた。

 私は説明を続けた。


「さっき説明した準備を整え、あとは誰が毒に当たるのかを待てばいい。

 そして、毒に当たった者が出たらすぐに駆け寄って介抱するフリをして、封筒を入れ替える。

 これだけだ」


 封筒は、誰もが基本的に見える位置に置いていた気がする。

 でも、あの時は森谷に視線が釘付けだった。

 森谷の封筒が、実際どこに置いてあったかは誰も気に止めていなかったと思われる。



「あ、なるほど」


 拍子抜けだ、という表情のあと美奈はしかし、この考えが誰を犯人として示しているのかすぐに思い至ったようだ。


「え、それじゃあ犯人は、執事のコウサカさん??」


「現状、一番怪しいのは彼だろう。

 少なくとも、あの雑用係の少年と一緒に食器からなにから用意しているだろうし。

 誰に見咎められることなく、グラスに毒を塗ることが出来るのは彼のはずだ。

 そして、苦しむ森谷に1番に駆け寄ったのも彼だ」


 状況だけで見るなら、執事のコウサカが一番怪しいと言えた。

 なので、ここからの行動も自然と決まった。

 他の参加者にも協力してもらって、船が来るまで監禁すればいい。

 五日分の食料は確保してあるだろうし。

 きっと、いや絶対に缶詰などの保存食だってあるはずだ。

 幸いというべきか、こちらには男性が三人いる。

 向こうが刃物でも持ち出さない限りは安全のはずだ。



 この話し合いの後、私たちは他の参加者に声をかけ、コウサカを監禁することに成功した。

 私たちの推理を聞いても、彼は動揺せず、むしろこうなることが分かっていたかのように、素直にこちらに従った。

 自白はしなかったが、否定も反抗もしなかった。


 こちらとしても、鬼では無いのだ。

 食事は用意するつもりだった。

 そして、船が来たら警察に通報してもらい、彼をそちらに預ければ良かった。

 犠牲者こそ、一人だけ出たものの連続殺人にならなくてよかった。

 まさに、めでたしめでたし、というやつだ。



【二日目】


 朝、起きるととんでもないことが起きていた。

 昨夜、監禁したコウサカが殺されていたのだ。


 昨日の自分を責めたい。


 コウサカは、空き部屋へと監禁した。

 念の為に、招待客全員で抜け道がないかチェックした。

 その部屋は窓はなく、元々物置かなにかに使う予定だったらしい。

 しかし、別の部屋が物置となっていたため、ガランとしていた。

 昨夜も書いた通り、コウサカは抵抗も反抗もせず大人しくこの部屋に監禁された。

 そして、今朝、雑用係の少年――テルが彼を心配して様子を見に来たのだ。

 テルが彼の何を心配していたのか、というとあけすけに書いてしまえば下、トイレのことだった。

 コウサカもそういう年頃なので、毛布こそ渡していたもののやはりその辺のことをテルは気にしていたのだ。

 人を毒殺した人物と言えど、テルにしてみれば色々仕事の上で面倒をみてくれた優しいおじさんだった。

 だからこその気遣いだったのだ。

 そして、これはテルに事情を聞いた時に彼自身が言っていたが、コウサカは鍵のかかったままの部屋の中で殺されていたのだ。


 話がまた前後してしまって恐縮だが、この屋敷の各部屋の鍵について書いておこう。


 鍵は使用人室に保管してあった。

 鍵の種類は、各部屋の鍵の束と、それとは別にマスターキーが一つだけ別にされていた。

 そうらしいのだが、テルが私たちと一緒に鍵の確認に行ったとき、マスターキーだけ無くなっていることに気づいたのだ。

 念の為に、コウサカがマスターキー、もしくはスペアキーを秘密裏に作って持っていないか身体検査がされた。

 結果は持っていなかった。

 だから、マスターキーはコウサカがどこかに隠したのだろうと、この時は思われた。

 問い詰めたが、彼は鍵の在処を口にすることはなかった。

 そして、このマスターキーについてだが、後述するが実に意外な場所で発見されるのだ。


 次に、監禁のための部屋を選んだ理由も書いておこう。

 監禁のために、件の空き部屋を選んだのにはもちろん理由があった。


 まず1つは、前述したが逃走の可能性がある窓が無かったこと。

 もう1つは、外から鍵を掛けられ、内側からはそれを外せないことだった。

 どうやっても、中からは出られない。

 牢屋としてとても優秀な部屋だと判断したのだ。

 その部屋の中で、彼は殺されていた。

 どんな道具を使ったのか、顔はグチャグチャに耕されていたのだ。

 目、鼻、そして口がグチャグチャにミックスされていた。

 あれでは、コウサカをコウサカだと判別するのも困難だ。


 彼を発見したのは、テルとワタべだった。

 ワタべというのは、前髪の女神が逃げ出し、すでに希望も何も無い背水の陣となっている人物だ。

 実はジャンケンで、このワタべが鍵を管理することになったのだ。


 コウサカの死体の発見までの流れはこうである。

 まず、テルがコウサカのトイレ事情を考えて早朝に様子を見に行くことを決めた。

 そのため、鍵を所有しているワタべを起こしに行き、理由を話して一緒にコウサカの様子を見に来てもらったらしい。

 そして、部屋の前まで来ると、まずドア越しに声をかけた。

 けれど、反応はなかった。

 まだ寝てるのかと、二人は考えたが同時になにか生臭いを感じ取った。

 そして、これまた同時に嫌な予感がして、二人は顔を見合わせた。

 テルがドアの向こうへ声をかけつつ、ワタべが鍵を開けるとそこには顔をグチャグチャに耕され、事切れているコウサカが倒れていたということだった。


 そして、その傍らには血が着かないように封筒が一枚置かれ、その重石としてマスターキーが置かれていたとのことだ。


 つまるところ、密室だったのだ。

 コウサカを殺した人物は、どうやって部屋から出たのか?

 彼を殺した際の凶器、あるいは、顔を耕すための道具はどう始末したのか??


 部屋に入ったのは簡単だ。

 手に入れていたマスターキーを使ったのだろう。

 そして、コウサカを殺して惨状を作り上げ、封筒を置いて部屋を出て、マスターキーで鍵をかけた。

 問題はその先だ。

 犯人は、そのマスターキーをどうやって部屋の中に、それも封筒の重石になるようピンポイントで置いたのか?


 こういう場合、ミステリ作品だとドアの隙間からテグスを使ったトリックで、密室を作り上げるものだ。

 そして、その証拠としてテグスの跡などが残されて推理の手がかりとなるのがド定番だ。

 しかし、招待客全員で部屋を調べてみたが、そんな跡は見つけることが出来なかった。

 何よりも、この部屋には窓もそうだが他にはアリの子一匹出入りできる隙間が無かったのだ。

 それはドアもだった。

 鍵を通す隙間すら無かった。

 テグスを使ったトリックが、そもそも成り立たないのである。


 わからない。


 私の他にもミステリ好きはいるものの、誰もこの密室の謎を解くことは出来なかった。



 少し、考えてみた。

 鍵を中に入れるだけなら、この方法でいけるかもしれない。

 そんなトリックをいくつか思いつくが、全て手間がかかるものばかりだった。

 それこそ【ユダの窓】のような、トリックが使われたのかもしれないとも考えないではなかった。

 どうやら、私にはミステリを書く才能は無いらしい。

 思いついては、バカバカしいと密室を作り上げるトリック候補を消していく。


 いや、疑いさえすれば簡単なのだ。

 でも、こんな状況だ。

 森谷の時のように、下手に内部犯を疑って場を乱そうものなら、どうなるかくらい簡単に想像できた。

 私たち生き残っている側に殺人鬼が潜んでいる可能性は、決して低くない。

 これを口にすれば、きっと殺人鬼かもしれない人と一緒にいるなんてできない、言い出す者が出てくるはずだ。

 そうなっては、それこそコウサカを殺害した犯人の思う壷だろう。


 というかこういう状況になって、改めて思うのは、ミステリ作家の凄さだろう。

 きっと頭の出来が違うのだ。

 どうしてあんなにも奇想天外で、けれど読み手が楽しめるトリックを思いつけるのか。

 今まで供されたものを、ただ楽しんできた私には届かない位置に彼ら作家は立っているのだろう。


 通常だったなら、ただ、楽しんでいたら良かったけれど。

 今はそうではない。

 命が懸かっているのだ。

 もしも、もしもこれを誰かが読んでいるとするなら、嫌な予想だけれど、私は死んでいるのだろうと思う。


 まだ二日目だ。

 けれど、もしも、万が一、そんなことを考えてこれを書いておこう。


 これを読んでいる貴方、もしくは貴方達、なるべく記録はこうしてつける。

 だから、どうかこの謎を解いて、真相を見つけてくれ。

 それが、いま、これを書いている私の願いだ。

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