第142話 燎原の烈火


 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州 コロンビア郡の町 セントラリア。

 

 そこは、嘗て炭鉱業で栄えた町。それが、1962年5月、フィアデルフィア第二次計画【ゲート】展開実験により、極限異次元世界‶煉獄〟の地下空間へと転移。

 ゆえに、陽の光が届かぬ隔絶された漆黒闇の町。


 その中心街大通りは現在、活気に満ち満ちて煌々とした灯りに照らされていた。

 それは、照明の灯りでは無い、戦火のほむらによるライトアップ。


 相対する人ならざる者らの戦い。


 くべられた業火のたきぎは暗黒を焦がし、一帯を茜色に染め上げ、終末模様を悍ましくも絢爛けんらんに彩る。


 ドオオオオン…ドオオオオン……

⦅⦅⦅PYAAAAAAAAAAAAAAAAA……⦆⦆⦆

 

 その戦禍の咆哮は、幾多の仄暗い命を蹂躙。幾重もの断末魔の嘆きを折り重ね、戦場となった大通り沿いの建物は、大波に晒された砂の城の如く脆くも崩壊。

 その飛び火は連鎖を続け、被害は波状に拡大していく。


 嘗て、人であった町の住民たち。更に移住者も大増量、魔界都市化。いずれも冒涜的な姿に変容し、血肉を求める凶気の濁流と化し押し寄せる。


 対するは、幾種もの鬼と獣の群、百鬼百獣夜行絵図。鬼たちは圧倒的な膂力で、各々の武器を振るい乱舞。

 獣たちは、咆哮と共に暴雨暴嵐の如く火球、炎の戟槍を放ち、吹き荒れる爆風が凶気の濁流を薙ぎ払っていく。


 正にの大地獄合戦絵図のダイナミック光景を、勾配のある小高い車道頂上から呆然と眺める一行の姿。


「何すかこれ……?」

「知るか」


 もう何度目か、このジミーとダフィのテンプレ反応と台詞のやり取り。

 イベント爆盛りマシマシ、未知との遭遇祭も大盛況、極限極地に達する。


「ラフレイダーと言ったか。パラシアとやらも混じっているな……とんでもない数だが、紙屑の様に蹴散らされている……黒煙でよく見えんが、何だあの化け物たちは…?」

「まるで、機動部隊だな……迫撃砲や機関砲の様なものを斉射してやがる。どう云う原理だあれ…?」


 愕然とするラーナーの問い呟きに、ブルースも理解不能としたぼやきを重ねる。


「何か飛んでいるのもいるね……ハクトウワシとイヌワシ…?」

「違うだろ……でかすぎる。てか、四足…?どっかで見たことあるな…フィクションでだがな」

「あ、なんか目が合ったね……」

「ヤバ、こっち気付かれたか!?」

「大丈夫ね。ワタシたちは敵じゃないと判断してるみたいね」


 高視力のアフリカ系黒人、ダドリーとダフィ。ダドリーの鼻危機感知センサーはグリーン状態。何やらな航空戦力が飛び交い気付かれるも、敵認定はされなかった様で一安心。


 彼らは、退避地を已む無くの事態に追われ撤収。一旦ここに留まり、燎原の火が如し烈火の大戦おおいくさに目を奪われていた。

 視点的には、決戦場となる町の中央大通り左側がラフレイダーの大群、右側が鬼獣の群。それを離れた小高いところから観戦といった構図。


 多くの犠牲を出し、チーム規模まで縮小したアメリカ軍部隊6名。


 アメリカ海兵隊特殊作戦コマンドMARSOCマーソック 通称マリーンレイダース、指揮官『ブルース大尉』。

 同チームながらも海軍所属、特殊水陸両用偵察衛生兵 SARCサーク『クロエ・デュマ・神水流 少尉』。

 海兵隊武装偵察部隊、通称フォースリーコン所属指揮官『ラーナー大尉』。

 同部隊所属『ダドリー専任曹長』『ダフィ一等軍曹』『ジミーホッパー二等軍曹』。


 いずれも特殊部隊と呼ばれるフル武装の精鋭たち。所々に異形から受けた負傷の痕が見られ、応急処置はなされているが、異形へと変異の不安が重く圧し掛かっている。

 

 これまでの訓練経験埒外らちがい、未曾有の戦線。この世界の常軌を逸した悪夢の渦中を辛うじて生還したもの、この狂嵐の渦に人は絶対的に立ち入り不可。  

 赤々と灼熱煮えたぎる溶岩大河の如し。これぞ絶対致死領域モータルワールド

 

「ハ=ゴスが言っていた‶邪魔〟とは、これのことでしたか。確かにをしている場合では無かったようですね……」

「「「アレが小競り合いか!!」」」


 先ほどの厄災相手にも一切怯まず泰然自若。すでに人外認定のクロエ。だが、そのクロエもこの魔界の戦いには驚愕は隠せず、唯々唖然ただただあぜん


「しかし……ただ物量の勢いに頼ったラフレイダーの大群に対して、数は遥かに劣るが、あの新手の群は火力も然る事ながら、やけに統制が執れた陣容だな……」

「ああ、鋒矢ほうし型(⇚)に近い陣形。先陣は機関砲の様な斉射撃に、抜けてきた敵には近接戦でフォロー。後方から迫撃砲じみた火力支援。航空支援まで配備。その全てが迅速つ緻密、無駄無く有効に機能している。群と言うより完全に軍部隊だな」


「ええ、確かに。あの新手魔物の部隊には、知性どころか相当の知略を感じられますね。余程の軍略に長けた者が指揮を執っているのでしょう。その総司令らしき者の姿は見せず、どこぞから戦況を見定め指揮棒を振るっていることは自明の理」


「そうなると、あのハ=ゴスとは別種の魔王の軍勢ってところか……」


「別の魔王軍すか…最早ファンタジーすね……確かに見た感じ、あのわちゃわちゃとしたキモ生物の群と比べて、まともな姿。でかい狼が多いすけど、鎧甲冑の奴やごつい鬼。装甲車みたいな熊とか、正にファンタジーモンスターっぽいすね……」

「つうか、ありゃ魔法か?光る魔法陣みてーなもんから砲撃しているようだが…」

「よく分からないけど、応援するなら新手の軍勢一択ね……」

 

「「「だな……」」」


 その戦いは『SFバイオホラー怪物大群VSファンタジー魔物軍』の在り様。

 見た目的にも、ファンタジー側に肩入れしてしまうのは必然であろうと、一同しみじみと同意の反応を示していた。


「しかし、新手の方も魔物であるのは確か。人とは相容れぬ存在。例えこの戦いに勝利したとて、次の矛先は我々に向くやもしれません。早急にこの場から撤退した方が無難かと思われますが」


「それは同感ね。飛んでるやつにこっち気付かれたね。今は大丈夫だけど、向こうが片付いたら、ワタシたちを食べにくるかもね」


「「「………」」」


 クロエの想定提案に、ダドリーが同意見を重ねる。その悍ましい光景が脳裏に過り言葉を失う。


 この未知の状況下では楽観視は大敵。敵認定されなかっただけで、友好的に接してくるとはまず考えられない。

 それどころか、戦が終われば、捕食対象として追われる可能性を危惧せざるを得ない。情報も無く初見のものに安易な接触は絶対的に回避。生存率を上げる為の然るべき第一鉄則事項であるのは当然。


 しかし、物事には想定外、不測の事態がくらく付きまとう事が多々ある。

 避けられない災いは、突然到来するもの。そんな言葉が脳裏を突き抜ける。



「──こんな所にいたか」


 突如、明確に聞こえるその言葉。チーム外、右方向からだ。


「「「!!!!!」」」


 咄嗟に各々その方向に銃を向ける。一同、驚愕と共に戦慄が走り、思考がフル回転で稼働する。


 接近する足音はおろか、気配すらも感じなかった。直感的に銃は通用しないであろう事を理解。だが、身に染み付いた動作は無意識下で反射発動。


 それは四頭の狼。だが大きさは知り得るものとは異なり、圧巻の威容。

 手前二頭は、3mはある黒い大狼。後方二頭は2mほどで体毛色が独特。口元白毛に、全身は紅毛に黒毛混じり、左前脚から黒炎を象った模様。もう一頭は白毛、背に蒼ライン。よく見ると、細かなトライバル模様のライン。


 あの新手の魔軍の別働隊であることは明白。おそらく、上空を飛行する‶何か〟に発見された時点で、情報が司令に伝わっての事であろう。


 ダドリーの危機感知では、敵認定されていなかったはず。

 言葉を発せられるのか、だが対話を望むとはとても思えない。

 何故ここに? 何が目的? 捕食か捕縛か?

 その表情にガル顔敵意は見られないが、敵視以前に然も無い存在との認識か?

 

 と、各思考に様々な憶測が駆け巡るが、どれもネガティブ。


 そしてクロエは、ここを決戦の場と判断し、備前長船 権天玄光を顕現。柄を握りしめ居合の構えを執る。


「おいおい、そうイキリ立つなよ。どんだけエグイ思いをしてきたんだよ」


「全く、追い詰められ過ぎね。まぁ、この地の修羅場をそこそこ潜り抜けて来た事は認めるわ」


「「「「へ?」」」」


 拍子をがっつりすっぽり抜かれ、間抜けな表情を各々描いている。

 そして、黒毛大狼二頭の背から何やらな二人が降り立ち、警戒心MAXの一同に苦笑ながらも光明とも言えるその姿を現し物申す。


「クレイン!!」

「上級曹長!!」

御方おんかた!!」

「雷神!!」

「トール!!」

「「「「&ワルキューレ!!」」」」


 と、各々トールの呼び名がバラバラだが、リディは異名で統一。

 

 この最兇悪の状況に最高善の存在二人との合流は、何よりの救いであり最幸運。

 その安堵感は、他の全チームとの合流より圧倒的に最上。その上、この大狼たちと共にしていると言う事は、新手の魔軍は友軍である可能性が濃厚。

 正に一寸先は暗黒闇に、一気に陽の光が差し込んだ様な思い。


「レイダースのブルース大尉とSARCサークのえっと、カミズル少尉だったか…?リーコン隊は、ラーナー大尉、ダドリー、ダフィ、ジミーの4名……仲間はこれだけか?」

「ああ、生存者は今ここにいるだけだ……」

「そうか……」


 ラーナーの短いながらもその言葉と表情、負傷痕の数々で全てを察したトール。

 ここに来るまで多くの犠牲があったのだろう、数年共にした部下であるギブスの死も自然と窺えた。


「何にせよ、ここでお前とワル、いや、ハーチェル上級上等兵曹との合流──って、その耳!?」

「「「!!??」」」


 ここでようやく、リディのエルフ耳に気づくラーナー他一同。


「リディさん‶隠蔽術〟を解除し、正体を明らかにしたのですね」


「「「は?」」」


「そうよ、クロエ。ここは力を隠したままでは、生存は絶対不可。玄光を出したってことはあなたも?」


「「「は?」」」


「一部だけですよ。少々厄介なものが現れたので、已む無くと言ったところです」

「なるほど。あなたが厄介って言う事は、相当な化け物の様ね」

「ええ、名は‶ハ=ゴス八世〟あの化け物たちの王。つまりは‶魔王〟です」

「魔王? それを知ると言う事は対話が可能……それで倒せたのかしら?」

「いえ、この軍勢同士の戦いが始まり、どこかへと消え去りました」


「「「………」」」


 超強者同士の異次元ガールズトークに、入り込む余地が無い一同。

 二人のその様子から、並々ならぬ見知った関係性である事だけは明らか。


 耳の事もだが「正体ってなんぞや!?」と気になるもサラっと流され、とりあえずの情報共有。それよりも気になる情報が満漢全席状態。どこから触れていいのか、思考がバグりだす。まずは傍に控える大狼たちの事だが──。


『団長、リディ殿、同胞との再会を喜ぶのは結構でござるがそろそろ』

『姉上たちも、かと思われまするのですみやかに』

「ああ、分かってるよ黒鉄、弥宵」

「ええ、そうね」


「「「なんかしゃべったー!! 団長って!? 何の号令待ち!?」」」


『おとたま、クソお腹すいたのー』

『おとたま、早くあのビチグソどもを片付けて、ゴハン食べようよー』

「あーうっせ。分かったから甘噛むな。カレン、トア」


「「「めっちゃ懐かれてるー!!おとたまって!? そして言い方!!」」」


 突如、言葉を発した大狼たち。更に情報が一気に雪崩れ込み、脳内バグり具合が加速する。


「おいクレイン、このでかい狼たちは…? それと、あの魔物の部隊と協力関係の様だが、総指揮を執っている者はいったい何者なのだ?」


「あー話は後だ。とりあえずは、この戦いを終わらすのが先だ」


「「「は?」」」


 状況が全く呑み込めず呆けるラーナーたち。転移してまだ数時間。

 この世界の事も、転移時間軸のズレ、トールのこれまでの経緯も露知らず。

 当然、魔物の軍勢を率いる魔王然とした総指揮者は、全くの別物との思考。

 

 そして、この兇嵐の戦いを終わらすと豪語するトール。

 状況は、更なる混迷が渦巻きうねり出す。


 

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