第119話 気の妙用
‶天地の【気】に合する道〟合気道。
武としての「合気」とは、相手の‶気〟(攻撃の意思、間、力のベクトル)を先読みし、自らの‶気〟を合わせる技法やその原理。
「小よく大を制する」合気道は合理的な体の運用により、体格体力に関係なく、相手を制することを特徴としている。
その歴史を紐解けば、平安時代後期 甲斐源氏初代当主「源義光」が流祖。
長き年月を経て磨かれ、明治時代、大東流中興の祖「武田惣角」により世に広められた【大東流合気柔術】が源流とされている。
当時【天神真楊流】【柳生心眼流】等の柔術、剣術を学んでいた「植芝盛平」が「武田惣角」と出会い、その技に魅入られ入門し武術的開眼。
「人を殺すなかれが合気であり‶合〟は‶愛〟に通じえる」開祖の教えでは、従来の武としての「合気」とは異なり独自の理念に基づいている。
その本質は精神性を重視し、武術としながらも勝ち負け争うことを否定し、技を通して対立を解消。自然宇宙との和合、万有愛護の境地に通じる道を「合気道」と称した。
当然この場で問えるのは、トールはその教えに反し殺傷目的に使用している。
だが、相手は「対立」そのものとも云うべき抹消すべき厄災。
「愛しき命を守り、憂う魂たちを救え」その使命、その想いから、これまで実戦では封印していた【合気】を‶武〟として振るうことを決意した。
開祖の教えに斯くある極意【気の妙用】
【気の妙用】によって心身を統一し、合気の道を行ずる時、呼吸の微妙なる変化は、ここよりおのずから流れいで、
「ええ、その極意の境地。更にその先──‶究極〟とも言える領域まで彼は到達しているわね……」
「その極意の境地は、我々武人が生涯をかけて目指すべき
「それは──」
リディがサウルの問いに、その‶言葉〟を告げようとするも、静止していた場面が動き出し遮られた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
大気が震え大地が鳴動。地に上半身が突き刺さったままの、ガリ夫周囲の空間が歪む。トールは一早く後方に退避。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
大爆発。その爆風が周囲を薙ぎ払う。観戦者たちは、いずれも
その爆心地にて、色濃く禍々しい魔力瘴気オーラを纏ったガリ夫がジョジョ立つ。
荒れ狂う土煙舞う暴風の中、涼し気に自然体で佇むトール。
「少々認識を改めましょう。然も無いカス小虫から、駆除すべきカス害虫へと改定致しましょう!」
「ハハ、昇格ってわけか。そりゃどーも」
「──
ガリ夫の手が、細いフランベルジュのような二刀爪剣に変形。
三対六刀、背びれ剣が突き出し、戦闘形態に移行。
「さっきのやつか……んで?」
「破壊するだけだ!」
ダン!!と、ガリ夫は瞬時に間合いを詰め殺傷圏内。右爪剣を上段から振り下ろす真向斬り。その外側へトールは右半回転、紙一重で躱しながらガリ夫の腕をちょいと払う。
「な!?」
その軽い動きからはあり得ない。ガリ夫は高速前宙連続回転、地面に大尻餅からのバウンド、更に一回転。空中でバランスを取り戻したガリ夫は、即時に方向転換。
着地と同時にトールに突撃。左爪剣を真横に胴斬り。
振り切られる前、半身直立のまま、剣筋の死角であるガリ夫の内側に直線的に踏みこむ【入り身】。左肩をガリ夫の胸に当てる。
ドオオオン!!と、車に撥ね飛ばされたかのようにガリ夫は吹き飛ぶ。
「クっ!どういうことだぁっ!?」
地面に転がる前に後方宙返り。着地と同時にすぐさま再突進。右爪剣で刺突。
トールは左半回転で躱し入り身。それに合わせ、ガリ夫は下から左斬り上げ。
だが、すでに前方に差し出した右掌がガリ夫の首元に触れる。
ガリ夫は、仰け反る形で宙に浮き、その勢いのまま地面に──。
ドオオオオオオオオオオオン!!
と、クレーターを築き叩き伏せる。即時に追撃、頭部を強烈に踏む。
大地が轟音を響かせ震動、クレーターが更に拡大。これは八極拳の【震脚】。
ガリ夫は仰向けで横たわり、それを冷淡に見下ろすトール。
『『『『「「「……………」」」』』』』
「我々が束になっても敵わなかった、あの形態のガリ夫を……」
「あんなら、何をどがーしちょるか、さっぱり分からんけぇ……」
『しかも、最小限の動きにて……原理が分からぬでござる……』
『どちらかと言えば、ガリ夫自らが、跳び転がっているように見えるでござります』
合気道達人の業は、言葉では綴り難い。その動きに見合っていない業の効果から、真偽を疑う者も多い。今は亡き、嘗て154cmの小柄な体格にして「不世出の達人」「生ける伝説」と謳われた「塩田剛三」も若かりし頃、開祖の稽古中の業を初めて目にした時「インチキじゃないか」と疑っていた。
その身を以って体験せねば分からない。体験しても理解できぬ業。
関節に効かせる極め技、痛みにより、その方向に仕向けるのは初心者。
達すれば力は必要とせず、極まれば触れているだけで‶効く〟方向に導ける。
相手の心気を読み解き合わせ、心身を‶正しき形〟にし‶そう成る〟ように正しく導けば、おのずと‶そう現れる〟。それが合気の極意、達人たちの御業。
「けど、まだダメージは与えられてないようね…そうでもないかしら?」
「クク…クククク……ククハハハハハハハ!!」
ガリ夫は仰向けのまま嗤いだした。見る限り無傷であるが、その異様な様子にも冷ややかに見下ろすトール。
ドン!!と、ガリ夫は跳ね跳び、再び優雅にジョジョ立つ。
「これは重畳、愉快愉快! これほど無様を晒すとは初のことです。いいでしょう、戯れは終いです!」
ガリ夫を中心に強烈なプレッシャーが周囲に波紋のように広がる。禍々しいオーラが激しく迸り、火柱のように高く聳え立つ。
「──
全身が細い歪な鎧装甲に変形。更に、楔型の刃が連なった連結刃のような尻尾が伸び、
「ハハ、やべーやべー! こっちも試しは終わりにして
バン!!と、ガリ夫は地を爆ぜさせ、トールに向け対艦ミサイルのごとく発射。
二爪剣を合わせ前方に突き出し、高速ジャイロ回転で突撃。
「──
背びれ剣と連結尻尾刃も相まり、ドリル、プロペラ刃、連なる
流石にこれを素手で捌くことは不可能。仮に軌道を反らしたとしても、続くプロペラ刃と鞭のような連結刃の殺傷範囲に捉えられてしまう。
ここは大きく回避するしかないが、それがいつまで続くか元を絶たなければジリ貧状態に陥る。だがしかし──。
キンキンキン!!
甲高い金属音が三度鳴り響く。ガリ夫ドリル弾は、弾き逸らされ上空へと垂直に飛んでいく。数十メートル上昇したところで回転が止まり落下。
ヒーローモドキの着地をキメるも、左肩辺りから右脇腹にかけて斬り傷が見られ、僅かながら出血していた。
「雑種! 貴様、我が尊体に傷を!!何をした!?」
悠然と立つトールの右手には、いつの間にか鉤爪状のカランビットナイフが握られていた。
「見りゃ分かんだろ。ナイフで切っただけだ」
「いつそんな玩具を!? 我が金剛体が!? それ以前にあの刹那の合間に……」
多重複数眼の視界下でも理解不能。混沌とするガリ夫は大きく取り乱す。
それは‶手品〟と‶気の妙用〟の合わせ業。
何も無い空間からナイフが出現。種は明かせないが、地球にあるTHE
そのナイフを、オーラにて超硬質化。高速ドリルとプロペラ刃、連結刃をサードアイにて見切り合気。
カウンターでの相乗効果。僅かであるも傷を負わせることが、この刹那の間に行われていた。
「だが、貴様も似たような傷を負っているな」
鮮やかに躱しきったと思えたトールの上半身に、奇しくもガリ夫と全く同じ位置に斬り傷が見られ出血。
ガリ夫の身体が全て上空へ抜けきった際、尾の連結刃から発せられた四段目の斬撃波を躱しきれなかったからだ。
「ハハ、ここは痛み分けかよ。まぁ無傷で済まそうなど端から思ってねーから、別に構わねーよ」
そう言いながらも、すでに斬り傷が塞がり、人外治癒回復ぶりを見せる。
そして、何事も無かったかのように、ゆらゆらと歩き出した。
「………こやつは」
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!!
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!!
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!
ガリ夫の尾の連結刃が長く伸び、トールと向き合い縦横無尽に激しく振り回す。
トールは、カランビットナイフを逆手から流れるように、エンドグリップの輪に指を入れクルクルと回し、演舞のように華麗に【合気転換】で捌ききる。
ガリ夫は連結刃の速度を更に上げる。音速を超え斬撃性の
トールの意識は更なる深みへと沈み込み全集中。一切の力みは無く脱力状態。
全開眼サードアイ、イーグルアイがフル稼働。【気の妙用】オーラを纏った左掌にて【転換】。不可視の衝撃波も捉え、躱し逸らし捌いていく。
逸らされた衝撃波はトールの後方地面を次々と爆ぜさせた。
「モウ、視覚デハ追エヌ……何ガ起キテイル…?」
「あがー速さの闘争は、ワシは知らんけぇのう……」
「あの二つの存在は視認できるわよね? 見えないのは攻撃とその回避法。
まずは見える部分、僅かな挙動と所作。そこから可能な動きの予測案を立て各処理、統合。脳内にて明確な映像化とし感覚で捉えなさい」
「「「できるか!!」」」
視認による限界速度を超え、観戦者たちの知覚能力を試される場ともなってしまった。
「シィイイイイイイ……シィイイイイイイ……シィッ!!」
トールの独特の呼吸。これは大気を歯に当て、深く吸い深く吐き出す合気の呼吸。
更に古い気を吐き出し、新たな気を取り入れる中国武術の【吐納法】と、空手の【息吹】を織り交ぜた呼吸法。
合気呼吸は云わば調和を司る‶静の気〟。吐納法、息吹は力を司る‶動の気〟。「静と動」 相反しながらも相互し合う、宇宙万物の根源たる事象の概念。
全ては静から始まり、動へと移り変わる。そして静に還り、再び動が呼び起こされ繰り返し巡る。それは円環を形作り輪は和となり、やがて世界が生まれた。
──‶せい〟と‶どう〟。「静」は精神を整え、清浄極まれば聖と成す。
「動」はありとあらゆる力道を拓き、全て同調さすれば、天堂へと導かれる。
心身の「静動」が調和し「気韻生動」斯くして「正道」が切り拓かれる。
その極致は天上の理合い──。
【
一瞬だけ【
『『『『「「「!!!!!!!!」」」』』』』
「!? なんですかそれは?」
ガリ夫の攻撃が止まり、警戒し後方へと跳躍、一旦の距離を置く。
「あー、知るかよ 俺が聞きてーくれーだ。なんか試しにやったら、適当にできた感じなんだよ」
「この……ふざけおって……」
トールの軽口に憤慨するガリ夫であるが、至って真面目。
これまで泰然とした構えが、周囲からは余裕と見えていたが、ぶっちゃけギリギリ、死と連れション状態。
トールの最大の武器とも言えるのは、極限状況でもエンジョイ、超精神仕様。
合気道で求められるのは脱力。脳内
トールはその先、深いリラックス
これは、成すべくして成ったと言えよう。気の妙用にて吸収した【宇宙の妙精】の働きにより昇華した境地。
合気道開祖の教えにある「五体は宇宙の創造した凝体身魂で【宇宙の妙精】を吸収し、宇宙と一体になって人生行路を修している」
つまりは心身、幾重に流れる気の‶調和〟。これにて「静と動」は融合し円環と成り【聖導】へと至った。
『あの
『先ほどまでとは、全く別の類のオーラに……通常このような変化はありえぬでござる……』
『オーラはその存在の証明でござりまするから、団長の場合、存在そのものが変容したとしか……あの状態はいったい…?』
「
「ええ、‶武の真意〟よ」
オーディエンス達が、あーだこーだと語り散らかしている中──。
{{{{ONNGYOROURAAAAAAAA!!}}}}
この闘争に触発されたか、ガリ夫後方側、一部のキメラが混戦から離れ乱入。
いずれも5m以上が5体。肉食恐竜、魔獣、昆蟲などの合成体。
中には10m近いものもいる。
「いいところで来ましたね お前たち。あのカス虫を喰らいなさい」
──念のため、あれの戦闘能力を見ておきましょう。昨日の貧弱な地球人とは別種。おそらく上位存在。
{{{{DAHHUNDARARARAAAAAA!!}}}}
『『おとたまー!!』』
これは試合では無く、国際条約もルールも無い戦争。当然何でも有りだ。
ガリ夫だけでも厄介なところにキメラたちの増援。
ならばと助力するべく
「あー、大丈夫だ カレン、トア。 助けはいらねーよ」
キメラたちが接近する中、トールは至って平静。振り返らずに左手を上げ、双子をそう制止する。
「今の状態なら、あれができるか…? まぁ、ものは試しだ。
実戦の中、それも見合った相手にしか使えぬ業。
この境地で可能とする、初使用の
「 【
襲い掛かる先陣キメラ2体。6mと7mサイズの体躯。
それに対しトールは脱力、ゆらゆらふらふらと歩き向かう。
リヒャルト・ワーグナー
三曲目
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