第83話 煉獄城


 それは、まさに世界の終焉を思わせる光景であった。


 そこは、険峻けんしゅんな山々が幾つも連なり、濃密で不浄なる瘴気に覆われた不毛の山岳地帯であり火山地帯。


 幾つかの火山火口から色濃く立ち昇る噴煙には、纏わりつく蔦のように無数の火山雷がほとばしり、吹き出した溶岩流は幾つもの河川を築いている。

 流れ着いた先には、灼熱煮えたぎるマグマが、水平線ならぬ焔平線の遥か彼方まで広がる凶夢の絶景。見渡す限りの獄焔大海原。

 

 上空には、深緋こきあけ色に染まった積乱雲や歪な畝雲うねぐもが、臓物のように禍々しく空を埋め尽くして垂れ下がり、おびだたしい数の稲光が龍のように駆け巡り荒ぶっている。


 山間いのふもとには、強烈な臭気漂う猛毒の沼が至る所に点在。生える草木は歪にうねった獰猛な肉食系植物。当然その生存競争は苛烈極まり、兇悪で屈強強靭、厄災レベルが大小多種多様。


 混沌の坩堝るつぼが激しく渦巻くこの『煉獄世界』──。


 この地は、限りなく『地獄世界』に近しく、焦熱、猛毒、瘴気が満ち溢れる中、息づく兇暴極まる煉獄仕様の生態系。それらが喰らい喰らわれ跳梁跋扈ちょうりょうばっこする悪夢の楽園世界パラダイス


 そんな熾烈悪極まる環境の中、一つの峻岳しゅんがくの上部に、幾つもの尖塔が高く聳えるゴシック建築様式の巨大な城郭じょうかく。山の内部から上部に這い出て一体化したかのように築城されていた。

 その城郭の天守閣は、イタリアミラノのドゥオーモ大聖堂を思わせる圧巻の威容。

 だが、その様相は非常に禍々しく、城郭から山全体に無数に枝分かれした毛細血管のようなものが、妖しく赤々爛々らんらんと脈動している。

 

 12世紀後半からフランスで花開いたゴシック建築は、北欧州を中心に教会建築様式として大聖堂建築などで多用されており、非常に繊細で壮大、荘厳な造りとなっている。


 しかし、それは神聖さとは程遠い真逆そのもの。巨大で冒涜的なその異様は、まさに地獄の万魔殿パンデモニウム

 

 この決して目覚める事無き夢魘むえん世界を統べ、睥睨へいげいするかの如く峻岳玉座に鎮座する煉獄プルガトーリウム万魔殿パンデモニウム。誰が築き誰が名付けたのか。その呼び名は──。


 

 ──煉獄城 トゥヌクダルス。


 

 その城内、大聖堂ならぬ大魔堂と呼ぶべき謁見の間。幾つもの円柱を束ねた巨木のような柱が数十本並び、数十メートルはある高さの天井部は尖塔アーチ型の梁が連なり、遥か奥まで伸びている。

 その最奥に重々しく佇む禍々しい玉座。それは、夥しい数の人種と獣の骨で造られた異形の玉座。その玉座からは、骨炭鉄黒色、蛇腹状の生体パイプが木の根のように幾つも生え伸び、床下内部へと繋がっている。


 更に、その玉座の背もたれ、肘掛け、座面から幾つもの生体パイプが触手のように伸び、玉座上に浮遊するに接続されていた。床から緋色の光粒子がパイプを通じて、そのへと流れ込んでいる。

 

 それは、歪で醜悪な赤褐色の球体。牛の胃袋内壁のような蜂の巣状のものを主体に、腸を巻いて各内蔵器官などの臓物が一体化したような‶まゆ玉〟。

 その質感は、有機体のようであり金属的な無機質。言うなれば生体金属質の繭。 

 

 更にその前面中央には、壮年代の人らしき顔が剥き出していた。その眼が開かぬよう瞼が糸で縫われており、一層凶気と異質さが彩られている。


 その異形の繭には、明らかな意思が感じられた。その意思は何かを感じ取ったのか、中央の顔の口元が開き呟き始める。


「……ふむ。さすがに女王には容易く。……その仔らは……アニマ抽出が完了しようだな。これで2体の‶不死の魔神狼イモータル・フェンリル〟を得られたか。……うむ。女王の捕縛にはそれらを使ってみるのも一興。うむうむ悪くないな」


 その存在は、そう愉快気に語り、他の状況を視覚情報では無い何等かの感知によって探り出す。


「……ほう。あの箱庭にふるいに掛けられ、選別された者が捕獲されたか。地球人だと思い侮っていたが、中にはが紛れ込んでいたようだな。……二人か。仮にあの部屋を出られたとしても、あの領域は悪魔たちのねぐらだ。如何に力を持っていようと高々地球人レベル。陣を施したあの箱庭から逃れる事は不可能。これは重畳、改良が必要だがいい駒ができそうだ」


 どうやら、この存在がカレンとトアの生命力を奪い、自らの力とすべくこの煉獄の地へと招き入れた主犯の輩のようだ。

 トールとリディがあのエリアに転移されたのも、この存在が施した術式選別プログラムによるもの。

 それと、幸いにも双子の死の直前と双子に施されていた術式陣を、トールが消滅させたタイミングが紙一重だった為に、悟られずに済んだようだ。


 そして、この存在の誤算は、確実に捕らえたと思っていた‶二人の兵士〟。

 一人は地球人の枠組みから大きく外れた‶規格外の存在〟。もう一人は地球人ですら無く、未だその秘めたる力が明らかになっていない‶ハイエルフ〟であった事を、この異形の存在は知り得ていなかったのだ。


「あのの制御には実に骨が折れるな。他の兵士たちが各ファームに放牧される時間軸に齟齬そごが生じてしまったようだ。まぁそれも想定内。まず今回はテスト段階だ。安定したシステムが確立されれば後はライン作業」


 そう言いながら、これまで楽し気に語っていたその存在は、一転して表情が憎悪に満ちたものへと豹変する。


「……この【ショゴス・ロード シャイニーの兇眼】が封じられたのは、かなりの痛手だな。魔導書ネクロノミコン接続リンクできぬ上に、あらゆる知覚も能力も制限されてしまって明晰な情報統制が執れぬ……。全く持って忌々しい父よ……大賢者…いや、‶賢者王ヘルメス〟め」

 

 そうへと、憎悪の業火にその身を焦がしていたところ、玉座の前に何処からともなく黒橡くろつるばみ色の瘴気が集束し、狼獣らしき頭部を形作る、黒いもやのようなものが、ゆらゆらと立ち現れた。


「ティンダロスの猟犬……‶ルルハリル〟か」


『──我が君‶マスティマ・ヴェルハディス〟よ。その『ウボ=サスラの揺り籠』の居心地は如何ですかな?大分、力を取り戻しておるのが見受けられるが』


「うむ……。食と性と眠りの欲求を同時に堪能できるのだから実に有意義、実に悦楽。だが、まだ半分も満たされておらず乳飲み子の気分よ。この生命力集積装置エネルギーパーク……‶揺り籠〟とは言い得て妙の名付けよな」


『ククク。満悦されておられるなら重畳。まだまだ低次知性体のアニマ収集に勤しむ必要はありそうですな』


 明確な姿が、その濃く纏った靄で見えぬ朧気な存在『ルルハリル』は、無数の瘴気の触手を蠢かせながら、主と仰ぐこの歪な存在『マスティマ・ヴェルハディス』との毎度のこのやり取りを、謁見儀礼のように執り行っている。


「うむ、まだまだ足りぬな。我本来の力をすには、穢れ無き純然たる知性体の生命、魂の【アニマ素粒子】……我が糧となる家畜が大量に必要であるからな。嘗ては、私も輪廻の流れに抵抗する事もままならぬ、重力に支配された有象無象のその家畜の一匹であったとは、思い出すだけで反吐へどが出るわな」


「しかし、今はその放牧された餌どもを、外からつまんで喰らう超常たる存在プネウマ。しかも、我ら‶外なる所以の者〟を使役し、貴方様の父、賢者王ですら辿り着けなんだ‶大いなる門前〟に立つ存在。その先へとは最早時間の問題。何の憂いも無かろうと思われますが」


「ふむ。唯一の障害はこの眼の封印のみ。しかし、アニマが完全に満たされれば自力で打ち破ろうぞ。……それでの世界『ヒュペルボリア』での状況はどうなっている? ルルハリルよ」


『ええまぁ、首尾は上々と言ったところですかな。現在『旧神の鍵』を用いて『混沌門カオスゲート』を開き、少量ずつですが目立たぬよう活きの良い人種や亜人種、獣などをこの煉獄の農場ファームに招き入れております。少々ざわついておる冒険者ギルドも見受けられますが、想定内の範囲かと』

「……なるほど、あい分かった。こちらでもアニマの供給具合から、順調であると感じておる。引き続き収穫に励んでくれ」


『御意なり。では、またの良き御謁見を。いずれ赴く銀の鍵の門『窮極の門』を越えた先へと、導かれる事を切に願いつつ……』


 そう語りながらルルハリルは、現れた時とは逆に瘴気の粒子へと霧散し、何処かへと消え去った。


 これは、次元の狭間に住まう【ティンダロスの猟犬】腹心でもある『ルルハリル』との定期連絡。パスが繋がれば、自由に異界との行き来ができる彼の役目は、リディや双子らのいた世界ヒュペルボリアから、『生命力アニマ』をこの煉獄世界の術式プログラムが施された屠畜農場ファームへと導く事。


「……おっと、ルルハリルに伝えそこなったな……2体の‶不死の魔神狼イモータルフェンリル〟を外なる因子を植え付け【ティンダロス】に‶魔進化〟させろとな……まぁいい。それは女王を得てからでも十分であろう」


 新たなアイディアも閃き、現時点ではその計画に揺らぎは無い。順風の海路を満帆で進行かと想描くヴェルハディス。


 しかし、その帆に僅かならの綻びが生じ、進路が微かにズレている事に、この時点では露知らぬようであった。





 その頃、エンジョイ勢プレイヤーズはと言うと、バチクソヤバな輩が経営する屠畜とちく農場内で……。


 その良からぬ輩の画策した想像では、家畜が恐怖に慄き、必死と生にしがみつき、無様に泣き叫んでいる状況を楽し気に目に浮かんでいたはず。

 このエリアも、偶々見つけた堅牢な建造物で、誰も入れぬ厳重な隔離施設として、カレンとトアの幽閉目的の有効利用。


 それが、盤石と思えた監獄は功を奏さず、全く様相が別物の大想定外。その家畜と侮っていた者らが、好き放題で遊んで食って飲んで歌って爆睡。悠々豪遊リゾート満喫とは、夢にも思わなかったであろう状況。



「……あーなんだこれ? どうなってんだ? 何で全員同じベットで寝てんだよ! しかも、カレンとトア、お前らいつの間にモフモフモードになってんだよ!?

つか、頭を甘噛むなよカレン!」


 トール寝起き一発目のまずのツッコミのコンボ。二人ずつに分かれ寝ていたはずが、いつの間にかカレンとトアは衣類を全脱ぎ。神狼フェンリル姿で、トールを挟み込むように超熟睡。リディは右端、トールとの間に寝ているモフモフトアを幸せそうに抱き、カレンは左端でトールの頭部を甘噛みながら寝ていた。


『ん~~……おとたまうるさ~い。まだ眠~いの~はむはむ……』

『……ん~、おとたまうざ~い。なににツッコミ入れてるの~?ボクまだ眠いから静かにしてよ……』

「……ん…何?うるさいわね。発作かしら…? 死ねばいいのに」

「あーおまえら言いたい放題だが、寝すぎだよ。10時間も寝ちまってるじゃねーか。寝坊だ寝坊!ハイハイ起きて起きてー!!」


 昨晩、就寝時間が手元の時計で22時。現在の時刻は午前8時を回っている。双子は勿論、トールとリディはアフガン調査の為に、まともな睡眠を連日取っていなかった事もあり、がっつりと爆睡してしまった。


 それから、各自あーだこーだ言いながら朝の所用を済ませ、1階調理場でトールとリディで朝食作り。メニューはシンプルな和食。焼きサバ、インスタントあさりの味噌汁、ご飯、パック漬物、レンチンオムレツ。


 その後は、各自出発の準備。武器弾薬のチェック、リディは未戦闘だったのでフルの状態だが、一般作戦同様で銃に30発とマガジン4本の計150発。

 トールは昨日の戦闘で200発以上消費。現在、5.56mm弾が約90発。ハンドガン、コルト用.45ACP弾が、こちらはフルで計49発。

 戦闘服上着はボロボロの為、クローゼットにあった黒のTシャツのみ。その上にボディアーマーと背にハイドレーションキャリアの装いで、新たに補充した水3リットルが入っている。




「よーし! お前ら出陣準備はいいかー? 忘れ物は無いかー?」


『『あ~~~い!!おとたまサッサッサー!!アイ~ン!!』』

「それフェンリルモードでやるのかよ!! もー完全に言葉で言ってるし、敬礼感は1mmも無ぇーよ!!」

「フフフ、楽しそうね。とりあえず食料と水の心配はしなくていいわよ。


「あーったく、ズリぃなその【亜空間収納アイテムボックス】ってのは……どうりで装備が少ねーと思ったわけだよ」

「あなたも覚えておいた方がいいわよ。魔力量で容量は左右されるけど、空間魔術の初期で覚えられるものだから……ああ、空間魔術自体、高等魔術式だけど、そもそもあなたは‶別系統の力〟で、魔力は無かったわね。無理だわ」

「だったら言うなよ!もーええわ! とりあえず外に出るぞー。みんな気合い入れとけよー」


『『あ~~~い!おとたまサッサッサー!アイ~ン!』』

「やかましい!」


「フフフ『オラ、わーくわくすっぞぉ』ってところね」


「うっせ! ほら、とっととキリキリ歩け!」

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