第129話 ただの手品ですよ



 いつ、何故なにゆえに築かれたかも知れぬオールドアメリカンな大地下街。


 建物の看板等の文字は英語。銀行やレストラン、ガソリンスタンド、BAR、映画館などが見えるが、いずれも当の昔に廃業。

 中心街大通りセンターストリートの様であるが、その前後の遠く先には切り立った岩壁。通り脇の数ブロック先には森林が見え、その先にも岩壁。上空には岩盤の小空。


 最長で約2kmほど。楕円形の地下大空間。まるでどこかの街を切り取り、この地下へと転送させたかの様だ。

 

 この街の住民と言えば、超重度の兇悪‶感染症〟。その放し飼い犬、ネコ、野良猛獣類を交えド変態メタモルフォーゼ。食料難にて大発狂からの大暴動。

 

 そんな生物災害バイオハザード被災地。完全隔離エリアに意図せず訪れてしまった『海兵隊ハウンド・ゴルフ』『フォースリーコン ウルフ1』『マリーンレイダース ディンゴ4』の三チーム混成部隊。


 これに已む無くの災害時救援活動。は断じて無理だが‶永久に〟絶対安静が必要と、鉛&銅製『5.56&7.62mm注射』にて緊急処置。食料と治療を求め、我先にと押し寄せる重篤感染患者たち。


 そこへ、幾つもの赤と緑のレーザー照準サイト照射光スペクトルが交差し、標的を定めていく。


⦅⦅⦅⦅BYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!⦆⦆⦆⦆


「うるせーよ! そうがっつくな。おいそこ横入りするな!並べ並べ!!」

「リロード!!クソっ!この分じゃ、弾がもたねーぞ!!マーロー中尉!!」

「この際仕方ない。支援物資に手を付けるしかないな!」

「俺がバックパックから支援用の弾倉を取り出すから、誰かフォローしてくれ!!」

「お前たちは、兵站部隊だったな。ダドリー、フォローしてやってくれ!」

「イエッサーね!ムズムズが堪らないね!」

「やめろや!」


 ゴルフチームリーダー「マーロー中尉」により、已む無く他部隊支援用に確保していた弾薬使用の許可を出す。その他部隊がここに参戦しているので問題無かろう。

 黒ブロッコリーは、即座にその海兵隊員の護衛に回り、黒ツッコミがその分のチーム支援フォロー。


 のほほんと、ふざけたキャラの黒ブロッコリーこと「ダドリー」であるが、マサイ戦士のルーツを持つだけあって高性能ハイスペック

 銃器では結構な重量『M240G(11.6㎏)』を軽々と小刻みに振り回し、視力8.0の高視野、高動体視力が故に、光学照準器スコープもレーザーも無しで高射撃力エイム

 危険ラインを瞬時に見定め、最小限の弾薬消費にて適格に急所へとぶち込み楔を打つ。この支援力の高さから、部隊防衛の要として絶対の信頼を得ていた。

 

 余談だが、トールの同期である黒ブロッコリーは、新兵訓練時パリスアイランドでの身体能力測定値も含めた総合評価は、トールに次いで2位の成績であった。

 

 海兵隊ハウンド・ゴルフチームは物資支援の兵站部隊。一応武装はしているが、支援用の弾薬類を大容量バックパックに詰め込んだ重装チームと、その護衛に身軽な攻撃チームに分担された分隊スクワッドチーム

 そのうちの6名を失い心許ない状況であったが、攻撃メインの精鋭2チームとの合流により、攻撃ラインに厚みと余裕が得られた模様。


 もう少々合流が遅れていれば、裏通りを回り込まれ、後方から攻め入れられていたところだが、その辺りも対応可能となり現在対処中。


 これまで、M字に近い『分隊横隊スクワッドライン』であったが、その左にディンゴ4、右側にウルフ1が三角形状に横並ぶ隊列が加わった。この戦闘隊形フォーメーションは『小隊横隊プラトーンライン』と言い、分隊横隊スクワッドライン、三角隊形の組み合わせである。

    

   ディンゴ4      ハウンド・ゴルフ      ウルフ1

      ●         ●     ●        ● 

   ●    ●     ●   ●  ●   ●    ●   ●

 ●      ○  ●       〇       ● 〇      ●


  即興編成だが、現在この配置(〇は分隊リーダー)。

 小隊横隊プラトーンライン完全版の人数は39名以上。左、中央、右の分隊が揃い、各担当装備状況が整っていれば、更に後方に配置される。


 海兵隊の一人がバックパックを下ろし、中から弾倉を取り出す間、7.62mm高火力分隊支援火器S A WM240G所持の黒ブロッコリーが、そのフォローに回ったところで。


 ガシャン!!ボッ!!


 と、瓶口からの布切れに火の付いた酒ボトル瓶が投げ込まれ、割れる音。同時に異形一体が燃え上がり、飛び火で近接の異形たちも炎上。更に次々とリピート音。


⦅⦅⦅PIGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!⦆⦆⦆


 炎に包まれ金切り絶叫。のたうち回る異形たち。


「「「!!!!!」」」

「‶モロトフカクテル〟か!!」


【モロトフカクテル】とは、ガラス製の瓶にガソリンや灯油、度数の高いアルコール類などの可燃性液体を入れた簡易焼夷弾の一種。いわゆる「火炎瓶」のことだ。



「いったい誰が……レイダーの──って、女!? 」


「おい‶クロエ〟……。お前、どこからそんな物を持ち込んだんだ?」

「え? そこのガスステーションガソリンスタンドとBARからですけど、ブルース大尉も使います?

けっこう楽しいですよ」


 唖然とするディンゴ4リーダー「ブルース大尉」の問いに、冷然とそう答えたのは「クロエ」と呼ばれる女性特殊部隊員。ACHヘルから覗かせる顔はアジア系と欧州系ハーフ。20代半ばのクール美形。階級章は金縁銀色の一本バー、少尉。


 そして、所属軍の印字が『U.S.Marine( 米海兵隊)』では無く『U.S.NAVY』。

つまり彼女の所属は‶海軍〟。それと、戦闘服肩口の部隊章ワッペンもアメリカ海兵隊特殊作戦コマンド『 U.S.MARSOC』では無く別の部隊章。それはさて置き。


「いつの間に──って、どこから取り出してんだ!?」

「え? ただのですよ。タネはです」


 クロエは、何も無い空間からモロトフを出現させ、次から次へ徐々に遠方へとポンポンスポポンと放り投げている。女性とは思えぬ強肩。メジャー級の投擲とうてき力。

 

「手品って……まぁ、これで弾薬節約にはなるが……」




⦅PIYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!⦆


 ドシャ……。


「「「「「…………」」」」」


「これで最後か…?」

「……そのようだな」

 

 異形の群、一部は逃走。向かってくる火だるま、最後の一体が金切り断末魔の叫びと共に絶命。目下の地獄絵図に一同絶句。

 程なく、海兵隊の一人の呟きにマーロー中尉がそう答えた。


 周囲は、むせ返るほどの腐った肉の焼けた異臭が充満。鼻ムズ病?の一部には非常に堪える状況。


「鼻ダドッコリー専任曹長、我慢っすよ。気持ちはムラムラするほど分かるっすよ」

「誰だよその名前は!わけ分からん理解力を示すな!」

「あまり鼻ほじを我慢すると、今度はとても、おならがいっぱい出るのね」

「何だよそのシステム!って、くさっ!こいつらの臭いに負けてねーじゃねーか!

何食ったら、んな臭いになんだよ!」

「へへへ、照れるね。ダフィは褒めるのがとても上手ね」

「褒めてねーよ!」

「さすがっすねー、お二人方! その根性は正に男塾っすね!」

「黙れ、ボケカスハゲカス!」


「お前ら、ここぞと見計らって小ネタを差し込むな」


 シリアスキラートリオは、ようやくの合間に渇望の想い小ネタを投じる。

 そして、この異世界転移で密かにツッコミMODスキル LV1が開花したギブス。

 

 その抜けた空気に、ようやく一息をつく一同。特に海兵隊ゴルフチームは、同チーム仲間の変容と捕食される悍ましき光景を目の当たりにし、この悪夢の狂波に真っ先に晒された。

 その兇悪な状況から強運にも抜け出せたのだ。その安堵感は地獄から救われた天上気分。九死に一生、恐怖からの解放による放心状態で自然と涙ぐむ。


「いや~助かったよ、ラーナー大尉とブルース大尉。部隊全滅も覚悟していたところだったが、応援助力に感謝する……」

「まぁ、募る想いもあると思うが、味方部隊を失わずに合流できたのは、こちら側も救われた想いだよ、マーロー」

「ああ、その通りだなラーナー。俺たちは、ここに来るまで幸運にも交戦は無かったが、この未知の状況下で‶気心の知れた友〟と海兵隊仲間と出会えたのは、千載一遇どころでは無いだろう」


 そう語りながら、ラーナーとブルースは互いの左拳でグータッチ。

 ブルースは30代前半ドイツ系の白人。彼らは、バルセロ中尉と共に士官学校時代からの同期であり友人。マーローも何度か作戦を共にした顔見知りであったのだ。


 その友人の一人バルセロは、この世界での前日にチーム共々キメラ化され、トールに葬られ魂送されたのは当然知る由も無い事。


「マーロー中尉、腕を負傷しているようですが、診せてもらえますか? 感染症を引き起こす可能性もありますので応急処置を致しますが」


 そう申し出たのはクロエだ。どうやら、彼女は海軍所属の衛生兵のようだ。マーローの左腕には負傷と出血が見られた。


「ああ、ありがとう。大丈夫、ただの掠り傷だ。落ち着いたら自分で処置するよ」

「……そうですか。余りご無理をなさらないように」


 今はそれどころでは無い状況と、マーローは有難く丁重にクロエの診療を断ったところで。


「とりあえずは各情報の共有だが、ここはまだ危険地帯。新手が来るやも知れない。

どこか安全な場所に移動しよう」

「ああ、そうだなラーナー大尉。──ハウンド・ゴルフ!安心するのはまだ早い!速やかに各装備のリセット後に移動を開始する!」

「聞いたな、ディンゴ4! 彼らの物資から弾薬を補充、その後に出発だ!」

「ウルフ1、ここは腕の見せ所だ! 俺たちは斥候偵察精鋭部隊フォースリーコン! その先導役ポイントマンを引き受けるぞ!」


「「「「イエッサー!!」」」」 


 彼らはトールらとは、二日遅れの転移時間軸。現在チュートリアル中、ヨチヨチ歩き始めたばかりの初心者ニュービープレイヤー。まずは情報集めからが基本だが、安全確保が最重要。水分補給しつつ、兵站物資から各チームの消費した分の弾薬等、各装備を整えリスタート。


「何だか鼻ムズが酷いね。これは──」

「やめろや。ここは真面目シリアスに徹しろよ」

「……ダドリー専任曹長、顔がガチっすね。何か──」


 黒ブロッコリーが、例の如くムズがり出したところで黒ツッコミが入るが、その表情は険しいもの。ジミーがそれに気づき、訝し気に尋ねようとするが、マーローが出発前の決起口上を宣う。


「準備はいいかハウンド・ゴルフ! 俺たちはウルフ1の先導に続くぞ! 未知の状況であるがこれ以上誰も犠牲を出すな!絶対に生き残るぞ!!」


 ブシャ!!


 言い切ったところで、マーローの頭部が弾け飛んだ。


「「「「「!!!!!!!!!」」」」」


 ブシュ!ズルズルズル……。


⦅PIYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!⦆


 マーローの消失した首元から踊り出る、ムカデの様な胴体。その先で悍ましく花開くカニ状の頭部。からの金切り絶叫咆哮ハウリング


 其れは透かさず、最も近場にいた海兵隊員の頭部に齧り付き、もぎ取った。

 更に3対の鉤爪状の脚が胴体を突き破り生え、呆然とする他2名を瞬時に斬殺。


「クソ!!中尉も‶アレ〟に寄生されていたのかよ!!」


 マーローは知らぬ間に‶何か〟に寄生されていた。その胎動が体内で着々と脈動し続け、ついに芽生え、即座の殺傷本能が産声を上げた。


「ヤバイヤバイヤバイ!!撃て撃て撃て死ぬ死ぬ死ぬ!!」


 ダダダダダダッダダダッダッダダダ!!!


「バカ!! そこで撃つな、 仲間に当たる!!」

「ぐあっ!!」

「バっ、バカヤロ……」


 仲間に後ろから羽交い絞めで止められたものの、錯乱した海兵隊員の発砲によって、異形マーローの後方、射線上にいた海兵隊員とレイダースの頭部を直撃し二名が即死。そしてリーコン隊、ギブスの右腕にも被弾。


⦅PYAAAAAA!!⦆


 そして、中途半端な攻撃でヘイトを買った海兵隊員は即標的認定ターゲットロックオン。伸びたカニ型頭部に首をもぎ取られ即死。無駄に犠牲が増えていく。


 仕留めようにも、位置的に同士撃ちの危険で誰も撃てない。これは不味い。  

 異形マーローは、ムカデ型の首をうねうねブンブン振り回し、次なる標的を求め動き回る。兵士たち各自も動き回り右往左往で、最適の射撃位置に就けない。

 近接戦C Q Cに持ち込もうにも、この相手には厳し過ぎる。


 これだけの兵士が揃って何も手が打てないとは、誰しも歯がゆさと忸怩じくじたる想いに駆られた。と、思いきや一人、果敢にも異形マーローに特攻を仕掛けた者が現れた。


「ジミー!?」


 異形マーローはジミーに気づき、幾多の各肢爪をわちゃわちゃ、首をぶん回す。

 ジミーは頭を低く、それを掻い潜り股下スライディング。その間際、上方に向けフルオート射撃。これなら同士撃ちの心配は無い。


「「「「おお!!」」」」


「ちっ、やっぱ正面から口内にぶち込まないと、ダメっすね──って、やっぱ次狙われるっすよね!!ヤバっ!」


 頭部から首に掛け一部破砕させたもの、致命傷には至らず仕留めそこなった。

 当然の事ながら、ジミーが次の標的にされた。


 シュン!


 と、一閃。僅かの間の後、儚くも首が切れ落ちた……。


「「「「!!!!!!!!」」」」」


 

 異形マーローの首が。


 ドシャ……。

 

 その背後で冷然と佇む者は──。



「クロエ!!‶そんな物〟を、いったいどこに隠し持ってたんだ…?」


 そのクロエの右手には、一振りの日本刀が握られていた。


「え? ただの‶手品〟ですよ。タネは当然‶企業秘密〟です」






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