第5話 【高倉 由美】の手記1
【一日目】
さて、どうしたものか。
なにしろ、これだけお膳立てされたんじゃ、覚悟を決める他無いと思う。
なんの覚悟か?
それはもちろん、命を落とすかもしれない、という覚悟だ。
この手記が、もし運良くまかり間違って、第三者の目に止まらないとも限らない。
だから、書いておく。
私の名前は、高倉由美。
とある事情から、【一億円】という大金を目当てにゲームに招待された者だ。
これだけだと、なんのことかわからないだろう。
順を追って説明する。
今から1ヶ月ほど前のことだ。
私のもとに、このゲームへの招待状が届いた。
中身は、要約すると【ゲームに参加しなかったら、お前の罪をばらす】というものだった。
私の罪。
とても曖昧な書き方だった。
生きていれば、誰だって秘密の十や二十あるものだ。
その秘密を罪と言うのなら、たしかに私にだってそれはある。
後ろめたいことがない人間なんていない、というのが私の持論だ。
私の秘密、私の罪。
この手紙の送り主の知っているそれに興味がわいた。
バラされて、世間から後ろ指を刺されることになっても別にいいや、という程度には、私は感覚が普通からズレていた。
なんなら一時期、いわゆる炎上商法と呼ばれる方法で小金を稼いだこともあった。
それは、とある事故の現場に遭遇したことがきっかけだった。
その事故に関する考察もどき動画を投稿したのだが、少々刺激的に作ったためか、炎上。
けれど、人というのは他人の不幸が極上のご馳走らしく、再生数は瞬く間に跳ね上がった。
なるほど、ショッキングな事件や事故を題材にして叩く動画をつくる者達が、それをやめられない理由が理解できた。
どんな形であれ、注目を集められるし、それで小金を稼げるとあっては中毒症状に似た快感を得られるのだ。
あと、これは私の個人的な考えなのだけれど、おそらく他の参加者にも似たような内容の【招待状】が届いたのだろうと思う。
まぁ、これに関してはあとで確認するとして、現状1番に考えなければならないのは、つい先程起こった毒殺事件についてだ。
そう、私はこの招待を受けて、はるばる孤島にまでやってきたのだ。
件のゲームは、本土から離れた孤島でやるということだった。
その指定された島までは、最寄りの漁港から漁師が送迎してくれた。
招待客は私を含めて五人。
初老の男性が二人。
私より五歳か六歳ほど年下の女の子が一人。
そして、私と同い年くらいの男性が一人。
最後に、私。
孤島に集められた老若男女。
その孤島では意味深なゲームが行われようとしていて、さらに一億円という大金が用意されているときた。
こんな風にお膳立てが完璧なイベントが、まさか自分の人生に起きるなんて思っていなかった。
ゾクゾクとワクワクが押し寄せて、この退屈だった人生に初めて彩りがされたようだった、と書くとちょっと大袈裟かもしれない。
唐突だけれど、これも書いておこう。
私はミステリ作品が好きな人間だ。
いわゆるオタクと呼ばれそうだが、どうなのだろう??
まぁ、世間と感覚ズレている上にそういった作品が好きなものだから、こうやってお膳立てされた舞台に立てている、ということはとても楽しいものだ。
さて、本題に入ろう。
こうして孤島へと招待された、その日の夕食の時だ。
事が起こったのは。
このゲームの主催者である森谷が毒を飲んで死んでしまったのだ。
彼の名前を聞いたときは、思わず偽名かと思って笑いそうになってしまった。
心の中で【ナポレオン】と呼んだほどだ。
そんな森谷が所持していた封筒からは、【第一の被害者】と書かれた紙が出てきた。
あぁ、やはり少なからず興奮しているのだろう。
説明の順序が逆になってしまった。
この封筒について、少し書いておく。
これは、雑用係の男の子が私たちを夕食だと部屋に呼びに来た後。
言われるがままに、食堂に集まった私たちが選ばせられたものだ。
封筒は複数あり、招待客が選ぶ事にシャッフルされていた。
そして、封筒は糊付けされていて開けられないようになっていた。
逆に言えば、開ければすぐにわかる仕様だったということだ。
森谷が持っていた封筒は、彼が亡くなってすぐ、その時初めて開けられた。
中身を確認することなど、ほぼ不可能と思われた。
なにかしらトリックが存在するなら、話は別だけれど。
とにかく、森谷が毒殺されたということは、誰かが彼に毒をもったということだ。
さて、それは誰だろう??
そもそも、犯人はなぜ、彼が【第一の被害者】であるとわかったのか。
状況から考えるに、毒は乾杯酒が注がれたグラスに塗りつけられていたのだろう。
でも、見た目からではまったくどれが毒のグラスなのかはわからなかった。
そして、そのグラス自体、私たちに選ばせていたのだ。
見分けはつかず、誰に毒のグラスが当たるとも分からない。
仮に森谷が毒のグラスを取ることを予見できたとして、いつ封筒の中身を知ることが出来たのか?
もしも、封筒の中身が【探偵】や【犯人】だったらどうするつもりだったのだろう??
そもそも、なぜこんな殺し方をしたのか??
考えるべきことはたくさんある。
誰が、なぜ、どうやって殺したのか??
わからないのは、【誰】と【なぜ】だろう。
【どうやって】は見ての通り、毒殺だった。
これ自体はとてもシンプルだ。
シンプルでないのは、手品か魔法のように第一の被害者を狙ったことだろう。
そう、あの封筒さえなければ、あの毒殺はとてもシンプルなのだ。
森谷の件で、この招待客の中でおそらく一番年下だろう女の子の顔が真っ青になっていた。
そのため、その子は一旦部屋へ戻るように提案された。
同性ということもあり、私が彼女に付き添った。
彼女の名前は【芳賀美奈】というらしい。
そうそう、森谷の毒殺直後に私たちはお互いの封筒の中身を確かめあった。
なんと、女の子、美奈が【探偵役】となっていた。
大丈夫だろうか?
いや、多分大丈夫ではないだろう。
これを書いている私の背後で彼女もベッドに寝そべりつつ、ガリガリとノートを書いている。
ちらり、とその顔を少しだけ観察してみたが、まだ青かった。
ちなみに、私の配役は【第四の被害者】だった。
あいにく死にたくはないし、そのつもりもない。
出来ることなら、探偵役をやりたいところだけれど、それは美奈に割り振られているようだ。
しかし、不安しかない。
彼女にはたして探偵がつとまるのかどうか。
そもそも彼女が犯人でないとも言いきれない。
いや、それは無いか。
何となくだが、彼女は違う気がする。
この際、
うん、それもいい。
よし、決めたら突っ走るのみだ。
これ以上、死者が出る前になんとしても犯人を見つけださなければならない。
美奈に提案してみた。
その提案を、彼女は受け入れてくれた。
とどのつまりは、一緒に先程の毒殺について調べよう、ということになった。
彼女が素直な性格で助かった。
でなければ、拒否されただろうから。
彼女と色々話していくうちに考えが纏まってきた。
こうして書くのも良いけれど、誰かと言葉を交わしながらの方が推理が進むということを知れた。
私たち二人の間で交わされたのは、先にも書いたように森谷の毒殺についてだった。
その顛末をこれから書いていこう。
まず、どうやって彼をターゲットに選んだのか?
もしくは、どうやって彼の選んだ封筒の中身を知ることが出来たのか??
これについて、しっくりくる考えが浮かんだ。
私がそのことを美奈に言うと、彼女は驚いていた。
「どんな方法だったんですか??」
そう前のめりに聞いてきた。
私はこう返した。
「順番に説明すると、だ。
ターゲットに関しては誰でもよかったんだと思う」
「どういうことですか??」
彼女は、こう言った推理や考察とは無縁な時間を過ごしてきたのだろう。
この返し自体が、それを思わせた。
「毒の種類がなんだったのかはわからない。
けれど、凶器となった毒はあらかじめグラスに塗り付けられていたと思われる。
何故かと言うと、これは美奈もわかっていると思うが、仮にあの乾杯酒に毒が混入していたなら、私たち全員がすでにお陀仏だったわけだ」
「おだぶつ??」
セリフの前後で理解して欲しいが、どうやらそうもいかないらしい。
「つまり、酒の方に毒が入っていたなら、私たち全員死んでいたはずだ。
でも、そうなっていない」
こう言い換えたら、彼女はこくん、と真剣な表情筋で頷いてくれた。
「はい。それは私も考えました」
「じゃあ次だ。
ターゲットについてだが、まず、乾杯の時に使ったグラスは私たちがそれぞれ選ばせられた。
つまり、ランダムだったと言える」
「えぇ、そうです」
「ここまではシンプルだ。
ここから先が事態を複雑化させてるとも言える」
私は言いつつ、私の選んだ封筒と中身を彼女にみせた。
「その元凶が、コレだ」
「えぇ、犯人はどうやって封筒の中身を知ったのか、ですね」
「もしくは、どうやって【第一の被害者】の紙が入っている封筒を選ばせたのか、だな」
「出来るんですか?
そんな魔法みたいなこと」
タネと仕掛けが無ければ魔法。
タネと仕掛けを見破れば手品だ。
そして、往々にしてこういうのは単純すぎるほど単純なトリックと相場が決まっている。
面白いことに、人間の頭というのは経験を積むほど物事を複雑に捉えて考えるように出来ているらしい。
私は断言した。
「出来る」
美奈の素直で幼い目が、好奇心で輝いた。
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