第140話 大祓いの戦い


 ──絶望。


 そんな言葉を具現化したかの様な圧倒的な威容。

 

 名はハ=ゴス。


 その傍には、小間切れになった肉片血溜まりと、ひざまずき平伏する嘗ての仲間。今は見る影もなく変容したギブス曹長。

 その異様な絵図がハンドガンに取り付けられたライトで照らされ、悍ましく映し出される。


 背後はトイレがあるのみで逃げ場は無い。前に進むしか道は残されていない。

仮に生き残っても地獄が唯ひたすら続くのみ。いずれも、クソったれな死に様が脳裏に過る。

 

 そんな中、ただ一人だけ冷然と事を見据える者が、緩やかに歩み進む。


「クロエ…?」


「はぁ…仕方がありません。ここは私が手を打つしか、選択肢は残されていない様ですね」


 そう言いながらクロエは、軍用サイリウムを何処からか取り出し、ポンポンと幾つか放り投げ、周囲がグリーン色の光に照らされる。

 もはや、ハンドライトの役割でしかないハンドガンを収め、視界確保が成された。


 サイリウムは、音楽ライブで見られる手持ち棒状のケミカルライトの事である。

 軍用の主な用途は、戦闘作戦や自然災害など最も危険な状況でマーキング、タグ付け、緊急信号、人と装備の識別に使用される。


 すると、跪いていたラフレイダーギブスが立ち上がり、王の手を煩わせまいとクロエの処理に取り掛かる。そのクロエはハンドガンも、腰に差した自前の最上大業物の打刀も鞘に収めたまま、素手の状態。


「やれやれ、患者が医師へ不徳の暴挙ですか。全くの恩知らずですね」


 然も無いただの餌と言わんばかりに、ギブスの変異したイカ足触手まみれの頭部に大きく開く円口部。それを処刑台にて刑執行を待つ罪人の様に、ただ無防備にゆるりと立つクロエ。その光景をただ見守る兵士たち。


 そして、ギロチン処刑の如く、ラフレイダーギブスの蛇腹状の長い首が振われた。


「「「!!!!」」」

⦅KIRIRIYY!!??⦆

 

 ギブスの動きが止まった。クロエは左掌を差し出しただけ。

 触れずにギブスの攻撃を抑えたのだ。


「……おいおい、今度はどんな‶手品〟だよ、少尉!?」


 一同総意のダフィのツッコミ。ギブスは全力で噛み付こうとするが、不可視の防御壁に阻まれたかの様に一向に振るいきれない。

 外での戦いでも『手品』と称し、何処からか火炎瓶モロトフや日本刀を出したりと、不可解ながらも戦況の決め手を打ってきたクロエ。

 正にハンドパワー。今回は、手品などの仕掛けでは処理しきれない、物理現象埒外のイリュージョンを披露。


「──気功法 【空剄くうけい】。ただの‶医術〟ですよ」

「「「は!?」」」


ゆう氏気功法』極意の御業【空剄】。

 中国医師 尤彭熙ユウペンシが近代科学の視点を持ち、中国武術『意拳』の内功(体内で生み出される氣。内剄とも呼ばれる)と、チベット密教ニンマ派の高僧より学んだ身体意識訓練と瞑想を融合させて創始した、医療的側面を重視した人間開発法。その最高峰が【空剄】。

 

 その創始理念は武術では無く‶医術〟。


 因みにその技名は伏せられたが、TV番組でも気功法として振るわれた技である。芸能人たちが触れずに転がされまくったやつだ。


「元ギブス曹長。あなたと戯れている余裕は無いので、後ろの方々にお任せします」

「「「は!?」」」


 そう言いながらクロエは、左掌を脇へ素早く払うと、ギブスは不可視の氣剄力でラーナーたちの許へと、至る所をわちゃわちゃさせながら転がりまくる。

 観戦モードであった為、突然の無茶振りに一同総慌てふためく。


「ちょちょ待っ!あークソっ!!」


 咄嗟であったもの、変異マーロー戦や亡者化したピッツの時でも反応値の高さを見せたジミーが、真っ先に柳葉刀を首に振るうが浅い。


 この間にもクロエは、自然体ながらも鋭い眼光を放ち、最標的から目を逸らさず、一心一意のロックオン。だが、ハ=ゴスは何を考えているのか、嘲笑うかの様な表情で一向に動き出す気配が見られない。


⦅PYAAAAAAA!!⦆


 ギブスは金切り奇声をあげ、ひっくり返った昆虫の様に3対の肢足を激しくバタつかせ、立ち上がろうと空を掻きむしる。その肢足の鉤爪がラーナーの左脚を抉り、ダフィの左前腕部を切り裂く。


「くっ!!」


 更に、右腕の薙刀手刀を振り回しジミーを薙ぎ払う。甲高い金属音を鳴り響かせ間一髪で柳葉刀で防御するも、身体ごと弾かれ、後方にいたレイダースの一人に激突し、纏めて飛ばされる。


「「ぐああああああ!!」」


 ギブスはようやく態勢を整え、立ち上がろうとしたところで、透かさずラーナーが日本刀をバッティングスタイルからの横薙ぎで首を切断。

 寄生蟲パラネスの支配パスが途切れ、胴体部は沈黙。後は一斉に頭部に各手持ち武器にてめった刺しのぶった切り。

 ここで、頭部内部のパラネスの息の根が止まり、ようやくの完全絶命。


「はぁ、はぁ……はぁ……」


 勝利の達成感などは皆無。いずれも息を荒げ、ただただ苦渋の戦いを一つ終えただけであった。


「ギブス……」

「クソっ……」

「とても済まないねギブス……ドッグタグだけ頂くね。生き残ったらだけど、お墓をたて弔わないとね……」

 

 怪物に変容したとは言え、嘗ての戦友を無残にも死に至らしめてしまった事に、各々複雑で悲痛な想いが白波を立て押し寄せる。


 ブシャ


「「「!?」」」


 後方から、肉が弾ける様な不快な音。振り返れば、そこに新たなラフレイダーの誕生の瞬間。


「クソっ!ダンまでもか!」


 ブルースがそう叫ぶは、レイダースのもう一名。ジミーと共に弾き飛ばされたが、誰しもギブスとの戦いで手一杯。後方の事に気を配る余裕などは無かった。


 バンバンバン!!と、ブルースは即座に至近距離にて、.45ACP弾を変異しきる前の頭部にぶち込み、産声を上げる間もなく沈黙させた。その背後で更に。


 グシャ!


が犯人だったようね。すっかり忘れていたね……」


 そう言いダドリーが手斧で叩き潰したのは、トイレ内で粘菌変形体『ススホコリ』から変異していたパラシアの幼体。どさくさに紛れて通路に出ていたのだ。

 50cm程まで成長し、すでに寄生蟲パラネスの卵を孕んでいた様だ。


 発見時に仕留める間もなく、ラフレイダー化したギブスの襲来からこの一連と、脅威だらけの状況で完全に意識外へと放置されていた。始末を怠った故の犠牲、これは大きなミスと言えよう。

 更に粘着質な不協和音が、ドアの向こうトイレ内から不気味に鳴り響いていた。


「クソ……マジでここは地獄かよ」


「お疲れ様です。心境の程はお察しします……が、ここは地球とは大いに異なる異次元戦場。を得て強くなってもらわないと、この先の生存は困難極まる事でしょう」


 冷徹とも言えるクロエの言葉だが理解はできる。この異様極まる極限戦場。

 正に一寸先は闇の状況。その闇に拓くは人外道か修羅道。人のまま歩もうとすれば、行き着く先は亡き者の道。果ては魂すらも闇の供物とされよう。

 現に今、その御膳供物として捧げられているかの在り様。


『GEHIHIHIHIYYYYY……茶番劇ハ、モウ終ワリカにえドモヨ』


「「「!!!!」」」

「こいつ、喋れんのかよ……」


 必死と抗う兵士たちの戦いを戯れと嘲笑い、言葉を発するハ=ゴス。これまでの沈黙は、娯楽然とゲーム感覚でただ愉しんでいただけ。

 下僕と化したギブスの死に対しても、単なるデータユニットの消失に過ぎない。

パラシア幼体が処理される前にギブスを投じたのも、その指揮采配によるもの。


『贄ドモノ分析情報ハ、スデニ得タ。脆弱極マル餌ノ群。抗ウナラ抗エ、我ハタダ喰ラウノミ』

「「「………」」」

 

 確たる悍ましき自負の顕れ。圧倒的な重圧を放つ言葉に押し黙る兵士たち。

 ハ=ゴスは、捕食した物の生体情報を体内にて解析できる仕様。フットとハンドを食した事により得た、地球人の解析結果は──何ら危険性の無い‶安全食肉〟。


「なるほど。貴方の分析情報は、すでに得られました。実力の程は認めましょう。

但し思考の方は単純。僅か数例の情報から偏見による早計。どうやら早死にするタイプの様ですね」


 クロエは、ハ=ゴスに一切臆する事も無く、冷ややかに意趣返しの言葉を投げ返す。


『GEHIHIYY…イイダロウ贄ヨ。ソレ程、戯レヲ望ムナラ、軽ク遊戯ヲ興ジヨウ。

サァ、ドコカラ喰ワレタイ?』


 ハ=ゴスは、仰々しく両手を広げながら歩み出す。その禍々しい身体から、更に禍々しいオーラを放ち纏わりつかせる。

 対してクロエは、深く息を吸い込み気功法の呼吸。そして、腰に差した打刀の鞘を左手で、右手で柄を握り居合の構えを執る。すると、全身が蒼白く淡い光を放つ。


「「「!?」」」

「あの化け物もっすけど、カミズル少尉の身体からも何か出てないっすか…?」

「あれも、気功法の一種なのか? 」

「多分、あれオーラね。視覚化までできるなんて、アニメみたいね……」

「マジかよ。医術やべーな……」


 そして、ハ=ゴスがクロエの間合いに触れた刹那に激烈開戦。


 ガキキキーーーン!!!と、見守る兵士たちの耳をつんざく金属大衝撃音。

 一つでは無く、複数の剣戟が混じりぶつかり合った斬撃金属音。


 高音、高周波の多大な重複にて大気が超振動。床の血溜まりは幾重もの波紋が生じ波打ち、建物自体も小刻みに振動。

 刀と鉤爪の打ち弾き逸らし合い、その回数は6回。だが、超速が故に一つの音に聞こえたのだ。


『ホウ』

「ほう」


 絶対的に相容れない存在同士。それが互いに共感のハモリ。


『我ノ速度ニ、ツイテコレルトハ中々。ソレト、上々ノ物ヲ持ッテイルナ』


 クロエが持つ打刀は、日本刀では異様の黒刀。トライバル翼羽模様の刀身彫刻。

その模様が淡く光っている。日本であれば国宝級の逸品と並ぶ最上大業物 。

 銘は、備前長船びぜんおさふね 権天玄光けんてんくろみつ

 

「まさか‶面ノ太刀十二条、六ノ太刀〟まで無傷で防がれるとは、その速度に鉤爪の強度。これは驚きですね、まぁ、基本技でしたが、不本意ながら情報の修正を致しましょう」 

 

 ハ=ゴスの舐めプは勿論だが、対してクロエも絶望どころか真逆。少々見くびっていた様子。


「今の見えたっすか、鼻長とツッコミ曹…?」

「……全然ね。何が起きたかさっぱりね」

「見えるかボケ。って、なんだツッコミ曹って!?」


「おい、ブルース。彼女はいったい何者なんだ? SARCの中でも特質なのは分かるが、そんなもんじゃ済まされないだろう」

「俺もよく知らんよラーナー……確か、彼女の父親は剣道場師範でアメリカに移住したと聞いているが、元々は古流剣術流派の一派で‶カシマ〟何とかと言っていたな」


「‶鹿島新當流かしましんとうりゅう〟。しかし、それは父の代まで。私のものは、そこから新たな要素を取り入れた独自の流れ──」


 そうクロエは語りながら、再び始まる目にも止まらぬ凄まじき剣戟の嵐。


 鹿島新當流は、日本古流剣術と柔術を中心に、抜刀術、薙刀術、懐剣術、杖術、槍術、棒術なども行う総合武術『鹿島神流』を流祖とした‶鹿島の太刀〟の極意と称した流派。


 開祖は、かの剣聖【塚原卜伝高幹ぼくでんたかもと】。


 鹿島の太刀とは、鹿島神の太刀。嘗て悪神を鎮めた抜刀術「祓太刀はらえのたち

 その鹿島の神は、鹿島神宮の御祭神であり雷神、剣の神でもある其の御名は──。


建御雷神たけみかづち


 クロエは新當流、鹿島の太刀の極意を、現代において更に‶真意〟と昇華させ、独自流派を確立。新流派でもあり、原初建御雷神たけみかづちの「祓太刀」。

 使える者は唯一無二‶クロエ・デュマ・神水流〟のみ。


「──鹿島神妙流かしましんみょうりゅう


 今、正に悪神とも言えるハ=ゴスとの大祓いの戦い。


 通路幅、僅か約2.5mで繰り広げる神話然の攻防。人の視覚で動きを追うのは不可。その互いの姿は、出来の悪い静止画像の様に幾重にもブレている。

 唯々、大音響の金属音が鳴り響き、超速で振るわれた斬撃波が床や壁、天井を切り刻む。


『HIHAHAHAHA!!コレハ重畳、実ニ愉悦!改メヨウ、極上ノ贄ヨ!少々、手数ヲ増ヤスガ、見事抗エヨ!!』


 ハ=ゴスは、未だに舐めプの娯楽気分。これまで歪な不揃いの鉤爪斬撃のみであったが、そこに幾つもの超硬質触手にて剣や槍、槌の様に幾重もの斬撃、刺突撃、打撃を加えた。


「フッ、いつまで上から目線ですか。では、こちらも段階を上げ、基本‶面ノ太刀〟から‶中極意〟の使用に移行しましょう」


 舐めプはお互い様。本気になれば、この建物自体、嵐の渦中の藻屑となり果てよう。

 

 クロエは朧気ながらも、この世界の在り様を理解していた。 

 

 ──人のままでは生存は不可。

 

 残酷とも言えるが犠牲が出ようとも、後方にいる‶人間〟たちに、道を示さねばとの先ずのレクチャー。

 参考にもならないと思えるが、僅かでも進むべき指針を察してくれればとの想い。


「──中極意、七条ノ太刀 七か条。是非ともご堪能下さいませ。クソ蟲!!」

 



  ────△▼△▼△▼△▼△▼△▼────


 ここまで拝読ありがとうございます<m(__)m>


 ハ=ゴスのネーミングは、クトゥルフ神話風ですがオリジナルです。

タコスッポンタケの学名「クラスルス・アーチェリ」とクトゥルフ神話の神、タコ型頭部の「ハスター」。「ゴス」は古代エジプトの神オシリスの別名。これらを混ぜ合わせ、クトゥルフ神話風に短く省略した感じです。


 そして、クロエのリアル版イメージ画像はこちらです。

 https://kakuyomu.jp/users/mobheishix3/news/16817330666794703042



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