第130話 てやんでぇバーロー


 

「クロエ!!‶そんな物〟を、いったいどこに隠し持ってたんだ…?」


 そのクロエの右手には、一振りの日本刀が握られていた。


「え? ただの‶手品〟ですよ。タネは当然‶企業秘密〟です」


 其の日本刀は『打刀うちがたな』。相当の業物の様だが、西洋の意匠も取り入れられた独特で異質な造り。打刀では長めで、刃長は二尺八寸(約85cm)。

 材質は玉鋼とは思えぬ蒼黒色。『大湾おおのたの目乱れ』と呼ばれる複雑な刃文。

 鎬地しのぎじ(峰側面部)には、トライバル翼羽柄の刀身彫刻。

 

 打刀は、室町時代後期より徒戦かちいくさ用に造られ、武士用で主流となった類の刀剣。

それ以前の主流「太刀」との違いは軽量で携行し易く、帯刀時は刃が上向き。

騎乗せずに徒歩での戦闘用。抜刀速度が向上し連続動作を可能にさせた合戦仕様。


 その打刀業物の中でも異彩を放つクロエが持つは、格付け『業物』『良業物』

『大業物』と4段階の最高位『最上大業物』。


「──備前長船 権天玄光びぜんおさふね けんてんくろみつ


 其の銘をかすかに呟くクロエ。


 何処で入手したのか。遺されたものはいずれも国宝級『古備前派』。その流れを受け継ぐ一派『長船派』。かの『正宗』もこの系譜に当たる。その刀工作であるのは確かであるが、日本史記述には無い最上逸品。

 

「えーっと、……クロエ・カミズル少尉っすね。助かりました、あざーっす!

ってか、その日本刀かっけーっすね!」


 ジミーがザっと知る情報では、彼女の正式名は『クロエ・デュマ・神水流かみずる』。

 日本人の父と、母はフランス系アメリカ人とのハーフとの事。


「礼には及びません、ジミーホッパー二等軍曹。あなたが上手く引き付けてくれましたからね。この剣を余り人目に触れさせたくは無かったのですが、それを渋った所為せいで避けられた犠牲を……」


 そう影を落とし答えながら、クロエは足元に転がる異形マーローのカニ型頭部を、おもむろに蒼黒刀、権天玄光でぶった斬る。


⦅KIREYYYYYYYYYY!!⦆


「「「なっ!!!」」」

「なんだ、それは……」


 横に真っ二つとなったカニ頭の下断面から、奇声を上げ這い出るキモワーム。

 体長約30cm、太さ5cm程。頭部には薄赤い舌の様なものが形状不揃いで7つ。

 背は根元は赤く白い多毛に覆われ、腹部は人肌色の蛇腹状。

 その姿は、深海生物ポンペイワームに似た宇宙生物を思わせる。


「……なるほど。背を覆う毛に見えるものはシナプスの様な筋繊維。これらを各神経細胞に接続させ、急速な突然変異ミューテーションを促し、シグナル伝達により宿主を支配コントロールしていた訳か……。どうやら、これがマーロー中尉を含め、異形生物の群、変異の元凶となった寄生生物の様ですね」

 

 グチャ!


「「「「…………」」」」


 その様相から瞬時に情報分析。その推察論を淡々と述べてから、冷然と踏み潰す。一同は何とも言えぬ表情で絶句。


「……さすがは‶SARCサーク〟と云うべきか。『最強の衛生兵』と称される部隊所属とあって、医術面だけではなく戦闘にも優れ、その手の知識にも通じていた様だが……色々とエグイな」


 クロエに畏怖を伴う感嘆の言葉を、苦笑を浮かべ呟くブルース大尉。


『特殊水陸両用偵察衛生兵 SARC 』は、アメリカ海軍に所属する特殊衛生兵。

 彼らは主にフォース・リーコンの支援のために海兵隊に派遣されていたが、高度な医療・戦闘技術を有するため、近年ではMARSOCレイダース、ネイビー・シールズ、グリーンベレーなど、アメリカ特殊作戦軍U S  S O C O Mのほぼ全てに派遣されている。


 通常、SARCは海兵隊の偵察小隊に均等に分散され、一つの小隊に一人が配置。

『最強の衛生兵』と呼ばれるだけあって、敵地で負傷した仲間の救出。重傷者の安定など、彼らは救急医療だけでなく、外科手術や歯科治療なども行う。

 

 SARCの訓練は非常に厳しく、合格率は低い。しかし、SARCになることは海軍の衛生兵にとって最高の栄誉であり、多くの挑戦者がその夢を追っている。


 その文武に秀でたスーパーエリート部隊に、クロエは所属していたのだ。


 更に彼女は、医療技術を学ぶ為に軍の許可を得て、単独で民間医療機関に赴き、脳外科や心臓疾患、腫瘍摘出、各臓器移植など高難度の外科手術に携わっていた。

 関わった専門医師らからの評価はいずれも──‶天才〟。


「現在見受けられる負傷者は、リーコン隊『ギブス曹長』のみですが、錯乱した海兵隊員の銃弾による貫通射創。この場に異形生物から直接、掻傷や咬傷を負った方は居られますか?」


 現在リーコン隊5名。レイダース4名。海兵隊4名の13名。

 これ以上仲間が変異しては堪ったもんじゃないと、クロエは周囲にそう伺いながら手際良く止血帯を用い、ギブスの右腕射創の応急処置。

 従来から用いられたモルヒネ注射ではなく、鎮痛成分フェンタニルを配合したトローチの使用にて痛みの緩和。

 更に『CWMP(Combat Wound Medication Pack)』と呼ばれる鎮痛剤、抗菌剤、止血剤の錠剤を服用し安静を保っている様子。


「……マーロー中尉が負った傷は、今戦った奴らの爪や咬み傷じゃない。

‶別の奴〟の別物の攻撃。最初に変異した仲間もそいつの攻撃によってさ」


 そう語ったのは、海兵隊員の一人だ。


「いったい、それは──」


「話は後にした方がいいね。鼻ムズがヤバイね。ここにまた、奴らの新手が向かってくるね」

「何だよその謎感知能力は!」 

「さすが、鼻ムズリー専任曹長!漢前に磨きが掛かった様っすねー!」

「うるせーハゲカス!」


 クロエの言葉を遮る黒ブロッコリーと黒ツッコミと太鼓持ち。


 これ以上ここに留まるのは危険と、珍妙な危機感知スキルが発動。異形との戦闘と危機的状況を経て、ここにNEWMODスキル取得に至ったのだ。

 それを実証するかの様に、遠くの方で奇妙な叫声が響いてきた。


「よく分からんが、ダドリーが言った通りか……。律儀にここで待つ必要は無いな。

とりあえず移動するぞ!!」


「「「「イエッサー!!」」」」




 同時刻、別の場所では──。


 そこは、ドゥルナス元拠点の地下要塞カストラ。その拠点内を飛ぶ、体長2m程の異形存在。

 薄桃色の甲殻類にして菌類生物。蝙蝠と蝶を合わせた翅。スズメバチに近い歪な胴体とサソリの尻尾。3対の鉤爪の付いた手肢。触手を束ねた渦巻状の楕円形頭部。


「ん~~~、ドゥルナスどころか一体のキメラもおらず、もぬけの殻でやんすね。

と言うか、戦闘や破壊の痕跡があちらこちらに残されているでやんすね……」


 其の存在は、不滅者イモータルにして大魔王オーバーロードヴェルハディス配下のミ=ゴ。


「ここは、元々はあっしら‶ユゴス人〟の中古物件。まだんでやんすかねぇ? 確か大昔に、地球との惑星間‶FTLドライブ〟の最中にトラブルで、ここ煉獄に飛ばされたとかでやんしたねぇ」


【FTL(Faster Than Light)ドライブ】超光速航法。所謂いわゆるワープ。

 ミ=ゴの元々の所以は別惑星『暗黒星ユゴス』。つまりは異星人エイリアン。そして、この地下拠点は、実はその彼ら種族の巨大宇宙船。


 それは、地球人類を遥かに超える高度な文明である事を如実に表していた。


「FTLドライブ、ワープフィールド展開は9枚が限界。ワープ係数でこの際の速度はwarp9Vベクター 。光速の約1516倍でやんす」


 ワープ速度単位Vベクターは、光速をc、ワープフィールドの枚数をnとする

『V = c × n10/3』で計算できる。

 ワープ係数は宇宙船が張り出すワープフィールドの枚数によって、その速度が10/3乗ずつ加速。因みに魔術による転移の速度はwarp2V。光速の約10倍。


 と、byミ=ゴ談。


「それを超える為の方法、トランスワープの一種『量子スリップストリーム』。

これは、デフレクター盤を用いて亜空間に激流を引き起こし、その流れに乗り滑走する方法でやんすが非常に不安定。その当時の発展途上技術からおそらく、そこで乱流が生じルートから外れ、この世界に放り込まれた様でやんすねぇ、べらんめぇ。」


 淡々と地球には無いワープ技術と考察をブツブツと論じるミ=ゴ。


「因みに現在は安定した亜空トンネルを形成し、可能最高速度はwarp9.99V。

光速の約7912倍。無限速度であるwarp10Vは、神の速度領域で無理でやんしたねぇ。──おっといけねぇでやんす。調査、調査でやんす。こんちくしょい」


 見た目と口調語尾はアレだが、高度な知能知識を持ち得ているのは確かである。


「ホムンクルス、キメラ精製関連のものは、ラボも培養カプセルも幼生体ごとまるっと焼き払われている様でやんすねぇ。これは、明らかにギュスターヴとは異なる、未知の敵対者による仕業……何者でやんすかねぇ、てやんでぇバーロー──ん?」


 その破壊の痕跡は各魔術の類。魔術の使えぬギュスターヴでは無いのは確か。

そして、あちらこちら見回していると、あるものが所々に落ちている事に気づいた。


「動物の毛?──これは狼種の体毛でやんすねぇ。どう言う事でやんすか? まさかたかだか犬如きに、ドゥルナス一派が殲滅されるとはあり得ないでやんす。絶界トラファルガーの方はどうなってるでやんすか? キメラの居住区は大体あちらでやんしたねぇ」


 絶界トラファルガー。昨日に、トールたちウルフ旅団とドゥルナス軍との大戦おおいくさが行われた決戦場。その後に、戦勝祝いの大宴会が開かれた地でもある。

 

 ミ=ゴはその上空を飛行し、目下の廃都市群とその周囲を見渡す。


「ここにも一匹もキメラがいないでやんす。他に特に変わった様子は……って、山脈の一角が消滅しクレーターが出来てるでやんすねぇバーロー」


 それは、邪神化したドゥルナスの超極大魔術による破壊の跡。すでにトールたちは引き払った後で、【聖天界域イノセントワールド】による聖域効果も消滅。大宴会会場もしっかりマナー清掃。戦場に僅かに残された死骸も、原生生物によって自然処理され痕跡は、その破壊の跡地のみ。


「分からんでやんす!!べらんめぇバーローめぇこんちくしょい!!あーもーとりあえずヴェルハディスの旦那に報告でやんすぅぅぅ!!」


 この絶界の広さは直線距離にして、月の直径サイズの約3470 km。

 捜索範囲が広すぎて、一々見回ってはいられないチックショーな広大さ。

 そもそも、いくら探そうとも徒労に終わる事は確実であろう。



 残った痕跡は毛のみであった、ミ=ゴにとってのミステリー存在たちはと言うと。


「あー、この景色も見飽きたな……」


 そこは生体組織かの様な悍ましき様相の、鍾乳洞と古き石造りの人工建造が融合したダンジョン。その通路を百を超える大レイドパーティの行軍。

 大宴会もそこそこに切り上げ睡眠休息をとり、早々に引き払った一行。


 のんびりグダグダしていたら、敗走したドゥルナスが新たに率いる強大勢力が攻め入る危惧を考慮しての一晩だけの早期撤収。そのドゥルナスは、ギュスターヴによって亡き者にされた事など、当然露知らずであった。

 すでに『裏返り現象リバースフェノメノン』による裏世界化も収まっていたので、その辺りも問題無く歩き進む一行。


「さすがに、キモイのにもいい加減慣れたわね……」

『あ、またなんか来たのーおとたまー』

『あ、はやっ。一瞬で終わったね……』


 ちょいちょい悪魔生物やら地獄昆蟲ゲヘナインセクターが襲いかかるが、が適当にあしらう。


「フン、他愛モ無イ。下級悪魔デハ訓練ニモナラヌ」

「「「デスナ!」」」


 下級悪魔10体ほどと会敵エンカウント。しかしゾイゼたち古代獣鬼エルダーオーガが一瞬で駆逐。

 自立型自動、完璧な防衛迎撃システムが、いつの間にやら確立していた様だ。


 地球原産、特異個体。『雷神』を始めとする数々の異名を持つ、妙ちくりんな存在が率いるは、多種多様な強者の面々。


 その構成は、団長トール、ハイエルフのリディ、神狼フェンリルカレンとトア。冥月狼マーナガルムの朔夜、冥狼ガルムの黒鉄と弥宵。大狼ダイアウルフ種、仔狼も含め72名。


 亜人種は、サウル筆頭『帝国小鬼インペリアルゴブリン』12名。

 ゲバルたち『古代醜鬼エルダーオーク』5名。

 ゾイゼたち『古代獣鬼エルダーオーガ』5名。

 魔獣種は『グリフォン』2体。『ヒッポグリフ』2体

剣歯白虎ホワイトサーベルタイガー』1体。

鎧甲熊アーマードベア』2体。

『アンドリューサルクス』2体。


 以上総勢103名。ウルフ旅団改め──。


 幻浪げんろう旅団。

 

 意味は、型に囚われず、水の流れの如く千変万化。幻影たる流浪の幻想軍勢。

 byトール命名談。


 最大7から8m程のグリフォンや鎧甲熊アーマードベア。5m級のアンドリューサルクスなどの魔獣種が通るには、狭過ぎる通路もあったが、魔術スキルによって小型化。

 部隊名を正に体現し、型にはまらずのエンジョイ行軍であった。


「で、地上まで後どれぐらいなんだ……」



 

 ────△▼△▼△▼△▼△▼△▼────


 ここまで拝読感謝御礼でございます<m(__)m>


 今回のワープ理論や係数等は、古くからの名作SF海外ドラマ『スタートレック』からの引用にアレンジを加えたものです。ワープ速度単位をVベクターとしたのは自己アレンジです。


 それと「備前長船 権天玄光びぜんおさふね けんてんくろみつ」は、備前シリーズに無いオリジナルです。





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