第141話 真意の御業
「──中極意、七条ノ太刀 七か条。是非ともご堪能下さいませ。クソ蟲!!」
クロエのオーラが一際強く輝きを増し、周囲の大気は超振動摩擦により放電現象が発生。バチバチと至るところが弾け紫電が迸る。
『GEHIHIYY!ソノ
ハ=ゴスの赤黒いオーラは更に重く禍々しく、更に激しく触手の様にうねり蠢き、床に亀裂が毛細血管の様に幾筋とのたうち回る。
「うわっ!ヤバイヤバイ!ここいるの拙くないすか!?」
「と言っても、後ろの便所の中は例のやつが群がってるようだし、他に逃げ場なんてどこにも無いだろ!」
「ここは、できるだけ下がり、身を低くし耐え凌ぐしかない無い!」
「鼻バリアー!!」
「やめろや!ここでいらんボケすなー!」
多くの犠牲を出し、部隊生存者は、ラーナー、ブルース、ダドリー、ダフィ、ジミーと、現在最前線で絶賛奮闘中のクロエの僅か6名。
この兇夢狂嵐の戦いでは狭すぎる通路。逃げ場は無く、巻き込まれまいと観戦者たちは、パラシア幼体の群が巣くうトイレドアは避け、左右壁ギリギリまで下がり片膝をつき身構える。
クロエとハ=ゴスのオーラ同士がせめぎ合い空間が歪む。正に一触即発、混ぜるな危険。その互いの制空圏が触れれば是れ必然。
ギャギャギャギャギャン!!
絶対的に相容れぬ奏者同士が織り成す、大不協和音の
剣戟とは言えぬ、うねうね狂嵐怒涛の乱戟戦。
ハ=ゴスは、左右非対称の両手鉤爪に加え、伸縮自在の硬質触手を幾重と振り回す。更に音速を超え、速度衝撃波までも乗じ、クロエに津波の様に襲い掛かる。
対してクロエは、権天玄光一振りの一刀流のみ。だが、常人を遥かに超える人外の反射速度と剣速で迎え撃つ。
それを可能とさせたのは、人を超えた‶武の極意〟の御業。
中極意、七条ノ太刀 七か条。
──引ノ太刀。
ハ=ゴスの鉤爪の斬りに対して、引きながら切り返し受け流し、腕へ斬り込む。
──車ノ太刀。
触手の突きに対しては、右肩の高さの構えから横回転の払いで返し、更に回転させハ=ゴスの肩へ斬り込む。
──
触手の薙ぎ払いに対して、上から
──
振り上げられる鉤爪に対しては、刀身を僅かに左にずらし、刃を交わした瞬間に右に回し払い除け、同時に腹部に切り込む。
──
振り下ろしに対しては、違ノ太刀との逆パターン。鉤爪から刃を右にずらし、交わした瞬間に左に回し薙ぎ払いのけ、同時に首に斬り込む。
──乱ノ太刀。
乱れ振るわれる触手に対して同様に左右に乱れ、巧みに払いのけ同時に首や胸、腹部へと斬り込む。
これら
七条ノ太刀、七か条のうち六か条業が幾度となく振るわれるも、構わず攻め入っていくる。そして──
──
七か条目の業。右足を前に刀を右肩の高さに構え、振るわれた右手鉤爪を受け左にずらし、刀身に縛り付けられたかの如く、ハ=ゴスを左に引き寄せてから振り上げ、腹部から首に掛けて斬り上げられる。
『GIHAHAHAHAHA!!貧弱貧弱!ムズ痒イダケダ!シカシ見事ダ極上贄ヨ!
我ノ波状攻メヲ、ヨクゾ耐エ
無傷と思われたが、ハ=ゴスが言い切る前に、上半身至る所に縦横斜めの筋状の裂けめが現れ、やがて濃い紫色の血流が吹き出す。同時に襲う斬撃裂傷と同数の激痛。
「血の色キモ!ってか、やったすか!!」
「それ言うな!やれてない時のフラグだろ!」
「まぁ致命に至らずとも、大きな傷を負わせたのは確実だろう!」
「何をしたか、全く見えなかったがな……」
動きは追えずとも結果だけは明白に表れ、大ダメージの様相は明らか。
に、見えたがしかし──。
「鼻ムズがとてもヤバいね……。これまだ何かあるかもね」
ダドリーの危機感知レッドアラートは未だ収まらず、更に激しく警告を告げた。
それは、即座に目に見える形で顕れ、脅威の生態情報が残酷にも上書きされる。
──再生。
「なるほど。手応えが余り感じられなかったのは、そう云う事ですか」
ハ=ゴスが受けたダメージは、クロエの攻勢を全て無駄だったと言わんばかりに、流血が瞬時に止まり、大きく裂けた傷跡は見る見るうちに塞がり完全回復。
『GIHAHAHAHA!!一時ノ勝利ノ余韻ヲ味ワエタカ贄ヨ。我モ少々茶番ノ演技ヲ興ジテミタガ、実ニ愉快愉快!』
深手の傷を受け激痛の様子を見せたのは、全て悪趣味な演技であった様だ。この歴戦を思わせる
不快な声質はさて置き、そもそも経験知識も無く仰々しくも話すことなど、まずあり得ない。
「──記憶の継承」
そうクロエの脳裏に、一つの推論仮説が打ち立てられた。その生態は、胞子を飛ばし寄生し変異。通常種は知性が乏しく、系譜の知識情報はDNAに眠ったまま。
しかし、稀に生まれる種には武術流派の如く、始祖からの記憶を受け継ぎ、転生を繰り返しているのだと結論付ける。
そして、ハ=ゴスは追い打ちを掛ける様に更なる変化を見せる。
「「「!!!!!」」」
それは、急速な
口部は縮小するも、代わりにヤツメウナギの様なワームが顔面から複数生え、口部と触手の数が増す。更に歪で刺々しい硬質な尻尾が生えだし、その様相は非常に筆舌し難い変容。
「「「………」」」
「マジかよ……」
ハ=ゴス、第二形態へと進化。
『極上贄ヨ、ソノ勇猛サニ免ジ、ココデ名乗リヲ挙ゲテオコウ。我ガ名ハ、パラシアノ
ハ=ゴスは、両腕を広げ仰々しく語り挙げジョジョ立つ。
それは、兇悪たる魔の種族の王。「第八世」と言う事は八度目の転生体。
その起源は、どれ程の年数を遡るか計り知れぬが、転生回数はまだ一桁台。
数千か数百年単位に一体の割合なのか、余程の希少体である事は確実。
「ハ=ゴス八世とな……フッ、どこの舞台台詞ですか。今後二度と遭う事は無いので、名乗りは不必要かと思えますが、まぁいいでしょう。私はただの兵士クロエです」
一同が目を見開き愕然とする中、クロエの様子は一向に変わらず、至って冷然、自然体のまま。進化してもまだ茶番を演じているのかと思いつつ、不本意ながら一応短簡に名乗っておく。
「どこがただの兵士だよ」
「全くだ…実力も然る事ながら、あの化け物を前にクロエのやつは、何故あれほど平然としていられるんだ……」
「パラシア……それがこれまでの変異元凶の名か。その王、つまりは──‶魔王〟ってやつなのか……」
「エグイっすね……」
ようやく名称情報を得られるも、危機的混迷の状況は変わらず。脅威度判定が更に増しただけ。
『極上贄『クロエ』トノ名カ。ココデ只喰ラウニハ実ニ惜シイナ。‶特異パラネス〟ノ宿主ト成リ、我ガ側近ノ‶ラフレイダー〟ニ迎エ入レルノモ一興デアルナ。ナラバ──』
「お断りします。パラネス?あの寄生蟲の事ですかね……なるほど。それで変異したものがラフレイダー。呼び名が知れたのは結構ですが、あんなものに変異するなら喰われた方がまし。まぁ、それも御免
『決メルノハ、我ノミ。贄ニ選択権ナド有ルハズモ無カロウ』
絶対的な自負の表れ。実力の差は歴然。全主導権は我が手中。現にこれまでの戦いは手合わせ程度。獲物がすぐに壊れてしまわないよう、細心の注意を払っていたのだと、ハ=ゴスの思考。
「はぁ、やれやれ……。その茶番台詞にも飽き飽き、自己過大評価も程々に。
これまでの業は父から受け継いだ対人戦用の‶新富流〟の業。しかも中極意で大極意も見せておらず。‶神妙流〟【魔祓い】の業は、一つも使っていないのですがね」
手合わせ程度は、クロエも同じく。真の実力は然程も出していない。
それは、背後にいる者たちとこの建物への配慮。壊れてしまわないよう細心の注意も同じくだ。
アメリカ海軍所属、特殊水陸両用偵察衛生兵SARC(Special amphibious reconnaissance corpsman)クロエ・デュマ・
医療面では天才と称された彼女だが、その特質すべき「天賦の才」と言えるものは──剣術。
クロエの父親は、渡米し剣道場を経営し指南役を務め、母はフランス系アメリカ人医師。つまり、両親共の得意分野の血を受け継ぎこの仕様と相成ったのだ。
そして、幼少期より父から実戦剣術を学び、その
それは‶かの血筋〟によるもの。
父親の家系「神水流家」の系譜源流は、戦国時代、鹿島神宮の神官。
『吉川覚賢』の次男として生まれたのは、幼名は『
その後、実家吉川家の本姓である「
生涯
それは、かの剣豪『宮本武蔵』すら超える、日本歴史上最強の兵法家であり
『剣聖』と称された存在。同時に『鹿島新富流』の開祖。その名は──。
その
『言ウデハナイカ、贄ヨ。ナラバ、其レヲ我ガ前ニ示セ!』
ハ=ゴスはそう言いながら、複数ワーム口部からパラネスの卵を散弾の様に射出。
だが、クロエに被弾する前に、全て粉々に弾け飛ぶ。
「──神妙流 気功法【雷剄】。言われるまでもなく示しましょう」
クロエの身体から発せられるオーラの質が変わった。ヴゥン、バチバチと蒼雷電が迸る。遮るものを弾き飛ばしながら小龍の様に駆け巡り、それがパラネスの卵弾を全て迎撃したのだ。
『GIHAHAHAHA!!何タル重圧!コノ
と、言い切る前にクロエの姿が消失。
『ナッ!?』
一拍置いてハ=ゴスの身体が、至る所が切り刻まれ、紫色の血流が盛大に吹き出す。更に全身を電撃が襲い、血液を通して体内を巡り、内部から焼き尽くしていく。
『BURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
今度は演技ではない極痛の叫び。各傷口、頭部複数の口部から黒煙が上がる。
「鹿島神妙流、大極意──実地天道之事
新富流では大極意高上奥位十箇ノ太刀 十ヶ条の一つ『実地天道之事』。
クロエが放つは神妙流、鹿島の太刀の‶真意〟。雷神
実地天道之事は、実と地と天と道の四つの要素を統合させた技法。
実は剣の力であり、地は身の動作であり、天は気の働きであり、道は心の意志であるということを意味する。クロエは気を電気とさせ、実と地に織り交ぜ昇華させたのだ。それが、実地天道之事‶雷切〟。
『GIHAHAHAHAHAHAHA!!見事ダ、極上贄クロエヨ!』
「やれやれ、再生とは厄介ですね。しかし、これ以上はこの建物がもちませんね」
口部から黒煙を吐きながら嗤い、クロエを褒め称えるハ=ゴス。
すでに身体の傷は塞がり、体内でも急速に修復されていく。それにうんざりのクロエだが、周囲の脆さもあり力を出し切れない状況。
ならば、決戦は建物外でと思い始めたところ、ハ=ゴスの様子に異変が生じた。
『ム? 何カガ来ル。コレハ……』
「「「!?」」」
「ん? 」
『フム、邪魔ガ入ッタ様ダ。残念ダガ、続キハ別ノ機会ニ致ソウ、ソレマデハ生キ永ラエヨ、贄クロエ!』
そう言い残すと、壁をド派手に破壊し何処かへと消え去るハ=ゴス。
その状況に呆気に取られる一同であったが、同時に厄災が去った事に安堵する。
「「「ぶはぁああああ」」」
まともに呼吸をしていなかった事に気づき、盛大に息を吐く面々。
そして、クロエに感謝と尊崇の思いの視線が自然と集まる。
「ふぅ……助かったな。お前のおかげで全滅は免れた。感謝するよクロエ!しかし、今のはいったい?」
「さぁ、全く見当もつきません。邪魔が入ったと言ってましたが、何の事やら」
「きっと、ウンチしたくなったんだね。トイレはすぐ傍なのにあわてんぼうだね」
「うるせーよ」
「そんな事より、ここにいるのはヤバくないっすか?後ろでわちゃわちゃ音が聞こえるんすけど……」
「そうだったな。あれらの処理を怠った所為で、余計な犠牲まで……」
「やれやれですね」
そう零しながら、クロエはトイレの方に向かう。いつの間にか携えていた権天玄光は消失。代わりに持っているものは──
そしてサッとドアを開け放り込み、サッと閉める。
ガシャーン。
⦅⦅⦅PYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!⦆⦆⦆
トイレ内に響き渡るガラス瓶が割れる音と、幾重もの金切り大合唱。
「「「………」」」
ドオオオオオオオオン……
それに続く様に建物外、何処か遠くからの爆発音。何が起きたのかとハ=ゴスが破壊した壁穴から外を見渡せば、多数のラフレイダーの群が何処かと殺到し向かっていた。
「何すかね…?」
「知るかよ……」
「……まぁ、いずれにせよ、もうここに立て籠もるのは不可だろう。他でもパラシアとやらが繁殖している可能性が高い。皆、装備を纏めここを撤収するぞ!」
「「「イエッサー!!」」」
ラーナーの迅速な判断に一同呼応。
寝る間もなく、立て続けに凶波乱が渦巻く状況。
果たして今後、彼らの運命は如何に……。
────△▼△▼△▼△▼△▼△▼────
ここまで拝読ありがとうございます。
諸事情により次回更新は二週間後になります<m(__)m>
そしてハ=ゴス第二形態の画像(閲覧注意)はこちら↓↓↓
https://kakuyomu.jp/users/mobheishix3/news/16817330667483388904
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