第121話 道化の魔王



「「「ドゥルナス!!── 遅っそ!!」」」

「「は?」」


 大分遅れ、決戦場トラファルガーにヒョコヒョコと姿を見せたドゥルナス。

 現れたのは、トールたち旅団が来た方向とは真逆。今は無き軍勢が布陣していた後方だ。その更に先には、朽ち果てた廃墟ビル群が見える。


 おそらく、管理者専用の【灰霧門ミストゲート】がそこにあるのだろう。


「あー、あのちんちくりんが……」

「形容しがたい人種の男……まさにね、朔夜」

『ええ……しかし、まさかあれが魔王であったとは……』

 

 その形容しがたい様相は、130cmほどの一般ゴブリンサイズ。

左腕2本、右腕1本の3本腕。小太り太鼓腹に細く短い足。右の額に角のような2つこぶ。上唇がめくれ裂け、潰れた豚鼻。眼は大きさも位置も異なる左右非対称 暗黒比率の歪顔。


「どがータイミングでーよるがのう、はぁ遅すぎじゃろーが」

「奴、支配下の軍勢はすでに壊滅状態。何らかの意図があるのか…?」

「仮ニモ奴ハ魔王。最大限ノ警戒ガ必要」


 仲間の最大の危機に颯爽、威風堂々とご登場【THEヒーロータイミング】とは大きくズレ、事が終わってから呑気に、クソタイミングでのクソ登場。

 その理由わけとは──。


「あいや~、何着っぺって服さ選んでだら、あったげすごく遅れだべっちゃあ。だげんともけれど、こいづは、かなりお洒落だべやなフヘホヒヒ」

 

 その装いの様相は、赤と紫の彩り派手な意匠、ジョーカーピエロ衣装仕様。

 儀装、軍装、どれにしようが結局は全装一緒 YOと、韻を踏みまくる。

 頭部にはツインテールのような、先にボンボンが付いた2本角が飾り付けされた帽子をちょこんと着用。訛り口調もだが、とにかく全てクセが強い。


『『『「「「……………」」」』』』

「このド阿呆の眷属だって、はイキってたのか……」

「救えない話ね……」

 

 6万の軍勢を支配していた魔王としての威厳も、神と崇める尊厳も一切皆無。

 余りにもふざけた物言いに一同は言葉を失う。すでに地面のシミだけとなったガリ夫の亡き跡を見つめ、そう呟くトールとリディ。


「魔王ドゥルナス!! 今頃のこのこと現れおって、 周りをよく見ろ!!」


「は? 誰やおめー? ガリ夫が拾ったオラさの兵隊でねーのがや? くづくちのきぎ方がなってねーなや。ったぐ、ガリ夫さどーいう教えがだ してんのや」

 

 視野が狭く、状況を理解していないドゥルナスに、サウルはさとそうとするもズレた答えが返る。この場に来た理由すらも忘却の彼方で彷徨っている様子。


「ふん、そのガリ夫とはのことか?」


 そう言いながらサウルは、トールがもぎ取ったガリ夫の腕をドゥルナスに見せつける。戦勝品がてらに取っておいたが、ドゥルナス支配と怨恨との決別。その意思表示として、もう要らぬとドゥルナスに投げつけ返す。


 その傷だらけながらも生き残ったことが勝利の証であり、これまでの戦いと散って逝った同胞たちの想いを、後世に語り継ぐことこそが何よりの戦勝品。


「なぬや!? こいづはガリ夫の腕だべっちゃ! なしてこうなったのやぁ? そう言えばヒゲ太が反乱起ごしたっつってだな……おめだづおめーたちもその仲間が?」


 ようやく事を思い出したようだが、時すでに遅し。

 偽装作戦の事も、その後のガチ反乱が起きた流れも、当然つゆ知らず。


「フッ、好きに思考の海でおぼれていろ。ガリ夫も含め、全てのホムンクルスは亡骸すら残っておらぬぞ。あれほど大量におったキメラも今は残りカス程度。民がおらぬのでは、王としてはもう成り立たぬであろう、ただのドゥルナスよ」


 万屍骸の海の中、未だにトールが使役したキメラとドゥルナス配下の残存が、僅かに小競り合いを続けているが、それも尽き果てようとしている。

 先ほどまでの荒れ狂う兇嵐の海原は静まり、儚くも緩やかに、夕凪の時を迎えようとしていた。


「うっせバーガ! 呼び捨てすんなやチンカス! ホムンクルスもキメラもまだ造ればいいべや! なんだべ、ガリ夫もばぁ弱えがったし、どいづもこいづも 使えねーなや。肥溜めクソ以下だべや」


 一切の情の欠片も感じさせぬ言いよう、全て単なる消耗品扱い。役に立たなければ捨ててしまえ。替えはいくらでも効く。

 物言わぬガリ夫の腕を踏みつけながら、ドゥルナスはそう罵り吐き捨てる。


『『『「「「……………」」」』』』


 自らで造り産みだした万の歪んだ生命。ドゥルナスは、その命たちの云わば母であり父。その命たちは云わばドゥルナスの子供たち。性分はどうあれ、ガリ夫はその最たる愛子まなごと同義と思われていた。

 

「ガリガリ・ガリ夫は……貴様の忠実な側近であり、右腕では無かったのか?」


「は? 何言ってっけ? オラの右腕なら、こごさ有っぺっちゃ。おめ、バガでねーのすか? 左腕なんか2本も有っつぉ! かっけーべや? フヘホヒヒヒ!」


『『『「「「……………」」」』』』


 悲願、渇望の果てに得た自由と勝利の美酒に、汚物をぶち込まれたかのような不愉快極まる巫山戯ふざけきったこの物言い。

 まさにこの親にしてこの子あり。ガリ夫は、ドゥルナスを最も間近で見てきたからこそ、その精神性を受け継ぎ、あのような悪辣な存在であったのは必然と言えよう。

 

 ガリ夫よりたちが悪いのが、行動も発言も悪意によるものではなく、これが純粋、素であることだ。


「こがー……げに本当に狂っちょるのう」

 

 ドゥルナスは、屍から歪な形で生まれ、累々たるの屍と汚物の中で歪に育ってきた。日の光を浴びることなく、嫌悪と憎悪が渦巻く仄暗い地下での生活。

 彼の歪んだ目に映るものはやはり歪み、全てが狂い捻じれていた。それが彼にとっての唯一の世界であり全て。


 ゆえに善悪の概念など皆無。無邪気にして邪気の塊。悪意無き悪意。

 負の想念そのものが具現化した生粋、純粋邪悪の存在。


「──んなごどより、そごのエルフ!」

「!?」


 ドゥルナスは、自ら築いた王国が崩壊しているにも拘らず、もう知った事かと放り捨て、リディを呼びかける。突然のことながらも嫌悪感満載の表情だ。


「おめー、あったげすごくめんこいべっちゃあ。オラの嫁っこさすっから、こっつぁこっち来い。こんなどごさ居でも何もねぇし、もうぇるぞー」


『『『「「「????????」」」』』』


「は?」 


 リディは勿論、一同当然のこの反応。少数にして6万超えの軍勢を壊滅させた面々を前に、場違い盲目ともとれる言葉。

 自らの力への揺るぎない自信から来る余裕なのか、単純に空気が読めないのか、お頭のネジが外れているのか。

 このキャラ仕様のせいで、その思考具合が皆目見当できずに困惑する一同。 


「は?でねーでば。おめ バガでねーのが? 今、デコ助が飯 作ってるどころだがら、とっとどこっつぁこっち来い。食ったあどは…フヘホヒヒ、十分楽しませでやっからよー」


「あ?」


 流石のリディも、この悪辣下衆っぷりに怒気オーラを放ち始めた。

 

 因みにドゥルナス世話係ホムンクルスのデコ助。反乱の知らせをドゥルナスへ報告後に晩餐の支度している最中。戦闘能力が低い為に給仕係に回されたようだ。


「なんだや、その反抗的な態度は? まぁそいづはあどで教育だなぁ。つが、そのワンコロだづ美味そうだな……明日の飯にすんべがや。んで、その次の日はそごのでけー鳥だづだな。はいまりー」


『『『『『グルグルグルグルグルグルグルグルグルグル』』』』』


 大狼たちにグリフォン、ヒッポグリフもこれには怒り心頭。体毛が逆立ち唸り声を上げ、怒気オーラをめらつかせる。次々と周囲にヘイト弾をばら撒くドゥルナス。


「どこまでも舐め腐りおって……貴様のその歪んだ目には何が見えている? このまま無事で帰れると思っているのか?」


「は? バガにすんなや、帰り道ぐれー分がるっつの。んなごとより、結婚式はどうすっぺがや? まぁいい、そいづはあどの話だ。ほれ、エルフ!とっとど行ぐぞー」

『『『「「「…………」」」』』』


「全く会話にならないわね……どうしてやろうかしら この珍妙生類……」


「あ? チンポコ ショー? どうするって? なんだべ そのイベントショーは、 おめースケベだなー。オラ、ワグワグしてきたぞぉフヘホヒヒ」

「………」


 容姿も視界も思考も全てが歪が故に、返す言葉も歪んでいる。会話が成立しない相手に何を言っても響かない。


 ガリ夫は、こんな互い違いな会話を日常としていたのだ。その苦労は計り知れず、当然この上なく鍛えられ、罵られ体性も極限まではぐくまれていたのだろう。

 今思えば、まともな対話ができたトールらとの舌戦を、高揚と歓喜していたのではとさえ思えてくる。


 論戦を得意とする者にとってドゥルナスは正に天敵。いくら正論を並べても邪論とクソ捩じられる。攻めているつもりが逆に疲弊消耗が積り、SAN値正気度が削られる。


 だが、そんな相手にも対応策はある。その不毛なやり取りをただ無言、冷然冷ややかに傍観していたトールが沈黙を破る。その答えは単純明快。


「あー、そんなバカ道化相手に、もー言葉は要らねーだろ。時間の無駄だ」


「Let's Roll !(おるぁやったれ 皆でボコれ!)」やるべきことは始めから決まっていたのだ。


「フッ、そうであったな勇者よ。戦に余計な問答は無粋。ただ一心に剣を振るうのみ!」

「まさか、あなたに悟されるとは、私としたことが恥ずべき事ね。死ねばいいのに」

「やかましい!」


「なぬやおめー、腹立づなー、バガにすんなや。つうがおめ、あのわーわー泣いでだ貧弱な地球人でねーのが? おめも泣がしてやっか? お?」


 バルセロたちリーコン隊の戦友と大狼とで、悍ましくも悲しき生命に変容させた

そもそもの元凶、マッドサイエンティストはこのドゥルナスであったのだ。

 ガリ夫抹殺で、払拭されたかに見えた憤怒が再び蒸し返されるが。


「あっそ。まぁ頑張れ」


 不毛な平行線を辿る対話は、もうお終いと言わんばかりに、トールはばっさりとドゥルナスの言葉を斬り捨てる。ズレようのない単純一言がこの手の輩には効果的。


「こんのバガクソがぁ! 舐めんなや!ぬっさてめーわっつらものすごく──」

「──刃旋風ウェルテクス


 ドゥルナスの周囲につむじ風が発生。その時間を掛け選別した、道化衣装が皮膚ごと切り刻まれ、鮮血が螺旋状に散り舞う。


「ぐぼぶるぐるがが!!あででででで!!」


 それはリディの風精霊魔術ヴェントスピルギアによるもの。絶対的な拒否姿勢を示すのと同時に、うんざりな物言い羅列を塞げればいいだけの下位術であったが予想外にも高効果。

 衣装はボロボロ、血まみれで地べたに転がりもがくドゥルナス。


『『『「「「弱っわ!!」」」』』』

「…… 使役配下依存、術者は脆弱パターンかしら? 魔王と語るには烏滸がましい、正に道化。よくもまぁ、汚らわしくも言い散らかしてくれたわね」

 

 拍子抜けもいいところの貧弱ぶり。見た目通りの道化ピエロ。何を今まで恐れていたのかと、反逆者たちは謀れた想いで、自分自身に憤りさえ覚え出す。


「おめーコラ、このエルフ! おめに見せっぺってキメだ、オラの自慢のお洒落着がボロボロだべだー!!旦那になんつうごどしてくれでんだぁああ!!」

「虫唾が走るわ……まだ、妄想を語れるようだけど、 その血まみれのボロ着の方がよくお似合いよ」


「上等だべや、いぎなしいきなりの夫婦喧嘩ってやづかぁ。フヘホヒヒ、いいべさ。こごは旦那の力ど、王様としでの威厳も示さねーどな──」


 これまでのお馬鹿、間抜けっぷりの雰囲気が一転。ドゥルナスのキモ目つきが変容、キモ鋭く細め赤く光り出す。その歪な全身から、禍々しくドス黒いヘドロのようなキモオーラを放ち周囲に広がる。


『『『「「「!!!!!!!!」」」』』』

『何たる重く悍ましいオーラ……これはミゼーア様から聞いた古代邪神が放つとされるオーラでは?』

『某も全くの同見解でござるよ 姉上……』

『これまでの彼奴きゃつの滑稽な振る舞いは、我々をあざむく為の道化芝居では? 姉上、兄上』

「くっ、やはり魔王。いいように我らの心情を揺さぶり弄んでいたのか」


「フヘホヒヒ、ビビれビビれ。んで、オラの忠実な下僕どして働げ。まずはワンコロだづからだな──■■■■■■!!」


 人には発することのできない、解読不可能な言語。そのことばの後、ドゥルナスのヘドロオーラが土石流のように押し寄せ、カレンとトアも含め、旅団大狼たち全てに纏わり絡み付いた。


『『『『ガルゥ!!!???』』』』


『なんなのこれー? キモいのー!』

『しかも、すごく臭いよこれー!!』

『何かの腐臭。それと今のは、おそらく古代邪神の言語による術式。これは不味い!気をしっかり保たれよカレン様、トア様!!』

「古代邪神の術式!? 忠実な下僕…つまりは古代禁忌の使役術式テイミングギア! これはいけないわ トール!! このままでは皆が!!」


 古代魔導書グリモワール【ナコト写本】に記述されていた禍々しい使役術式テイミングギア。それは、魂を縛り付け精神を破壊。忠実な下僕とするべく新たな洗脳プログラムを施す、禁忌とされた術式。


 ドゥルナスは、大狼たちを使役支配し、自らの駒に仕立て同士討ちを目論もくろむつもりだ。トールの作戦レッド オブ レッドを知らずとも、お返しとばかりにドゥルナスも行使する。

 これにはリディも大きく動揺し、唯一頼みの綱であるトールの名を一心に叫ぶ。


「あー落ち着けよ。んなクソヘドロ、大したことねーだろ──なぁお前ら!」


 その言葉に応じるかのように、トールの聖痕スティグマが一瞬輝く。

 同時に大狼たちのオーラが黄金色に輝き、纏わり憑くヘドロオーラを一切合切

弾き飛ばし消滅させた。


『『『「「「!!!!!!!!!!」」」』』』

「へ? どうなってんだべや…? このオラ【獣魔帝ベスティアロード】の術式が弾かれだべや……なぬさなにをした そごの地球人!」


「うっせ 知るかクソボケ。てめーのクソ道化パフォーマンスなんざ、誰にもウケねーってことだろ」


「フフ、忘れていたわ。この子たちは、あなたの洗礼ゴッドハンドを受け加護と恩恵ライオンハートに満たされていたわね。まがい物とは格が違うわ」

『そうでございましたね! 我らは団長の祝福を受けておりましたな。恐れるものは何も無し!』 

『おとたま クソかっけー!!』

『おとたま クソエグイのー!!』


「邪神の力を消滅させるとは、これも勇者の力か……凄まじきものであるな」


 聖導と邪導、使役テイミング対決では、一切寄せ付けぬ程の差を見せつけ邪導を一蹴。

 自称【獣魔帝ベスティアロード】と【獣神ライガー】とでは、天と地の格差。


「……わっつらものすごく頭さ来たべや。しゃあねーな、とっておきのオラの力を見せでやっぺがよ。おめだづ、もう終わりだべや」




 


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