第82話 幻想演奏会


「「「「ごちそうさまでした~~~~~!!」」」」


 トール、リディ、カレン、トアの一同は、BBQを十二分に満喫した後、一応しっかりと後片付けに取り掛かった。これは当たり前のマナーだ。


 ゴミの始末に食器類や器具は、1階調理場でリディが洗い、元の場所へと戻す。

 トールは近場の洗い場で、ドラム缶型グリルコンロをゴムホースによる水とたわしを使い、頑固な焦げ付き油汚れをガシガシせっせと洗浄。

 カレンとトアは、東屋の主に使用したテーブル周りの掃き掃除に、テーブルの拭き掃除をキャッキャとエンジョイクリーン作業に勤しんでいる。



「おーっし!テーブルも綺麗に拭いたなー!アルコール消毒もオーケイか!?」

「イエッサッサー!おとたまー!ちっかりしっちり致ちまちちちたー!!」

「イエサッサー!おとたまーサッサー!ここここコケー!コッここの恩恵は、しょ、生涯忘れれないれしょう!しぇいしん誠意を込めて清めらりりあらすてぃら」


「あー分かったから、無理に妙な軍人キャラを演じるなー。言えてなさ過ぎだろ」

「「アイ!イエッササーッサー!!」」

「まだやるのかよ!それと、敬礼の手の位置は眉尻辺りだ。顎下じゃねーぞー。

それだと、アイ~ンだろが。肘をつき出すな、顎をしゃくれさすな!って、まんまじゃねーか!」


「フフフ、もうすっかり父親みたくなってるわね。子供たちに良くない影響を受けなければいいけど……」

「やかましい!」


 そして、後片付けを終え、宴もたけなわ。一行は宿泊部屋に戻る事にした。

 宿泊と言っても勝手に入り込んで、勝手に居座り、遊具で遊びまくって、勝手に食料を漁って食ったり飲んだりやりたい放題。


 まぁ、他に誰もおらず、咎めらる事もなく完全セルフサービス。完全自己責任。

 本来であれば、悪魔たちがうろつく穴倉を、泥水を啜り飢えをしのぎ、警戒MAXで寝床を探していた状況のはずだ。

 それが、渡りに船どころか渡りに豪華客船。至れり尽くせりの贅沢クルーズ。

サバイバル感は全くの皆無。文字通りの天国と地獄のこの格差。

 

 それから部屋に戻ると、散々遊びまくったりーのBBQなどでーのと、汗や煙の匂いを落とす為に再び風呂に浸かる。一日の疲労も含め、全て洗い流してスッキリ爽快。ソファーでくつろぎ豪遊気分でご満悦。

 

 それと、各自寛ぎながら飲んでいるのは、子供たちはお口すっきり爽やかレモネード。トールとリディはアイスカフェ。その銘柄は最高級、パナマのコトワ農園産『ブルーハ ゲイシャ ナチュラル』。160g日本円で9000円もする代物だ。


「はぁ~~~。楽しかったー!お風呂も気持ちいいし、お肉もすごくおいちかったー!!大まんぞく~~~!!」

「あのジェラートってのも、すごくおいしかったねー!あんなの初めて食べたよー!」

「ハハハ!そりゃ良かった!シャトーブリアンとかは、俺も初めて食ったからなー。あれは、マジクソうまかった」


「フフフ、私もジャパニーズビーフのA5ランクのものは初めてね。あれは、まさに極上の極みと言ったところかしら。究極のメニューに入れたいわね。美食倶楽部内でも、味皇料理会同様に、口からドラゴンのように極大ブレス砲を放ってるわよ」

「ああ、海原氏も味皇もかなり食いまくってるだろーよ……。だが、あんな美味んぼで、味っ子なもんを食っちまったら、舌が贅沢になってしまうな……。今後、まともなもんが食えるかどうかも分からねーし、あれは封印だな」


「「ええ~~~~~~~~!!」」

「え~とか言わない!もしかしたら、あれより美味い未知の食材、生き物とかが外界にいるかもしれねーし、そっちの方がおもしれーだろ?」

「ん~~~、そうだねー!そっちの方がたのしーかも!」

「今日食べたものも初めてだけど、ボク、もっともっと、おとたまたちといっしょに色んなとこに行って、色んなものを食べてみたい!」

「ハハハ、だなー!それが冒険ってもんだよ!」

「「ぼうけん!ぼうけん!ぼうけん!」」


「あら? グルメハンターに転職するつもりかしら? それなら、トリコならぬ

『美食屋トルコ』に改名したらどう?」

「やかましい! その呼び名だと、トルコ料理の店だよ!」


 そんな語らいをしつつリディは、何かに目に留まりソファーを立ち、リビング内のとある許へと向かった。


「お? リディ、ピアノを弾くのかー?」

「ええ、久しぶりだけど、せっかくここにあることだし、何か弾いてみようかしら」

「なになに?リディ、それなんなのー?」

「ぴあ…の?それってなに?リディー!」


「フフフ、これは楽器よ。そう言えばあちらの世界では、こんなものは無かったわね」


 そう言いながらリディは、グランドピアノの鍵盤蓋を開け、調律具合を確かめる。問題無いようなので、これまたお高そうなヴィンテージものの木製椅子に腰かける。


『スタインウェイ&サンズ』グランドピアノ。その最高級フラッグシップモデル。

大コンサート仕様『D-274』。そのお値段は2500万円オーバー。


「就寝前だし、穏やかな曲調のものでいいかしら? まぁ、ここは有名どころの曲がいいわね」

「あー、任せるよ。今は、派手なやつより落ち着ける曲の方がいいしな」

「オーライ。じゃあ、あの曲を披露するわね」

 

 リディは一旦目を閉じ、深呼吸をして精神を全集中。さすがは美麗で名だたるハイエルフ。その佇まいは優美にして厳か。神秘的で幻想的な空気が周囲を満たしていく。

 その長い睫毛がゆらぎ、朧気にまぶたが開く。ゆるりとしなやかな両手を鍵盤の上に労わるように重ねる。


 ──♭♭♭ ♪~♬~♩~♫♬~♪~……。


 穏やかな歩くぐらいの速さアンダンテの旋律線。甘美に装飾された音色が、リビング内を優しく包み込み優雅に漂う。


「「わぁぁぁぁぁ……」」


「ショパンの夜想曲ノクターン2番か……。これはいいな……」


『フレデリック・ショパン』の代表曲でもある『夜想曲ノクターン』は、全21曲。20歳から晩年に至るまで創作された、歴史に遺るクラシック曲の殿堂入りの名盤曲である。

 特に、この『第2番 変ホ長調 op.9-2』は最も有名な曲だ。一般的に『ショパンのノクターン』と言えばこの曲を指すことが多い。

 

 これまで、ワーキャー騒いでいた神狼フェンリル双子も、初めて聞くこの美しい旋律に目を閉じ、四つ耳にて静かに夢心地気分を堪能している。


 

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!


「「わ~~~~~~~すごくいい~~~~!!」」

「すげーじゃねーかリディ!マジで良かったぞ! おま、ピアニストに転職してもイケんじゃねーのか?」


「フフフ、お褒め頂き光栄ね。……と、いうわけでトール。あなたも一曲披露しなさいよね。ギター弾けるんでしょ?」

「は!?」


 リディはそう言いながら、こっそり何処かで見つけ、クローゼットに隠していたアコースティックギターを取り出してきた。


「うお!? それ『マーティンのナンバー45』じゃねーか!どっこから拾ってきたんだ!?そんな逸品!」


 その逸品は『Martin D45AJ』。アコースティックギタートップブランド、アメリカ『マーティン社』の最高峰。原点にして至高の逸品『D-45』は、最高の素材と技術で作られた証のナンバーモデル。日本円で百うん十万円はする代物だ。

 他のDシリーズとのパっと見の見分け方として、ギターヘッド、ネックやホール、ボディの縁の装飾が豪華になっているのが外見特徴。

 

「フフフ、しかも、ヴィンテージモデルのようね。ほら、手に取ってよくごらんなさい」


「は? それってまさか……トップのこのきめ細かい木目……アディロンダック・スプルース材…サイドとバックは、この鮮やかな木質感はハカランダ。指板のポジションマークがヘキサゴンインレイ。間違いねー……『プリ・ウォー』モデルか! マジかよ……」


『マーティンD-45』の『戦前プリ・ウォー モデル』は、1933年から1942年の大戦中、戦時下の物資制限で生産中止になるまで、91台だけ作られた、非常に希少価値が高い伝説級レジェンダリーモデルである。

 再生産され、現在のモデルは使用される木材が変わり、トップにジャーマンスプルース材、サイド&バックはインディアン・ローズウッド製になっている。


 因みに『プリ・ウォー』モデルのお値段は年毎に上がり、2021年の時点で

約5000万円。


「これ、持って帰りてーな……」

「何? これから背中にギターを背負って戦うつもりなのかしら? それでズバッと参上、ズバっと解決とか? それとも人造人間のジローさんの方かしら?」

「やかましい!いつの時代のジャパニーズ特撮ヒーローだよ! とりあえず、お前もピアノで混ざれよ」

「フフフ、デュオセッションね。オーケイ、楽しそうだわ。 それで、曲の方は何にするの?」


「あ~~、ビートルズとかいけるか? ヘイ・ジュードとかどうだ?」

「フフ、いいわね。オーケイよ!」


「「わ~~~~!おとたま、がんばってー!」」


 双子らの拍手と歓声を受けつつ、トールはD45プリ・ウォーのチューニング。

リディも指のストレッチをして準備オーケイとなった。

  

 地球育ちの現人神と、異世界からの迷い森人ハイエルフの王女。超希少アコースティックギターと最高級コンサート仕様ピアノ。この二種だけで、総お値段は7500万円以上。

 観客は神狼フェンリルの獣人子供たち。次元を越えた絶対に他ではお目に掛かれない、このスイートルームでのみ、唯一のセッションコンサートライブ。



「──Hay ju~~de」


「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」

「な!? これは……まさかの美声ね……」


 演奏だけのセッションと思いきや、まさかの弾き語り。トールは喉に位置する第5チャクラ『ヴィシュッダ』&聖痕スティグマによる、空間浄化効果も備わったスキル【聖天煌声かなりいい感じのやつ】を発動。

 そして、第4チャクラ『アナハタ』手の器用スキル【超絶技巧めっちゃよう動くやん】を発動。

 これにより、マーティンD45プリ・ウォーのきらびやかな音色に、更なる眩いばかりの神聖な音質の光沢が彩られた。


 更に、極限に至るまでに極めた格闘技により身につけた、精巧なリズム感と『気』を読み解く付加作用により備わった『絶対音感』が、抜群の歌唱力を生み出す。


「やるわね。ならばこちらも……術式起動、ソースコード、ローレライ……」


 そこにリディは、何やらな魔術式【妖精歌姫すげーいい感じのやつ】を発動。トールの歌に、壮麗な歌声で絶妙なハモりを重ねる。

 高級スイートルームに、ビートルズの名曲ナンバー。最高級ギター&ピアノ演奏の醇美じゅんび典麗てんれいな音色と、極上のスイートハーモニーにより、雅やかで壮美に装飾される。


「よーし、次はロック狂詩曲でキメるかー!リディ、QUEENはイケるか!?」

「ええっと、ボヘミアン・ラプソディーでいいのかしら? フフ、いいわね。オーケイよ」


 二人は妙なスイッチが入り、今度は異なる曲調で構成された壮大なロック狂詩曲の名曲。トールはチャクラ、聖痕スティグマの神聖力。リディは魔術式を使い、煌びやかに壮大と響き渡る。

 デュオとは思えぬ幾重にも折り重なったその音色は、まるで管弦楽オーケストラによる協奏曲コンツェルト。その調べが部屋外遥かに、球体状に広がった。


 これにより意図せず、このリゾート居住エリア一帯が強大な聖域と化した。

 不浄なるものは、近づく事すらできぬセーフティゾーンが、がっつり構築されたのだ。


 そして、カレンとトアに目を向ければ、うつらうつらとしたヘッドバンキング。

これはロックのノリではなく、かなりお眠な状態。

 思えば、九死の生還から一転、風呂に入りリフレッシュ。散々遊び、はしゃぎまくり、美味い食事の後に極めつけ、このメロディアスな空間。


 その姿に、トールとリディはアイコンタクトで相づち頷き、双子を完全に眠らす締めのラリホー曲を選別。歌無し、インストゥルメンタルでおだやかな曲を弾き始める。

 リディは、ここで気を利かせてアレンジ。低音が響くベース和音は使わず、軽く優しいリード音のみの伴奏で演出。

 それに合わせて、トールは歌の部分を緩やかに優しくアルペジオで奏でていく。


 エルビス・プレスリーの名盤「Can't Help Falling In Love」……。


 そうして、実に幸福感に満ちた表情で、完全に眠りに落ちた子供たちを確認したところで、急遽開催された幻想演奏会は、静かに閉幕を迎える。


 がっつり爆睡に落ちた双子を、トールとリディは優しく抱えて寝室に運び、ベットにそっと寝かす。さすがに、二人も昨日からの大波乱で睡魔が狂暴にがなり立てる。


「な、ななな何!? あなた、わわ私と同じベットで、いい一緒にね、ねねね寝る気!?」

「あー、うっせ。ガキたちが起きるだろ。ベットが2つしか無ーんだから2・2は当然だろ。お前も、とっとと寝腐れハゲ」


 と、トールは言いながら秒で眠りに就き、速攻で寝息を立てている。

 顔を紅潮させていたリディも、そんな姿に何を想像していたのか馬鹿らしくなり、やれやれと已む無くトールとの同衾を決め、照明を消し眠りに就き始めた。


 


 その頃、この居住エリア上。侵入を目論み、地中を掘り進めていた別種の下級悪魔の一団。


『ムムーっ!? アツ!アツ!アツぅ!!アカンアカン!』

『クソクソクソー!ダメでござる!何故にこんな所に天使の結界が!?』

『ハイハイハイハイ、みなさ~ん!ここは無理ゲー!撤収!撤収!お開き、お開きー!!』



 そうして、何事も無く穏やかな朝を迎える現人神あらひとがみ、ハイエルフ王女、神狼双子の四柱であったそうなぁ。めでたしめでたしぃぃ。


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