第154話 虎口



 ヴィヨンヌ都市郊外、冒険者'S拠点ロドス。

 

 都心部から離れ、住宅街、商業地区からも外れた最端南部。

 元々は、兵士駐屯所を兼ねた都市防衛砦である為、広範囲を見渡せるよう小高い地に置かれている。

 周囲には、朽ちた廃屋が疎らにあるもの、殆どは農地や草原が広がる辺境地域。


 休養日の昼食を終え、まったりモードの冒険者&米軍戦隊イナバレンジャーに、急転直下の激震が走った。それは比喩では無く、物理的な地響きによる震動。

 宿舎屋上に集まる彼らが目にするは、悪夢の光景。


「なんだこれは…?」


 ロドス北部、北西、北東部方面、遠く見える街の各路地からワーギャーと、巨大な不定形生物かのように溢れ出る大群体。


「アンデッドの大群ですわね」


 イナバの呻くような問いに、ポツリと答えるブロンド縦巻きロール、赤黒ゴスロリの装い、賢者ミシェル。

 

「あれ全てがか……」

「どんだけの数なんだ……」

「リアルウォーキングデッドかよ……」


 ミシェルの言葉に、米兵たちに驚愕と戦慄が走り抜ける。

 ぱっと見だけでも優に万単位。最後尾は見えず、決壊した河川濁流のように際限なく街から流れ出る。


「なんやこれ、どないなっとんねん!?」

「こげん、ヴィヨンヌ中のアンデッドば、集まっとうとやー?」

「拙いみゃー。全部こっち向かってるにゃらー!」

「これは、一昨日の裏世界化の時よりも遥かに多いですね。これだけの規模が、いったい、僕たちの何に反応したんでしょう…?」


 冒険者たちも同様、突然の状況把握に思考を巡らせている。

 

「狼狽えるな! いくら、数を成そうとも、奴らはここに侵入できぬであろう!」


 そう檄を飛ばす、冒険者'S 総リーダーレオバルト。


「その通りです!このロドスは【聖域化】の他にも、各種防衛措置が施されておりますので、アンデッド種は勿論、大型原始竜オリジンドラゴンの群すら入り込めません!」


 レオバルトの言葉に、重ねて提言する聖女クラリス。


「オーホッホッホー!当然ですわね。下級アンデッド程度では、如何な数とて小虫と変わりませんわ!」

「ブォホホ!早速、術式が発動しよったい」

「まぁ先ずは、のんびり高みの見物だわね」


 ロドスには【聖域化】に加え、ミシェル先導を基に魔術師ソーサラー、ドワーフ、エルフたち共同による防壁強化と防衛陣術式が施されていた。

 

 尚、昨晩ハ=ゴスの飛来に術式が不反応であったのは、敵対の意思が無かったゆえの事。つまりは‶敵意〟に反応し、自動発動するシステム。


 ロドス防壁から凡そ300mに、アンデッド大群の先陣が到達したと同時にシステム起動。

 北部先陣足元の地面が陥没沈下。幅約20m、深さ10m程の堀を形成し、雪崩れ込むようにアンデットたちが続々と落下。東西に回り込んだ群勢も同様。

 更に南方部へも大群の流れが達し、完全に囲まれるが、同時に堀も六角状に形成された。

 

 堀底は、平坦な「箱堀」にして泥地となる「泥田堀どいたぼり」。

 古代、中世の城防衛に於いて、堀の設置は基本であるが、この堀は魔術式により地盤と土壌の状態瞬間変転、自動即時発動形成と言ったもの。


 落下したアンデッドは、泥地で身動きできず。足場となった同族をお構いなしで踏みつけ進むも、足を取られ転倒。それが、数珠繋ぎで多重連鎖。

 更に、次から次へと押し寄せ積み重なり、瞬く間に堀が埋め尽くされていく。


「数が多すぎる!堀を越えられるぞドーレス!他にも何かあるんだろうな!?」


 堀の許容範囲を遥かに超える物量に、遮断線の効果があっけなく消失。

 この状況に、ファンタジー陣営が如何なる手札を切るか必見すべきところだが。

 

「当然ったい、イナバ。寧ろ、こげん集まっとった方が好都合ばい!」


 ドオオオオオオオオオオン!! 


 堀下は可燃性の泥地仕様。各条件が揃い自動着火、猛火の障壁が聳え立つ。

 これにもアンデッドの大群は一切怯む事無く、怒涛の直進。

 一心不乱、無二無三と、構わず突入し次々と燃え尽きていく。

 

「「「おお!!」」」


「オーホッホッホ!間抜け者の集まりのおかげで、都市の掃除がはかどりますわ!」


「飛んで火に入る何とかってやつか……言葉通りの‶ブービー〟だが、トラップの規模がえげつないな」


 もはや、罠の意味も無く、燃え盛る業火渦中へと集団自決まっしぐら。


 因みに、ブービートラップの名付け由来は、無害だと油断した敵兵士を揶揄した「boobyブービー:まぬけ」へのトラップと云った意味合い。

 しかし、思考不能アンデッドに、有害無害の判断もへったくれも無かろう。

 

 この焦熱防壁に、すでに数千から万に及ぶアンデッドたちが焼かれ落ちるも、後続群集の猛進は留まらず。

 大量すし詰め状態が為に身中まで熱が通らず、猛火の遮断線を抜けて来た小群体がちらほら現れ、列を連ねる。

 

「やはり、この物量を抑え込むには火力が足らんか……次なる仕掛けは、用意しておるのだろうなミシェル?」


 そう冷静に見据え問う、腕を組み仁王立つレオバルト。

 未だ底の見えぬ膨大な数。対してロドス陣営は、30少々の小隊規模。

 如何に、超常戦力を持ち得る集団でも、可能な限り無駄な消耗疲弊は避けたい。

 先ずは、削ぎ落しを兼ねた全容把握が勝負手の決め所。

 

「勿論ですわ!高々、下級アンデッドの有象無象。現段階で、わたくしたちが直接打って出る必要はありませんわよ!」


 誇らしげに防衛策は万全と、絶対的自信を自負するミシェル。


 ゴゴゴゴゴ……


 程なくして大地が鳴動。ロドスを中心とした東西南北、周囲の地形が隆起沈下を繰り返し変動。

 組積造の石垣、植栽、樹木の生垣いけがき等で区切られ、幾所に傾斜路、階段、トンネル、窪みが連なる障子掘(阻障)。舗装、未舗装路が入り混じり、複雑に入り組んだ迷路が構築された。

 そこへ、アンデッドたちが獲物を求め次々と侵入するが、多数入口がある為、群の規模が少数に分断されていく。 


「迷路園にも見えるが、これは……」


 あちらこちらで右往左往するアンデッド。だが、これはただの迷路には非ず、罠だらけ。先ず簡単に引っかかるは大定番、底に槍や尖った杭が敷かれた落とし穴。

 串刺しながらも藻掻き、そこへ後から自ら身を投じ、入れ食い連続状態。


虎口こぐちか」


「虎口?それは確か、中世日本の城郭防御用の出入り口では? ヨーロッパでは、

‶ゲートハウス〟か‶バービカン〟。中国では‶甕城おうじょう〟とかの呼ばれだったな」


 イナバの呟きに問い確かめるジョブス。


「ああ。築城様式によって多少違いはあるが、これは戦国期の日本、中華、欧州、色々混じり合い複雑化した造りだな……」


 虎口は、敵侵入や城攻めに対した出入口であり、敵攻勢を阻害する為の設備。

 複数種類があり、基本は、大軍に一気に攻め込まれぬよう経路を狭め、直線路を縮小している。

 各国、種類にもよるが、曲路、分岐、高低差、遮蔽物を活かし、敵の行動を制限。罠や伏兵を置くなど、容易な侵入を防ぐ為に様々な工夫が施されている。


 それらが集約されたシステムや構造と、異世界での呼び名がイナバの脳裏に浮かぶ。


「ダンジョンか」

 

「そんなところですわね。ダンジョンを模倣し、魔術により構築した設置型の範囲防御陣──【幻宮砦陣ファンタズマ・バスティオン】ですわ」


「なるほど。ヒュペルボリアに於いても、兵力が乏しい辺境砦防衛に用いられていた術式であったな」

「ええ、レオバルト。その通りですわ」

 

 そうこう語る中、即席発動ダンジョン内では随所にてブービートラップが発動していく。

 

 舗装路スイッチ煉瓦を踏むと、岩壁から弓矢、槍衾やりぶすま、火炎放射。  

 生垣エリアでは、いばらのつる草に絡めとられ、ズタズタ、バラバラに解体。

 トンネル部では、振り子式大鎌で小間切れ。ネズミの大群に貪り喰われて骨だけの姿。他エリアでも丸太、落石、鉄球、延焼、爆発など様々なトラップの数々。


 その構築には、ミシェルと魔術師ソーサラーたちの各魔術、ドーレスたちドワーフ、メルヴィらエルフチームの各精霊術スピルギアによる複合術式で設置されていた。 


「エグイな……」


「ブォホホホ!ばってん、こげん防御案を挙げとは、リュミエルばい。

さすが、王子殿下たい。城や砦防衛に関して、よう熟知しとうけんね」


「いやいや、僕はただ基礎的な意見を呈しただけで、後の考案はミシェルさんに丸投げですから!」


「オーホッホッホー!何をご謙遜を、殿下!その意見が無ければ、今頃私たちは、無駄な疲弊消耗を被っていたところですわよ!もっと鼻高々に誇りなさい!」


「この場で殿下はやめて下さい!今は冒険者の端くれですから!はぁ、まぁ極力直接戦闘は避けたかっただけですので……」


 単に疲れるのが嫌で、提案を投じたリュミエルであった様だ。


「確かに罠の察知に乏しく、魔術も碌に使えぬ下級兵力や獣相手には効果的ではあるが……遮断線後方に、何やら善からぬ者らが複数おるな」


 大群とて下級アンデッド。昼食前の時点で、飛行従魔ナヴィにて粗方把握し、現在不要と亜空で待機。

 この味方陣容もあり物見遊山、静観姿勢の神狼女王ミゼーアであったが、只ならぬ強波動を察知した。

 

「おーの、確かにおるぜよ。そん中の一体がなんちゅう、強烈やのうて」


 竜人ドラゴニュートリョウガも同様。その言葉に、意識を遠隔域に伸ばし、同じく感知した冒険者たちが追従の言葉を重ねていく。


「ああ、これはアンデッドたちを指揮する明らかな上位存在……何者だ?」


「ふむ。おそらく、イルーニュ城の亡者騎士ら……最も強大な一体は全く未知。

然るに、この騒動の首魁は、確実に其れであろう」

 

 レオバルトの呟きにミゼーアが答えると同時に、ロドス北部、遮断線の猛火が割れた。


「何だあれは…?」


 割れた箇所からアンデッドの濁流が流れ込む中に、大型金銀甲冑姿の騎士隊。

 その数12と一際異様、馬鎧バーディング装備、巨大紅蓮馬に跨る特異体。

 

「──ギュスターヴだよ」


「「「!!!!!!」」」


 一同驚愕。一斉振り向くと、そこにはテッド、シーカーチームの面々4名。


「すまない皆! この状況を招いたのは俺たちが原因さ、ハハン」


「「「は?」」」


 商売繁盛、千客万来、幸運を呼び込む招き猫ならぬ、有害無益、カスハラ万客招来、不幸災難を齎す招き黒兎。

 はた迷惑にも、絶対関わっていけない災厄客を招待してしまった様だ。

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