第118話 ゴッドドッグ ファミリア


「──俺は勇者じゃねーよ ただの一般兵士だ」

 

 口調は軽いもの、そのオーラは超高密度で凝縮し放たれ、大気が震え出す。


「フッ、どこがただの兵士だ」


 サウルは苦笑し、そう異議を唱えていると古代獣鬼エルダーオーガゾイゼが、地に伏しているサウルを右腕で抱え起こす。

「動ケルカ? 少シ離レルゾ」と、そう言うゾイゼも右角と左腕を失っており、傷だらけの痛ましい姿。


「……すまない」と、礼を言い、共に足を引きずりながら、少し離れた位置で片膝をついている古代醜鬼エルダーオークゲバルの許に歩む。

 ゲバルも深手の傷を幾つも負っているもの、辛うじて致命傷だけは避けられたようだ。


 周囲の生存している者らも互いに身体を支えつつ、超越者の戦いに巻き込まれたらアカンと、距離を置く為に離れだした。

 僅かに生き残った魔獣らも離れた位置で伏せ状態。完全に闘技者グラディエーター観戦者オーディエンスが入れ替わった構図だ。


 そんな中、トールはハイドレーション用バックパックとボディアーマーを外す。

「もう邪魔だ」とその場に放り置き、上半身は軍用インナーでは無い、シンプルな黒のTシャツだけの装い。首元には米軍兵士識別用の認識票ドッグタグの鎖が見えている。


 ここまでトールは、ユニークスキル発動以外、部隊長兼司令として指揮と支援に徹し、主攻撃は頼りになる仲間精鋭たちにまるっと任せていた。

 要点での差し手を見誤らなければ、後は適材適所。各々の判断に委ねることが最適であり最善策。


 トールがこの作戦で当初から最重要ミッションとしていたのは、この大軍勢を相手にする最中さなかでの、要標的であるガリ夫との一騎討ち対決タイマン


 限りなく狭く細い道筋であったが、何とかこの状況に辿り着いた。予想外の横入りがあったものの、最終的にはこのミッションをクリア。しかも敵勢はほぼ壊滅状態。


 この僅か前に、圧倒的な無双劇を見せたガリ夫に対して、トールは意にも介せず泰然と歩き向かう。その姿を瞬きするのも忘れ、無言で見入る旅団の仲間たちと傷だらけの戦士たち。


「おい、気狂い雑種よ。何故に向かって来る? 力の差程は十分に見たはずだが、

未だ分からぬのか? 地球人……何とも愚かで自虐的な劣等種よ」


 ガリ夫は、3対背びれ剣とニ爪剣ガリ・ガリクソンを収め、戦闘モード解除。しばし沈黙し状況を観察、その行動理念を推察するも該当する答えは‶無知ゆえの愚かさ〟でしかない。そう哀れな存在との認識に至った。


らの方が、稚拙ながらもまだ理解力があったな。貴様にはその知性はおろか、危機回避本能すらも皆無。生物として致命的な単反応の些末な虫けら以下であったか」


 その言葉にピクリと眉が動き、相貌を細め歩みを止めるトール。


「昨日捕獲……素体。それって地球人…俺の仲間たちか?」


「仲間? フン、そんな下らん弱者意識など知らぬが、地球人と称した貴様と似たような見てくれであったな」

「…………」

 

 やはり、ガリ夫はバルセロ中尉らリーコン隊と直接関わっていた事が明らか。その末路は悲惨を極まり、大狼たちとの合成改造。悍ましき呪詛による不完全なキメラに変えらていた。

 その哀れなキメラも朔夜たちを救出する前の道中、聖痕スティグマの力を使い、その魂を鎮めたばかり。詳しい経緯は分からないが、碌な状況でなかった事は確か。

 

 沈黙するトールに、ガリ夫は更に雄弁と語り続ける。


「兵士と聞き、どれ程のものかと試しはしたが、全くお話になりません。銃と言ったか? 何やら一斉に豆粒を飛ばしてきたが、こそばゆい程度」

「…………」


魔力マナは一切無く、耐久度に於いては棒切れ程度の脆弱振り。微々たる力で触れたつもりが、あちらこちらの箇所が弾け飛び、小汚い血肉で汚れてしまい参りましたよ」

「…………」


「貧弱ながらも必死に抵抗していたようだが、軽く手足をもぎ取れば、無様に泣き喚き散らし、何たる滑稽。五月蠅いので舌を引き抜いたら、ようやく大人しくなりましたけどね ククク」


 ガキン!!


 戦友たちに齎されたその凄惨な光景を脳裏に浮かべ、トールは犬歯を金属音のように噛み鳴らす。


「この災厄害虫…どう苦しめて駆除しようかしら……」

 

 これまで冷淡、泰然自若を貫き通してきたリディも嘗て無い痛憤、激情の想いが沸き起こる。


「期待はしていなかったが折角せっかくですので、ドゥルナス様が試しにと合成改造なされましたが、魔力マナが皆無のせいか、悪臭を放つだけの全く使えない失敗作だったようで、やれやれでしたね」


『『『『『『グルグルグルグルグルグルグルグルグルグル……』』』』』』

『こやつ……魔王共々……許すまじ……』


 朔夜を始め、カレンとトア、大狼たちは体毛を逆立たせ憤怒極まり、怒気オーラを色濃く放ち、地に響く轟音のような唸声を一斉に上げる。


「くっ……そうであったか…我々と想いは同じか……」 

「こがー腐れは、げに真の外道悪魔じゃけぇのう……」

「コノ宿怨、オレノ手デ晴ラシタカッタガ……」 


 亜人戦士たちも自分らの境遇と重ね、複雑な想いが絡まり合っていた。今はただこの一人の男に全てを託すしかない。その力は未知数。果たしてこの強大な悪魔的な存在に対抗できるのか、不安と疑念が脳裏によぎる。


「おやおや皆さん、どう致しましたか? これはリサイクルもままならない、日常的な家庭ゴミ処理の話。そんな感動話でも何でもありませんよ。ククククク──」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


「ハハハ!!」


 極めつけの物言いに大狼たちは怒り心頭、爆発寸前。その激しい怒気の濁流が渦巻く中、トールは嘲り笑う。


『『『『「「「!!!!!!!」」」』』』』


「……雑種よ、何故に嗤うか 本格的な気狂いか? 」  


 これには反乱勢、仲間たちも困惑の反応を見せ一時怒りが鎮まる。

 それは「落ち着け」との意であり、見事に功を奏した。それと──。


「あー、オーケイ 必要な情報は得られた。全てしたよ」


 トールは、血肉色に染まった上空を仰ぎ見ながらそう呟く。そして、相貌に獰猛な光を灯し、その光軌跡の帯が妖しく流れ、再びガリ夫に向け歩み出した。


「理解? 真逆であろう。天とゴミ粒の差も分からぬ哀れな粗雑思考。言葉で理解できぬのならば、その身で知ら占めなければいけませんね」


 ガリ夫は、一向に悠揚迫らざる姿勢を崩さず、両腕を広げジョジョ立ち、ウザウザと吐き散らす。


「さて、どこからいましめましょうか。まずは眼からか、それとも手足。指を一本ずつ引き抜き、皮を剥ぐのものもいいですね。その油舌は後にとっておきましょう、赦しを乞うのに必要ですからね──あの地球人たちと同様に」


 ガキン!!


 打ち鳴らされる獰猛な鋭牙。炉心溶融メルトダウン寸前、臨界超過の原子炉に火種を投げ捨てるかのようなガリ夫のキメ言葉。

 トールの脳内では、緊急E炉心C冷却C装置Sがフル稼働状態。余計な放射性物質ヘイトオーラ排気放出ベントし排除。


 次元レベルで絶対的に相反する二つのベクトル。その制空圏領域同士が重なる。


「──ほら」


 一触即暴発『混ぜるな超危険!』領域内の中、トールはおもむろにゆるりとガリ夫に右腕を差し出す。


「む?……どう言うつもりだ雑種よ」


「てめーこそどうした? 戒めてくれんだろ?」


『『『『「「「!!!???」」」』』』』

『『『団長殿!?』』』

「いったい何を!? 血迷ったか勇者よ!!」


「だ、そうだ雑種よ。子虫が勇者とうそぶき語るとは片腹痛い。すでに教えを悟った仔羊たちは、その気狂いに気づき、ほとほと呆れ果てているようだぞ」


「あー、グダってんじゃねーよ、日和ひよってんのか? その偉大なる神の眷属御方おんかた様の手間を省いて献上してやるってんだから、有難く頂戴しろよ腐れハゲ」


 その行動と相反して、畏れ敬うつつましさも、畏怖の欠片も一切無いトールの物言いに混迷するガリ夫を含めた一同。

 

「……まぁ、いいでしょう。その言い回しも態度も稚拙種族特有の仕様。抵抗しようとも全て無意味。一から教えを──」

「ハハ、ビビってんのか? 腐れ眷属クソ御方様ともあろう者がよー。ありがてー御託云々ごたくうんぬんの能書きはもーいいから、とっとと素直にサクっとやれや便所蟲」


 トールは、トン、と小馬鹿にでもするかのように、ガリ夫の胸に差し出した拳を軽く当てる。


「この子虫が、我が崇高なる尊体に触れるとは……」


 一切、攻撃の意図を感じぬ然も無い行動。ガリ夫は虚を衝かれ、身体に触れさせてしまったことに憤慨反応を見せる。

 

「穢れた許すまじき冒涜的な行為!」と、その手首をもぎ取るべくトールの右前腕部を掴む。まずは潰して骨をへし折ろうと、プレス機の如き高圧力がトールの腕に圧しかかる。


「!?」


 その一瞬の間、ガリ夫の多重複数の全視界が全て上下反転した。


 ──どういう事だ? 何故に雑種は逆さになっている? 何故に地面が上にある?

何故に空が下にある? 踏み抜く足場が無い。無感覚。地が。回避不可──


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 大地が鳴動するほどの衝撃と轟音。地面がクレーターのように陥没。ガリ夫はその中央で逆さまに突き刺さり、下半身だけしか見えぬ状態。トールはその滑稽な姿を傍で冷然、冷ややかに見下ろす。


『『『『「「「!!!!!!!!!!!!」」」』』』』


「はっ!? どがーなっちょるんじゃあ!?」

「ガリ夫、自分カラ回ッテ…? ワケガ分カラナイ……」

「どれほどの攻撃も、誰も触れることさえ叶わなかったガリ夫に……勇者よ、いったい何をした?」

 

『兄上、団長は今、何をされたでござりまするか!?』

『不明。某も全く理解できぬでござる……』


「いきなり面白い事をするわね。フフ、犬神家のな絵面のようね」


 理解が及ばない不可解現象に混迷する観戦者オーディエンスの中、リディだけは某ミステリー金字塔作品の有名シーンを思い浮かべつつ、即理解していた。


 ギュルルルルル──ドオオオオオオン!!


 地に突き刺さったガリ夫は、急激に高速ドリル逆回転。上半身を拘束していた土砂を爆ぜさせながら宙に脱出。トールとの一旦の距離を置き着地する。

 隕石衝突さながらの衝撃であったもの、首をカキコキ鳴らし、ダメージどころか傷一つ負わず。だが、心緒の方は穏やかでは無い様子。


「雑種よ、この尊き御体が汚れてしまったではないか! 何をした!?」


「あ? 汚物が何言ってんだ? てめーで考えろ」


 そう言い捨てながら、トールは逸る様子もなくガリ夫に向かって歩き進み、置いた距離を縮めていく。


「ふん、脆弱にして、その鈍間のろまさ故の奇術。無防備に腕を差し出したのも、奇をてらうその一環か。一度限りの決死技が、然程も効果が無いとは哀れ極まるなククク……」


 ──不意を衝かれ多少の驚きはあったが、一発勝負の博打のような奇手など二度と使えぬであろう。動きも緩慢、少々の速度で容易く翻弄できる。劣る箇所が一欠けらも見られず、何ら脅威は感じられない。


 そうガリ夫は楽観視分析。考えるべきは調理方法のみ。と悠然とトールに向け歩き出し再び制空圏がぶつかる。


 今度は掴まず、肩口から左腕を切り落とそうとガリ夫は、右腕を真上に掲げ、一気に手刀を高速で振るう。その刹那にトールは、左掌にて軽くその軌道を逸らすと。


 ──!? 何故に雑種は逆さの状態なのだ!? 地表が落ちて来る!? 

くっ、またこれか!!


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


『『『『「「「!!!!?????」」」』』』』


「フフフ、これは迷宮入りのミステリー事件ね。犬神家の続編かしら?」


 既視感ほやほやのデジャヴ。再び、地面にクレーターを築きながら逆さに突き刺さるガリ夫。観戦者たちは全く理解不能、愕然とし絶句する。

 

「おっと」

 

 危機感知にて、トールはひょいと後方に軽く跳躍。するとガリ夫を中心に地面が盛大に爆ぜ飛ぶ。土煙が周囲を覆い、その中から赤黒いオーラを纏ったガリ夫が現れ出る。


 ガリ夫にとって、トールとの対峙は戦闘と呼べる類のものではなく、あくまで余興の公開処刑のつもりであった。

 小アリ一匹を相手に大層な武器を持ちだす者はいない。ちょいと指で摘んで潰すだけで容易く駆除できるであろう。

 そんな感覚の為、一切戦闘態勢は執らず平時状態。直ぐに殺してしまってはつまらんと、細心の注意を払いながらの精密作業。


 だが、その小アリに不可解にも二度も派手に転がされ、土砂を大量に口にねじ込まれてしまった。これは少々力仕事が必要であると、作業工程を修正し改めるガリ夫。

 

「雑種め。例えともあり得ない。もう奇跡は決して起きぬぞ!」


 タン!!と地を蹴り、瞬速にて一気に移動。トールの上半身を切り裂くべく腕をクロス状にし、超速手刀──X 紅斬り。

 トールはそれに合わせ、掌を柔らかに瞬時に腕をクロス状。激しくぶつかり合うかのように見えたが。


 ──またか!! 何故だ!?


 言い放ってから即、天地がひっくり返る。ガリ夫のアンビリバボーな奇跡体験。

 

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

『『『『「「「!!!!!!!???????」」」』』』』


「フフフフフ、犬神家のシーズン3かしら…フフフ…これはヤバイわね」


 二度起きたことなら三度目も起こり得るだろう。天丼ネタかのような最早ギャグと言える展開だが、当の本人たちは至って真面目。周囲の反応もガチそのもの。

 そのシュールさも相まり、プラス笑ってはいけない要素も加わり、リディは身体を震わせ笑いのツボにドハマり、アウト―の様子。


『……リディ殿は団長が何をされておられるか、理解しているようでございますね?』


「フフ、ええまぁ、大体の予測はついているわ。あれは地球に在る‶体術〟よ」


「ほう、体術とな エルフの姫君。 それは興味深い!」

「丁度ええ、ワシらもそがー話、聞きよう思うちょったんじゃけぇ」

「オレモ 聞キタイゾ」


 傷だらけながらも、サウル、ゲバル、ゾイゼの亜人三戦士が旅団陣営の許に、情報共有の為接触してきた。


「それはまぁ、いいけど……私も少し齧ったぐらいだから、大した話は説明できないわよ」

「それで構わん。あの勇者が使う秘術の正体を是非とも知りたい!」

『其の御仁と同意でござるリディ殿。それで団長の御業、その体術とは如何なるものでござるか?』


 何も知らぬよりは遥かに上等であろう。復讐云々はさて置き、武人としての本能が一欠片でも知り得れば本望。と、サウルらは元より忍狼ガルム黒鉄も同調を示す。

 朔夜を始め、弥宵にカレン、トア、他の大狼、仔狼、グリフォン、ヒッポグリフまで興味津々の様子だ。


「あれは‶天地の【気】に合する道〟を意する【気の妙用】せん 最奥の御業みわざ


 日本人に限らず、武術の知識が多少なりともある者なら、誰しも知り得るだろう。その歴史ある和の古道武術は──。


「──合気道」


『『『「「「アイキドウ!?」」」』』』


「ええ、その極意の境地。更にその先──‶究極〟とも言える領域まで彼は到達しているわね……」


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