第78話 甘噛みするな!


「と、とととりあえず、こんな殺風景な所にいるより、お互いに募る話も色々とあるようだし、どどどこか落ち着ける場所は無いかしららららい!?兎に角、あなたたち離れなさい!」


 トールと双子の獣人子供に抱き着かれる、と言う混沌とした絵面に混乱しつつも、リディはこの状況の解決妥協案を狼狽しながら投じる。


「あーまぁ、そうだよな。こんだけ規模のでかい厳重な施設なら、居住用の部屋ぐらい幾つも用意してんだろう。つうか、ここって何だか分かるかリディ?」

「…さ、さぁ? 明確な情報が無ければはっきりとは分からないけど、外部とこれだけの規模の隔離具合から…核戦争に備えた極秘の政府施設かしら?…ここのエリアはおそらく最終防衛の…って、あなた、その最終防衛扉を破壊してなかった!?」


 何とかトールと獣人キッズらの熱烈ハグから解放され、冷静さを取り戻したリディは、地球常識推論からのまずのツッコミ。


「い…いやぁ、あれ、すでに傷だらけで錆びついてボロボロだったしな…それより、どこの国の政府施設だよ? そもそもどこの世界なんだ?」

「ん~、造りの感じは地球の施設のようだけど、しかし、この獣人の子供たちは…別世界からの転移?それともここはパラレルワールド?……ん~、現時点では何とも言えないわね……」

「【カオスゲート】だっけ? 早速混沌ってわけか…。まぁ、とりあえずは情報を集めていくしかねーって事だな。よーし!お前ら行くぞー!しっかりついてこいよー!」


「「は~~い、おとたま!いこーいこー!!」」

 

「おとたま?……やはり、あなたは人間じゃなかったようね。ポコポコ獣人を生み出せるとか、あなた雷神では無く獣神…まさか獣神サンダーライガーなのでは!?」

「やかましい!それ日本の元プロレスラーだろ!獣人も生まねーよ!なんだよポコポコって……」


「それならアタシは、ビックバン・ベイダーなのー!」

「じゃあ、ボクはクラッシャー・バンバン・ビガロでタッグチームだね!!」

「何の話だよ!ってか、なんで知ってんだよ?けっこう昔のレスラーらだぞ!いや、お前らにとっちゃ、それ以前の多々ある話だよ!」


「フフフ、それならば、私はやはりネプチューンマンね。あなたはビック・ザ・武道でダッグマッチができるわ!」

「できねーよ!「やはり」の意味が分からねー。それ日本の漫画のやつじゃねーか。クロスボンバーとかやらねーからな!」


 一時は想定外の状況に取り乱したものの、いつものペースを取り戻し、ボケに走り出すリディにカレンとトアも加わり、ツッコミに激しく勤しむトール。


 そんなやり取りをしながら、一同は休養場所を求め、パイプ型通路を歩き始めた。

 この手の施設なら、居住場所は奥のエリアに設置するだろうと考え、メイン出入口に近いこのエリアの各部屋はスルーし、奥エリアを目指す。


「で、この子ら…えっと名前は、ベイダーとバンバン・ビガロでいいのかしら?」


「違うよ!アタシは男塾三号生筆頭、大豪院邪鬼よ、このフリーザめ!巨人はアタシが一匹残らず駆逐してやる!!」

「ボクは、護廷十三隊の一番隊隊長、山本元流斎重國!スタンド名はクレイジーダイヤモンド!モビルスーツの性能の差が、戦力の差でないということを教えてやるよ。海原雄山!」

「やめろやお前ら!ボケに各々おのおの自由なボケをかぶせるな。世界観が無茶苦茶じゃねーか。つか、なんでそんなネタ知ってんだよ!」


「この子たち中々やるわね。果たして、この両津勘吉様の卍解でのタイガーステップ、10倍界王拳のオールレンジ ファンネル攻撃を、男塾名物油風呂の中で耐えられるのかしら?」

「だーうるせー!畳みかけるな!色々混ざり過ぎて拾いきれねーよ!」


「「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」」

「うるせーよ!お前ら笑いすぎだよ。って、お前は何でドヤ顔なんだよ!」


 何故か地球のサブカルチャーに通じている双子ら。負けじとリディが対抗。更に負けじとトールはツッコミ高射砲を撃ちまくって対空迎撃対応。

 このカオスな応酬に、双子らは大爆笑で大喜び。そんな楽し気な様子に口元がほころび、ついついツッコミに力が入るトールであった。



「フフ、あなたも楽しそうじゃない?…それで、この子たちはどう言った経緯で保護したのかしら?」


 一頻ひとしきり、和気あいあいとしたやり取りを満喫したところで、状況整理の為、真面目な質問にて場の空気の引き締めを執り行うリディ。


「あーこの子らは、さっきの部屋で助け出したんだが──」


 トールは、ここまでの経緯とカレンとトアが鎖に繋がれ幽閉されていた事。謎の魔法陣によって生命力を奪い続けられた事を、要点だけ掻い摘んで、険しい表情で語る。


「……なるほどね…。獣人族は、元々生命力が非常に高いことでも知られているわ。特にこの子たちの髪の色具合から、強力なハイブリッド種だと考えられるわね。つまりは、その力を我が物として奪うべく、拉致された可能性が高いと言う事かしら」

「髪の色具合…ハイブリッド種…? あー待て。 何でお前、んな事知ってんだ?」


「いいから聞きなさい。問題は、その輩の正体ね。その魔法陣はおそらく、【死霊魔術師ネクロマンサー】の術式陣の一つ。それを…簡単には解除できる代物じゃないはずなのに、あなたは……」

「ネクロマンサー? ゲームやファンタジーに出て来る奴か?…確か、ゾンビとか死霊のたぐいを生み出したり、操作したりとかのイカれた術者のことだよな?」

「ええ、まぁそんなところかしらね。一応地球でも【死霊術】は、古くから在る黒魔術の一種とされているわね」


 地球に置ける『ネクロマンサー』は、死体による過去や未来などの情報を得る為に、死者を呼び出したり、一時的な生命を与えるシャーマン的な術者の俗通称である。

 この際には鮮度の良い死体を使い、それに宿るのは生前の魂ではなく、しばしば精霊や死霊、悪霊類などを呼び起こしたりもすると云う。


 昨今のフィクションでの元は、ブードゥー教などの死霊崇拝がモチーフとなっているのが考えられる。


「けど、私の知る【死霊魔術師ネクロマンサー】は、自らの力を得る為に、禁忌とされる外法を使って命をもてあそび、非道な悍ましい行為を一切の躊躇いもなく、事も無げに行使する忌まわしき術者よ」

「……あー、胸クソ悪そうな案件のようだな」


「ええ、まさによ。この子たちに施された術式は、術者に生命エネルギーを糧として供給。尚且つ、死後に自らの不死の下僕とする、禍々しい類の術式だと考えられわね…幸いなのは、この子らの身体に手は加えられず、素体そのままでの有効利用を目的としていた事ね」

「手は加えらず…?それはいったい…?」


「それは……この場では、子供たちの傍で話せる内容では無いってことよ……。

つまりは、正気の沙汰では無い、悪夢のような狂気の所業の事よ」


 運よく無傷の状態で救われたと言え、自分たちに起こり得たかもしれぬ惨たらしい可能性を、不安気に話を聞いていた子供らの前で話すわけにはいかない。

 リディは険しい表情で、その所業の内容については口を紡ぐ。


「…そうか……で、やっぱそいつらってクソ強ぇのか?」


「ええ、当然ね。いずれも厄災そのもの。強大な死の軍勢を率いていたわ。過去の死霊魔術師ネクロマンサーの超越術者で【魔王】と分類されるもの中には【外なる神】の力を得て、世界に多くの破滅と混乱を齎した輩もいたわね」

「ま、魔王!?外なる神!?…おいおい、どこのファンタジーに神話の話だよ?」


 これが地球であれば、単なる物語の妄想、別次元での世迷言。と、話半分で聞き流すところであるが、今いる場所は、その世迷言じみた異界そのもの。もはや信憑性を云々語るレベルを遥かに超えている。


「その討伐には、地球で言うところのアメリカ、NATO軍以上の多国籍連合が組まれ、これには各国の【勇者】や【大賢者】を総動員で投入。それでも多大な被害を出し、事態を収めたと伝えられているわ」


「マジか……。ソロでどーのこーのって話じゃねーな……。それと、勇者や大賢者?どこぞのRPGみてーな話だな…」

「魔王もだけど、勇者や大賢者は【超越者】の分類分けの呼称で、地球で言う『戦略核兵器』のような位置付けに相当するわ。それらが国に仕えると言う事は、正に

‶核保有国〟と同等の事なのよ」

「それが、こぞって使用されたってことは、世界レベルでのデフコン1状況だったって事か……」


「そう言う事ね。この戦いで世界の3分に1が焦土と化したわ。けどそれでも、その魔王を完全には討ち滅ぼす事には至らず……つまりは‶不死の存在〟。それで已む無く、その因果体もろとも封印と言う形で、別次元へと送られ処理されたようだけど……」


「……そのたぐいのもんが、ここにもいるって事だよな…?」

「あら、ビビったのかしら? まぁ、その術者の力の程はまだ分からないけど、少なくともこちらを侮ってくれてる事は幸いね」

「は?どう言う事だよ?」


「まず、この子たちを拉致監禁した悪趣味な犯人と、私たちをこの領域へと招き入れた存在は同一のもの」

「おい、それって!今の状況をひっくるめて、アフガンでの一連の現象はその術者の仕業ってことかよ!?」


「確証は無いけど、おそらくね。そして、何らかの選別振り分けで私たちのような一際ひときわ力を持った者が、このエリアに転移され監禁状態で一時的確保。その目的は言わずとも分かるわね?」

「……あー、俺らも無理やり種族を変えさせられて、そいつの軍に転属。化け物兵隊の仲間入りさせようって事だろ?」

「あら?あなたは、すでに化け物兵隊じゃないの? いつまで人類の枠組みにこびり付いているつもりなのかしら?」

「やかましい!お前もだろが!」


「まぁそれで、その輩の誤算は、私たちを一般の地球人類基準で捉えていたようね。つまりは、ナメ腐っていたって事よ。あんな紙切れみたい扉で、意気揚々と閉じ込めたつもりで、ドヤ顔をキメているところじゃないかしら」


「ここの悪趣味な箱庭も、そいつが用意したってことか?」

「まぁそうなるわね。仮に部屋を出られて、下手にうろつき回れないよう、ご丁寧に地獄から下級悪魔まで連れ込み放し飼い。それで、テロリストたちを餌として与えて、活気づかせていたようだけど、あなたに一掃されたみたいね」


「あー、完全に掃除できたわけじゃねーよ。一匹やべーのがいたけど……。まぁ運良く、その災厄からは逃れられたが、他にも色々と取り揃えてんだろうな」


「ふーん。まぁ遭遇したらその時の事ね。……てか、この子たち…何か変わってない…?」

「は? こいつらがどうし……? は? はっ? はあああん!?」


 トールとリディは会話に夢中になり、おざなりになっていた双子の様子に何気無く視線を向けると、予想だにしていない驚愕の姿があった。


『ん?どうしたの、おとたま?と、りょうつかん…き何とか?』

『キャハハハハ!おとたま、おもしろい顔になってるのー!』


「ご、ごめんなさい。ちゃんと名乗っていなかったわよね…私は『リディ』よ……。

それよりあなたたち……」

「こ…この子らは…紅に黒フレアーの方が…カレン? 白に蒼ラインのがトア…だよな?──‶狼〟!?」


 思わず立ち止まり、驚くリディとトールを尻目にそこにいたのは、地球では見られないカラーリング。2mほどの、異様で威容な揚々とYO!な二頭の狼。

 共に連れ添って歩いていたと思われたカレンとトア。いつの間にやら、二足から四足歩行。優雅で雄々しい狼の姿にすり替わり、のんびりと犬の散歩のようについてきていた。


「この子らは…フェンリスヴォルフ…【フェンリル】の名の方が分かり易いかしら…【神狼】の子供たちだわね……」

「は!? フェンリル!? 北欧神話の主神を喰らったアレか!?いやいやいやいや、どうなってる!?獣化か、今まで人化していたのか!?どっちが本来の姿だ!?

つか、なんで!?」


『おとたまのおかげで、元気を取り戻せたから、こっちの姿に戻れたみたいなのー』

『こっちの方が、すごくはやく動けるし強いからねぇ!』


「つ…つまりはこっちが本来の姿ってわけか…つうか…これは…」


 トールは、驚きの表情を見せつつも、思わず足を止め腰を落とす。ついつい、そのモフモフな毛並みを堪能し、なでなでしまくる。


『おとたま気持ちいいのー!もっと撫でてー!』

『ボクもボクも撫でて撫でて!!』


「お、おい待て。興奮するな、顔を舐めるな、腕を甘噛みするな!」


 尻尾をガン振り。トールにじゃれつく愛くるしい神狼の子らの姿に、リディも再び冷静さをぶん投げ、堪らずその戯れに参加する。


「フフフフ…フフフフフ。これほど人種に懐いたフェンリルは初めて見たわ!ンフフゥ、堪らないわねこのモフモフ感!」


「「「アハハハハハハハハハハハ!!!」」」


「アハハハじゃねーよ!お前らこぞってじゃれつくな、甘噛みするな!

おいリディ、てめーまで混じってくんな!」


 再び、絵面が倍倍で混沌と化す中、トアがモフりにご満悦中のリディを見て、更なる混沌爆弾発言を投下する。



『そういえば、リディって…‶ハイエルフ〟なんだね』



「は?」

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