第80話 恥を知れ!


「お──っし!寝る場所ゲットーっ!!この部屋に決めたぜ!」


『『イエアアアアアアアアアアアアアアア!!』』



 おそらく最高級、どこぞの王室御用達かと思われるバロック調の装飾まみれの部屋もあったのだが、絢爛けんらん過ぎて目がしんどいと言う事で、各自の意見を出し合って選んだのは、モダンで優雅な造りの高級感溢れるスイートルームだ。


 窓は無いものの落ち着ける雰囲気だ。入ってすぐ、30畳ほどはある広いリビングには高級ソファーが並び、大型のTVモニターも備えられている。


 右手側の方には、荘厳な佇まいのグランドピアノ。世界中のコンサートでも使用される「スタンインウェイ&サンズ社」製のものが部屋の付属家具として、贅沢にもさり気なく置かれている。因みに、数千万円は下らないであろう逸品のものだ。

 その奥には8席のダイニングテーブルに、その傍には簡易的なキッチン、2ドアタイプの冷蔵庫にレンジまで完備。


「中々いいわねぇ。お高そうなピアノまで置いてあるわ」

「お前、ピアノとか弾けんのかよ?」

「ええ、まぁ少しね。リュートとかの撥弦楽器はつげんがっきの方が得意なんだけど、多少はピアノも弾けるわ」

「マジか、すげーな! 俺もギターだったらちっとはイケんだけどなー」


『キャハハハハ!!クッソひろぉぉぉぉい!!』

『ワオォ!!イエス!イエス!イエス!ファッキンクレイジー!!クソすごいよ!

おとたまー!!』

「おい…お前ら、言い方……」

「……完全にあなたの悪い影響を受けているわね。もう少し、言葉使いに気を付けた方がいいんじゃない? 死ねばいいのに」

「やかましい!てめーこそ気を付けろよ!」


 左手側の奥の扉を開ければベットルームとなっている。クイーンサイズの高級ベットが二つ並び、壁は木目調。キャビネット類の上やベット頭部側、棚状なっている箇所には、幾つもの洒落たオブジェで飾られている。

 

「トイレも無駄に広いな…シャワートイレ付きなのはいいけど……一応ちゃんと流せるようだな」

「こっちはバスルームね。それも、大理石でジェットバス付きのバスタブだわ。

……ん!お湯もしっかりと出るようね」

「おおーマジか!入れとけ入れとけ!さすがに汗とか血で、クソ気持ち悪りぃわな。とりあえず、風呂が先だ!」


『わぁ~~~~!!アフロ入りたぁい!!』

『アフロ!アフロ!アフロ!アフロ!』

「うっせ! アフロじゃねーよ。 騒ぐな甘噛むな少し待っとけ!…てか、お前ら、風呂入る時は人の姿になっておけよー。毛だらけになるからなー」


『『は~~~~い!おとたまー!!』』


「フフフ。素直でいい子たちね」


 

 それから、待つこと数十分後に湯舟に湯が溜まる。双子らは人化して真っ裸まっぱ状態。いざ極楽浄土へ!と言うところだが。


「リディもいっしょに入ろうよー!」

「え?わ、わわ、私は後でいいわ!あなたたち少し臭うから先に入りなさい!」

「ええ~!皆でいっしょに入った方が楽しいのにー!」

「い、いいい、いいから!早く連れていきなさいトール!しっかり洗ってあげなさいよ!」

「あー分かってるっつうの。お前も入ればいいのに、何恥ずかしがってんだよハゲ」

「な、なな何を言っているのあなたまでっ!っとっとと行きなさい!!ハゲは余計よ!」


 純粋な一同の誘いを顔を真っ赤に染めて、全力拒否姿勢のリディ。

 この下心が全く見えぬ、聖人然とした精神境地のトール。リディとしては、非常に複雑な心境であった事は言うまでもなかろう。



「泡!泡!泡!ウォッシュ!ウォッシュ!ウォぉおおおお!目に入ったのー!

すごくちみるのー!」

「あーもー、何で目ぇ開けてんだよカレン!言わんこっちゃない!はいはい、シャワーで洗い流すから……ほら、これでどうだ?」

「…う、うん、もう平気なの!おとたまー!」

「おねぇたま、ダメだよ!目に入ると痛くなるっておとうぉおおおおお!!

目に入ったーっ!! 痛いよ! しみるぅぅぅ!!」

「だー!トアもかよ!なんのかぶせネタだ!ったく、はいはいシャワーシャワー」


 二人をバスチェアに並び座らせ、同時に片手ずつを使ってわしゃわしゃと、髪を洗って上げていたところのこのやり取り。

 予想通り、双子はシャンプーを使うのは初体験。当然、髪はかなりごわついて傷んでおり、しっかりと2度洗い&トリートメントを使い、潤いと艶が施される。


 続いて、スポンジにたっぷりとボディシャンプーを沁み込ませて、尻尾も含めて、身体をしっかりと洗ってあげる。

 これまでの入浴は、ほとんどが川での水遊び程度。一応冬などは温泉などにも浸かったことがあるようだが、大分溜まった皮脂垢を綺麗に洗い流し落とす。


 今は人型であるが、元の世界ではほとんど狼の姿。水を浴びた獣であれば、当然アノ条件反射の反応。


 ブルルルルルルルルルルルルルルル!!


「いやいや、人化の姿でそれ意味あるのかよ…?」

「「ん~?」」


「あー…何でもない…よーし、バスタブに浸かってよし!GO!」


「「やったぁ~~~~~~~!!ヒ──ハ──っ!!」」


 GOサインと同時にカレンとトアは、勢いよく湯舟に飛び込む。これでようやくトールも自分の身体を洗える。

 悪魔たちとの戦闘で負った傷は、すでに塞がりあざになっている程度。

自動回復リジェネの更なる向上が窺える。


「なにこれー!?なんかジョバーって、すごい勢いで出てるー!!」

「あーそれジェットバスだな。その気泡噴流のマッサージ効果によって、血行促進に温浴効果に美肌効果…って分かるか?」

「うん!つまりは魔法のことだね!!」


「…あーまぁ、そんなところだ…」


 因みに、このバスタブの気泡噴流システムを『ジャグジー』と呼ばれることが多いが、この呼び名はアメリカ「Jacuzzi社」の登録商標である。それ以外の噴流式泡風呂は『ジェットバス』もしくは『ワールプールバス』と呼ばれる。


「おとたまの背中に絵が書いてあるのー!それ女神さまー?」


「あーカレン。これはタトゥと言って、昔から戦士の証として身体に刻むものなんだよ。まー、ファッション感覚で入れている奴もいるけどな。俺のは兵…戦士であった死んだじいさんが、背中に掘っていたもののアレンジ版だよ」

「へぇぇぇぇ!おとたまかっけー!なんか文字が書いてあるけど、それってどう言う意味なの?」

「あートア。ん~まぁ、戦いの無い世界を望むなら、戦いに備えろって感じの意味だよ。なんか矛盾してるよな。ハハハハ!」

「ふ~~ん。よく分かんないけど、戦士のあかしなんだねー」


 トールの背中のタトゥは、亡き祖父のものを模倣。古代ギリシャの女神風のものを、銃器を携えた近代版にアレンジしたのだ。

 そして、トールも身体を洗い終えて、双子らと共に湯舟に浸かる。


「あ~~~~~…こりゃ染み入るなぁぁ実に癒されるぅぅ」

「はあ~~~~~、しみるねぇ」

「癒されるねぇぇぇぇ」


 そうして、現人神に神狼の獣人双子三柱は、共にご満悦。トールの傷痕も無くなり、双子らの生命力も完全回復に至った。


「ふいいいぃ。いい湯だったなぁ。普段はシャワーだけだから、バスタブに浸かるのはクソ久しぶりだよ」

「はあ~~~気持ちよかったねぇトア!」

「うん!あのしゃんぷー?ってので洗ったのも初めてだねーおねたま!それに、なんかいい匂いするー!」


「フフフ。良かっ、って!!あなた何で裸なのよ!?てか、皆だけど。は、はは早くなんか着なさい!恥を知りなさい!」

「あーうるせー!洗濯機があったから、戦闘服も下着も全部洗ってる最中だよ。

そう言えばクローゼットがあったな。羽織るもんの一つや二つぐらい…って、結構入ってるな……」


 羞恥心も無く、揚々とバスタオルを肩にかけて全裸でうろつくトール。

 赤面で訴えるリディをよそに、リビング内の木製スライド式ドアを開ければ、奥行き5m以上、幅2m以上はあるU字型のウォークインクローゼット。

 クローゼット内、壁全面にはハンガータイプや木製棚等が備えられていた。まるでどこぞのショップかのような、多種多様の衣類が整然と収納されていた。


「えーっと、フォーマルにカジュアル、バカンス用みたいなもんもあるなぁ。下着類にシューズ類、女性用から子供用まで一通りのもんは大体揃ってるな」

「もー、何でもいいからとっとと早く着なさいよね!私もお風呂に入ってくるわ!」

「おー、ゆっくり楽しんで来いよー。よーし、お前らも何か着ておかねーとな。こっち来ーい」

「「は~~~い!おとたまー!!」」


 そうして、3柱は動きやすいラフな衣服を選んだ。トールは黒のタンクトップ、カーキ色のミリタリーハーフパンツ、茶色のコンフォートサンダルと、オフさながらの装い。


 カレンは、オールドコットンのワンピース。白地に首元襟縁えりふち、肩に近い短めの袖縁そでふちは赤色。胸の下からスカート裾にかけて、水色、青、赤の細かで色鮮やかなフラワープリントが、グラデーションのように散りばめられた意匠。それと黒のストラップサンダル。


 トアは、コットン生地、灰白色のフード付きのゆったりとしたTシャツ。オリーブグリーンのショートパンツ、黒のグラディエーターサンダル。尻尾の部分はVの字に切れ目を入れて、後はパンツがずり落ちないようベルトで何とかだ。


「「キャハハハハハハハハハハハハハ!!」」


「あーおまえら、あんまし走り回るなよー。転んだら痛いぞー」


 新しい服が余程気に入ったようで、双子らは大はしゃぎ。大変喜んでいるようなので、まぁ良しとしよう。

 そんな姿を穏やかな表情で見守るトールであった。



「フフフ…何か子供たち、すごく楽しそうね。ん…てか、これ少しくすぐったいわね…けど中々いいものね」


 バスルーム外の楽し気な雰囲気をBGMに、リディはバスタブにゆったりと浸かり、その背にジェット泡噴流。両手を後頭部に組み当て、形の良いたわわに実った乳房をどんぶりこと、湯面に浮かべ非常にご満悦。


「至れり尽くせりの環境だけど、これ大丈夫なのかしら? ここの宿泊料の対価の支払いが怖いわね。まぁ今の内は楽しんでおけって事かしら……」


 悪魔生体らが生息する領域内での、この厚待遇のリゾート環境。

 そこから思案を巡らせ、この相反した事の混沌具合から、薄っすらではあるが思い当たる節に辿り着いた。

 


 ──この世界は、おそらく……。



「…いや、それを確定付けるには、まだ情報が必要ね…トールにも一応伝えておいた方がいいかしら…?この世界の名を……」


 それからリディは、新しい下着や衣服を用意していない事を脱衣所でハっと気付く。これは不味いとバスタオルを身体に巻いて、息を潜めてこそこそとウォークインクローゼットに向かう。


「うわあああああ!なんか、わちゃわちゃ変形したのー!サムがあぶなーい!」

「うおおお!バンブルビーかっけー!おとたまー、ボクもあんな風に変形したいよー!オートボットになりたいよー!!」

「あーうっせ!無理だっつうの。これはCGって言って特殊な映像技術で作られた架空の物語…って、分かるか?」

「うん!つまりは魔法のことだね!」

「…あーまぁ…そんなもんだよ…」


 トールと双子は、ソファーに仲良く座り寛ぎ、大画面モニターにて何やらな映画鑑賞に夢中のようだ。


 その様子にリディは、しめしめこれはチャンスと、クローゼットの引き戸の取手に手をかけたところで、タオルが外れ落ちる。その幻想的で美しい裸体がポロリと露わになった。


「おいリディ。真っ裸まっぱでうろついてんじゃねーよ。たわわなケツが丸見えだ。恥を知れ」

「う、うるさい!あわわわ!こっちみみみみ見ないでよね!!」


 トールにもろにその姿を見られ、顔を紅潮。慌ててクローゼット内に入り、勢いよく戸を閉める。まずは深呼吸をし、気を落ち着けてからの衣服の物色をするも……。

 冷静になって気づいたが、隠蔽術式を使っていればと、自問自答と後悔の念で、しばし頭を抱えて苦悶するリディ。


 それから、気を取り直してとりあえず選んだコーデは、瞳と同色のライトグリーンの丈短め、ヘソ出しキャミソールとデニムのショートパンツ、ハイヒールサボサンダル。


「はぁ……、あら?カレン。そのままじゃ髪がボサボサになってしまうわね。

ちょっと、こっちにいらっしゃい」

「ん~?なーに?リディ」


 衣服を着た後、リディは先ほどの自らの失態に溜息を零しつつ、クローゼットから出たところで、ふと気になったカレンの湯上りそのままの髪。

 リディは再びバスルームの方へカレンを連れていき、ドライヤーで乾燥させてからセットを施す。


「見て見てー!おとたまー!この髪どーお?」


「おー!可愛いじゃねーか!どっかのお嬢様みてーだな、見違えたぞー!」


 リディによってセットされたカレンの髪型は、ボリュームを抑えたツーサイドアップのツインテール。前髪も眉のラインでカット。清楚な印象と紅色に黒メッシュのロックさも兼ね備えて、尚且つケモ耳尻尾と、可愛気なキャラ立ちが倍倍増しだ。 


「えへへへへ!!」

「フフフ。気に入ったようで良かったわ。女の子なんだから、身なりは綺麗に整えておかないとね」


「おねぇたま!かっけー!ボクもボクもー!!」

「あら、トアまで?フフフ。しょうがないわね」


 そして、長めであったトアの髪もカットされ、少年らしいマッシュヘアーに、白に蒼メッシュ入りの洒落たイケメンキッズとなった。そしてケモ耳、尻尾と、一部に需要がありそうな仕様。


「おとたまー!どーお!?イケてるー!?」

「ハハハ!いいねぇ、かっけーぞ!!」

「フフフ。ベースがいいから、いい感じに仕上がったわね」


「つうか、人間の耳も付いてんだな。ケモ耳とで4つか……よく聞こえそうだな」

「えっ? おとたま、なんか言ったー? よく聞こえないよー!」


「…………」

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