第155話 風林火陰山雷
かの世界にて、栄光と繁栄の粋を極めし大都市であったもの、今は穢れし
その魔界都民が大群で押し寄せ、都市南部一帯が暴禍の海原と化していた。
求める獲物たるは生者であり、異世界冒険者と地球兵士の一団。
いずれも、ここ煉獄に導かれし転移者。世界は違えど命運を供にする者たち。
彼らが拠点砦とするロドスは現在、防衛システムが絶賛フル稼働。
防衛遮断線である陣地の外側周囲は、
そんな中を、巨大
「すまない皆! この状況を招いたのは俺たちが原因さ、ハハン」
「「「は?」」」
「ハハンじゃねーよ。何の大ボケをやらかしたんだ、テッド……」
辛うじてツッコむジョブスだが、キレが無く暗雲の表情。
この‶大災厄〟を招いたと語るテッド。若干おちゃらけつつも、チーム共々傷だらけの姿と疲弊した様子に、只ならぬ危機感が募る。
しかし、ロドス防壁に施された【聖域化】により、アンデッド種では壁内侵入は不可。周囲の各防御陣は、あくまで数の削減を目的とした
後は、取り分け削り取られた群なり個体を訓練さながら、防壁上からチクチク駆除するだけの安全ライン作業。
現時点の段階で、決死の籠城戦に至る事など皆無であったはずが状況が一変。
彼らの視線の先に映る、巨大紅蓮馬に跨る巨躯の亡者騎士。
「真魔人王ギュスターヴ……あれが……」
黒甲冑にボロ外套を靡かせ、右手には巨大剣。
無造作の白長髪に、放射状の剣を模した装飾の王冠。
口元から胸に掛けての長髭。壮年代後期と思える容貌。
その背後に随従する12体の金銀鎧装備の巨騎士。
そして、一旦停止。
──行路は切り拓かれた。いざ進軍せよ。
そう言わんばかりに巨大剣を前方に差し示すと、背後の火炎壁の割れ目から濁流大軍勢が絶え間なく延々と雪崩れ込む。
「ギュスターヴ…亡者は精神が崩壊し思考不全のはず……しかし、これは明らかにアンデッドたちを指揮し、大群全てを隷属させていまよね…?」
「これまでの情報では、あれは見境なく、ただ殺戮を繰り返すだけの狂魔人との認識でしたが、これでは知性ありきの‶魔王〟そのものですわね」
「ふむ。如何なる経緯か、其の狂魔王が我らを敵勢力と断定。大軍を上げ、殲滅攻勢に撃って出たと云う状況であるな」
「おい、黒兎。おまんら、何んしちゅうがどうしたんぞ、言うてみい」
順に、王子冒険者リュミエル、賢者ミシェル、
まったり休養中ながらも警戒強化は怠らず。冷戦時と同等、
「予め言っておくけど、俺たちは一切の戦闘を避け静観。つまり、事故みたいなもんで完全に不可抗力さ」
「そうね。あえて非を問うなら唯一、
「ハハン、正にそれさ。で──」
と、テッドの弁解に豹人ベルカが付け足し、簡潔に事の経緯が語られた。
イルーニュ城の下見調査、進入経路探索の際に大想定外。
地下迷宮下層から、水路伝いで悪魔の追い込み漁で現れたギュスターヴ。
悪魔殲滅後、速攻シーカーチームにロックオン。そこから各自、大群アンデッドの猛追に加え、イルーニュ城からの弩爆撃。必死の
逃げ切ったものロドスが捕捉されたのは、都市全域に広がるアンデッド独自ネットワークによる、信号伝達であろうとの推測見解。
「なるほど…確かに落ち度を問うべきところは無かろう。だが、状況は危局極まる盤面であるのは明白」
「ですわね……あれは、魔術はおろか魔力を持ち得ずとも、勇者、大賢者すらも及ばぬ【
「ふむ、一昨日に相対した【
「身体能力に限っても人外枠。無尽蔵の生命力と体力に、竜が如し膂力と耐久性。武に於いても剣聖すら敵わず。その武威にて、嘗ての魔術大国‶アヴェロワーニュ〟を制したとの記述でしたが、現時点で【亡者化】がどう作用するかですよね……」
「「「………」」」
レオバルト、ミシェル、ミゼーア、リュミエルの各言葉に反すべき異論も無く、いずれも、ただただ口を閉ざす。
各攻防に強化等、魔術に依存する冒険者たちにとっては大天敵。
退避するにも、すでにロドス周囲は荒れ狂う凶海原の絶界孤島。
頼るべき点は、対アンデット種における絶対防壁【聖域】効果。
そして、命運分岐点となりうるべく、ギュスターヴ亡者化の影響は如何に。
「記述通りと比肩するか、それとも格段に劣るものか、我ら行く末の分かれ目であるのは間違い無かろうな」
レオバルトに一同同意と、息を吞み無言で頷く。
亡者ギュスターヴに、どれほどの知性が残されているかは未知数。今のところは知略戦術的なものは感じられず、不動姿勢を継続。
膨大な歩駒を、損失厭わず無為に圧し進めるだけに見えるが、この圧倒的な物量を誇る死兵軍勢に、他の策を投じる必要が無いとも言えるだろう。
そんな冒険者たちの推察思考に至る中、イナバの脳裏にとある言葉が過る。
「風林火陰山雷……」
「「「?」」」
「イナバよ。何だそれは?」
「ああ、レオバルト。地球古来の‶兵法書〟にある言葉だよ」
それは、日本歴史上で識る『武田信玄』が掲げる御旗『風林火山』の元ネタ。
紀元前500年ごろの中国春秋時代『孫氏兵法書』の「故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆」を略したもの。
其疾如風:其の
其徐如林:其の
侵掠如火:
不動如山:動かざること山の如し。
難知如陰:知り難きこと陰の如く。
動如雷霆:動くこと
「まぁ、戦時においての箇条書きとも言えるが、奴の動きには、それが如実に見受けられる。本能的にかも知れないが、そこそこの軍略性を持ち得ていることは確実だろうな」
「なるほど。それは我々の行動にも当てはまる事だが、奴も少なからず、知略を備えており、差し詰め今は「不動如山」と言うべきか」
原文である『孫子の兵法・軍争篇』の一節全文では『風林火陰山雷』に加えて更に「──掠郷分衆、廓地分利、懸權而動」と、続き終止。
掠郷分衆:郷を
廓地分利:地を
懸權而動:権を懸けて
要するに、時機や情勢などに応じた、適切な動き方を意味する熟語となっている。
「だが、奴は隠れもせず隙だらけだ! 今なら【
「やめとけ、ジョブス。下手に刺激するな。あれは、生物ではなく人型戦略兵器だと思っておいた方がいい……」
「そん銃の過剰な過信はいかぁけん。あげん、術式ば無効化するとい、やめときぃ」
核兵器級の存在ゆえに、取り扱いは厳重要注意。状況的には、すでに起爆している様なものだが、ファンタジー兵器を得て、増長するジョブスを速攻諫めるイナバとドーレス。
そうこう語り合う間に、核爆風が如し大量に雪崩れ込んだアンデッド群勢が、ロドス第二防衛陣、虎口迷路の中間域を越え侵入。
各トラップが発動するも処理が追いつかず、浸食するかの様に黒々と染まっていく。特にギュスターヴがいる北部側が濃厚。
「おーの、ようけ死に腐れどもが入っちゅうのう。そろそろワシらの出番ぜよ!」
「ブォホホ!まだ早かろうもん、リョウガ。あげな仕掛けは、侵入阻害と数を
「ふん、その通りですわ。こちらも‶伏兵〟を投入する時ですわね!さぁ不撓不屈なる
ゴゴゴゴゴ……
ミシェルの号令と共に動き出すは、至る所に点在する障害物の岩や、トラップに使用された岩石に鉄球が
そして、アンデッドの濁流の中、続々と立ち上がる岩石と鉄の巨人たち。
他にも、黒々とした身体に赤々とひび割れた灼熱巨人も紛れている。
「【
それは、ドワーフたちの
早速、周りのアンデッドを手あたり次第、頑強剛腕剛脚で蹴散らし踏み潰し、焼き払っていく。
「フフ、それだけじゃないわよ」
エルフのメルヴィが、ほくそ笑みながらそう告げると、あちらこちらに生える樹木が二足歩行で歩き、腕の様な太枝をしならせながらぶん回し、辺りを薙ぎ払っていく。
「【
「トレント。ゲームとかに出ていたな……元は【エント】の呼ばれだったか、
そちらの世界では【エニュド】との呼び名か」
「フフ、似たようなものが地球にもあるようね。【樹木人エニュド】の云われは、上位エルフ語、クウェンヤ語のオノドリム。『土地から与える者たち』から派生したエルフ共通シンダリン語の言葉よ」
「ああ、なるほど。そうなのか……」
地球歴史に明るいイナバだが、なんのこっちゃ。さすがにファンタジー言語形態は許容範囲外。興味はあるもの講義を受けている場合ではないので、その場しのぎの返答だけに留める。
それはさて置き、色とりどりに発光する各魔法陣から続々と顕れる召喚精霊。
【砂精霊サンドマン】【地妖精グレムリン】【火妖狐フーシェン】【風妖鎌鼬ラファーガ】【森精蛇アヤタル】【水妖蜥蜴イピリア】【水精馬ケルピー】など各種群を成す精霊たち。
「まだまだですわ!さぁ、わたくしの美しき獣たちよ!お食事の時間ですわよ!」
待てはお終い、設置型召喚術式にて顕現されるは、
双頭犬【オルトロス】、四翼の四頭豹【ブラフマー】、人面獅子【マンティコア】、鳥の胴体と牡鹿の頭と脚を持つ【ペリュトン】、牛の上半身に蛇の下半身【オピオタウロス】、蝶の翅を持つ鰐【ココリョナ】。それら6種が各6体、計36体。
「「「……」」」
「伏兵って……」
数多と顕れる異次元超常たる生体。「伏兵」と呼ぶには、あまりにも異次元にて異質。数の差では遥かに劣るが、質の差で圧倒。
各所にて土砂災、水害、火災、雪崩、暴風竜巻、噴火に溶岩流、稲妻が迸り、天変地異が如し極地災害現象が同時多発。
その渦中を狂喜乱舞する幾多のゴーレム、精霊妖獣、地獄獣たちの大饗宴。
焼け焦げた異臭が広がり、火炎と閃光、血肉が飛び交い極彩色に染まる。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!
その演出BGMには、幾重もの咆哮と轟音、無数の阿鼻叫喚が複雑に混じり合う、極大不協和音。
「何だこれ…臭っさ、エグぅ……」と、何とも言えぬ顔芸で呻くイナバ。
これは比喩ではなく、文字の意味ほぼそのままであろう。
──風林火陰山雷。
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