第75話 レーダーコンタクト

 ──Congratulation! First mission clear!


 アメリカ合衆国から与えられた重要作戦任務と、神から与えられたこの世界での初の試練。この苛烈な二つのミッションを単独で同時に完遂。複数の意味で‶気〟を抜いたところで膝をつき、息を荒げるトール。


 深手の傷は無いもの、幾つもの負った爪傷痕から出血。顔の傷痕からも鮮血が流れ、ポタポタと床に垂れ落ち、戦闘服の各所が血で染まる。


「だーっ!!ぜぇ…ぜぇ…ハァ…ハァ…あーしんど…。慣らしも無くいきなりのM.A.Tマットスプレマシーは、身体の負荷がクソやべーな…筋や腱がぶち切れるかと思ったよ…」


マキシマム.アーツ.タクティクス システム】これのバージョンアップにより使用可能になった【至高の型スプレマシーモード】は、徹底的に鍛えられ上げ『気剄力』によって強化された身体であってもその反動が大きく、各機関が絶叫大悲鳴を上げた。

 仮に普通の人間であれば、軽自動車に戦闘機のターボファンエンジンを取り付けたようなもの。緊急発進スクランブルした瞬間に、まさにスクランブルエッグ状態になるであろう。


 トールに於いても初の実戦飛行で、世界最速とされたマッハ3級、旧ソ連製

「M i g-25 フォックスバット」の全開戦闘機動を行ったようなもの。その身体への負担はクソえげつない。


 とりあえずの危機は去ったが、今後も避けられない戦闘が続くことだろう。まずは、この一時的に浄化された【即席インスタント聖域サンクチュアリ】で『吐納法』により老廃した『気』を吐き出し、神聖な新たな『気』を取り込む。この排吸気を緩やかながらも取り急ぎ行い、ついでに水分補給。


 これによって、体内では細胞が活性化。急ピッチで疲労回復。不良個所の修繕。

 エクセルギー生成&精製などのピット作業が、順次快速で執り行われ、臨戦態勢を持続させる。


──RADER BOGRY CONTACT(正体不明 敵 レーダー捕捉)

──WARNING!(警告)


「…ん?…何か来る…今度は何だ?」


 ──WARNING!WARNING!WARNING!WARNING!WARNING! 


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 常時起動パッシブレーダーに、緊急警告反応。地響きと共に、この空間一帯が震動。その轟音の出元と思われる壁へと、ライトを当てると。



 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!



「だーっ!?何だこいつは!?」


 盛大に壁をぶち壊し現れたそれは、背を丸めて両拳を地面につく、凡そ4mのゴリラマッチョなバッキバキな人型生物。

 

 ──INTRUDER TALLY(脅威敵ユニット 目視確認)


 その巨躯の姿は、レッサーイビルと同様の赤黒い硬質な皮膚。胸から上部が生体化した中世の甲冑のような頑丈な造り。頭部も甲冑ヘルム型形状。

 歪な口部には、乱杭状二列のサメのような鋭利なギザ歯。

 西洋甲冑ヘルムであれば、目穴に当たる部分にはしっかりと眼が付いており、狂気に血走らせた眼が四つ。

 極太剛腕の両手は、ゴツゴツとした打撃用の籠手ガントレット形状。

 その筋骨隆々とした背には、トサカ状の突起物が背骨に沿って、連なり生え揃っている。


 ──下級悪魔科 変異ヒト属 【イビルウォーリア アーマード2タイプ】

 悪魔生体型式【EW-A2】型。


 この巨躯の悪魔は、血の臭いと戦闘の余波を嗅ぎ取り、この空間にいざなわれたのか。おもむろに立ち上がり、獲物トールを見つけるや否や。



『GURARAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


「な!?クソっ!!」


 その強烈な大咆哮は、大音響と共に衝撃波が発生してトールを襲う。耐えきれずに支柱に吹き飛ばされ叩きつけられる。その柱も激突衝撃で砕けて半壊。


 そして『EW-A2』は、獲物を仕留めるべく、この即席聖域に踏み込んだ瞬間にブスブスといぶられ、体中から黒煙が上がる。辛うじてその兇悪な歩みを阻めたようだが。


──WARNING!WARNING!WARNING!WARNING!WARNING!


聖痕スティグマ』感知による脅威反応カラーは‶黒〟。圧倒的な力量の差だ。その内包する気の量も絶大。戦えば確実な『死』を示す反応。 

 下級悪魔科に属しているものの、中級以上。単純な膂力では上級レベル。間違いなく【厄災】と呼ばれる存在であろう。

 

 そして、僅かな沈黙の後、その厄災は忌々いまいまし気にきびすを返す。自らで破壊して開けた壁の穴の奥へと、渋々ドスドスクソクソと立ち去っていった。

 

 ──LOST CONTACT FADED(敵目標ユニット 失踪消失)


「ゲホっ!ゲホっ!あーったく、なんだりゃ!?クソやべーな……ヘタレ下級悪魔らとは、レベルが違うってか…同じソロプレイでも、ありゃガチ勢だな」


 咄嗟とっさにバージョンアップされた『剛体術』を駆使して『気剄力』をバックパックに強化付与。ダメージ緩和とライフラインである水を保護できたものの、この領域の兇悪具合を、まざまざと思い知らされた一幕であった。


 トールは、ここではスタートしたてのヨチヨチ歩きの初心者ヌーブ

 初見殺しさながらのファーストミッションを何とか終えたばかり。危うく‶負け確定〟乱入ミッションが発生するところであったが、これを激運で回避。

 同時に煉獄仕様である、悪夢の連チャン仕様も回避できたようだ。


 さすがは、最高難易度の文字通りの「地獄領域ヘルモード」と言ったところか、チュートリアルミッションでこの激烈具合。死にゲー、復活コンティニュー無しの鬼畜仕様。


「全ての覚悟か……まだ足りねーってことだよな。まぁいい、ここはレベリングには最高の環境だ。──次は徹底的に楽しませてやるよ」


 この死と隣り合わせの状況。嘗て無い闘争心が沸き立ち、狂暴な笑みを浮かべ、全力の生き残り闘争サバイバルゲームに挑むことを決意するエンジョイ勢のトール。


 ──RADER CONTACT HIT(レーダー反射波捕捉)


「ん?…反応があるな…」


 ──MONITER(捕捉対象注視)……NO FACTOR(脅威無し)

 ──ANYFACE(不明友軍)


「……この近くに敵じゃねー何かがいる…小さい反応だな」


 休憩も僅か、程々なところで新たな生体反応がレーダー波に感知するも、これまでとは異なる反応。


「……この奥に──2体。瀕死状態か……知らねぇ味方の誰かか!?」


 敵反応では無い。と、言うことは、味方の兵士である可能性が高い。

 最初に来た出入口から見て、左側奥に反応を感知。トールは即座に駆けだす。


 ウエポンライトをハイモードに切り替え、奥の壁を見れば、大型車両2台分はある、横長方形状にり貫かれたスペース。更にその奥に、約2m角正方形。核シェルターのような、金属製防壁扉が設置され塞がれていた。


「この爪痕…さっきのヘタレ共の仕業か…必死すぎだろ…」


 そのスペースと扉には、夥しい数の爪痕。先ほどの下級悪魔らが何かをを求めて、扉を打ち破ろうと、破壊行動の跡が無数に刻まれていた。

 推測するに、その悪魔らの目的は、この小さな生体反応への捕食行動であろう。

 

 それよりも、反応が瀕死状態。救う事ができるかどうかは、合流してからの判断。その前に、この閉ざされた強固な鉄製扉だが。


 トールは、扉の前で立ち止まり左腕を緩やかに伸ばす。左掌を扉面手前、十センチほどの間を置き、膝を僅かに曲げ重心を下半身に落とす。

 そこから、地面が陥没するほどの運動エネルギーが、下半身から上半身、左腕に伝わり、左腕が一気に伸びるかのような動きを見せる。左掌が扉面に触れた瞬間、一点集中最大『気剄力エクセルギー』を放つ。



劈掛通背拳ひかつうはいけん!」


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!


 盛大な轟爆音。人力では破壊不可能な極厚鉄製扉に、人が通れるほどの穴をぶち破り開け、扉全体が歪に湾曲した。


通背拳つうはいけん』は中国武術の1つ。別名を『通臂拳つうひけん』とも言い、腕を鞭のように伸ばし、柔らかく素早く遠くへ伸びる打撃を特徴とする。

 正確な起源は不明。河北省を中心に中国北方に古くから伝わっており、現在多くの系統が存在している。

 トールが体得していた『劈掛拳ひかけん』の古き達人が『通背拳』を学び、この最大剄力の発剄技を編み出し、それが一部の者へと受け継がれて伝わっていたようだ。



「ハハハ!試しでやってみたけど、結構イケるもんだなぁ」


 経年劣化と無数の攻撃によって、本来のカタログ通りの耐性スペックはかなり落ちているものの、核シェルターじみた鉄製扉を、破城槌が如く人力でぶち破るなどはあり得ない。益々異名が、リアルなものへと成り立つエンジョイ現人神。


 扉の先は、古さは感じるものの割と綺麗なものだ。出入口付近は、コンクリート造りの少々広めの空間。

 その先には、直径2.5mほどのスチール造り、パイプ状通路の入り口。薄暗いものの、天井部分に一定間隔で照明が点いている。これなら不要と、ウエポンライトをオフ。

 

「稼働してんのかここは?…規模のでかい核シェルターか?…それとも何かしらの重要隔離施設か?…んな事より、急がねーと!」


 この謎施設の利用目的より、この先の命の方が最優先事項だ。取り急ぎ、その生命反応の許へと向かい走る。


 まるで、古いSF映画の宇宙船内の通路のようだが、至る所が錆だらけ。幾つもの配管やケーブルが通っている。それらが機能しているかは分からないが、照明があるだけでも有難い。

 金属製の床をカンカン蹴り鳴らしながら、入口から数十メートル走ったところで

十字路。感知した生体反応は、左折側から発せられている。

 その左折通路両脇には、幾つか部屋の扉が並び、突き当りの部屋が目的の反応場所であることを感知した。


 何かを隔離する為なのか、その部屋の鉄製扉はハンドル式のロックで、中からは開けられない造りとなっている。通路側からはハンドルを回せば開けられるので、無理にダイナミック開扉かいひする必要は無い。

 

 ギギギと、その錆びついた鉄製扉を開けると8畳ほどのコンクリート造り。照明は電気ではなく、何本もの蝋燭の灯りによって、ぼんやりと部屋内が照らされていた。左側壁上部に、鉄格子が嵌められた換気口があるくらいの殺風景な部屋だ。


 だが、それは造りだけの話であって、部屋の状況自体は異様なものと言えよう。


 

「は!?……どういう事だこれ…?…‶ガキ〟が何で…?」



 そこに居たのは、息も絶え絶えで手を繋ぎ、寄り添いながら横たわる、幼い男女二人の子供であった。その首には鉄製の首輪が嵌められ、床に打ち付けられた鎖によって繋がれていた。

 外傷のようなものは見えないが瘦せ細っており、瀕死の状態だ。更に異様なのは、子供らを中心に床に‶魔法陣〟のようなものが描かれている。蝋燭は、その二人を囲うように一定間隔で立てられていた。


「だーっ!よく分かんねーけど、とりあえずこの二人を!──って!」


 この尽き掛けている命の救出が最優先。だが、魔法陣の中に踏み込んだ瞬間に、バチッっと、電撃のような衝撃が発生し弾かれた。


「うざっ! 結界みたいなもんでこの二人を守ってる? いや、誰かにこのガキらを助け出させねー為か。──ならば」


 そう察したトールは、左手で十字を切り、魔法陣の境界面に左掌を合わせた。

 この胸クソ悪い絵面を描いた輩のはかりごとを蹴散らすべく、聖痕スティグマとリンクした言霊ことだまを綴る。

 

「主よ、この悪しき戒めを解き放ち給え。この愛しき命を救うべく、阻む障害を全て打ち壊し薙ぎ払い給え」


 そう唱えると、左手聖痕スティグマが眩い金色の光を放つ。



「エイメン」

 

 ティィィィィィィン……。パリン!!


 厳かな浄化の音色と共に、ガラスが割れるような破砕音。その波動が周囲に波紋のように広がる。すると、魔法陣と子供らを縛り付けていた首輪と鎖が、粉々に弾けて霧散した。


「おっし! 神さんあざーっす!! で、このガキらはの状態はどうよ!?」


 軽い口調で神への感謝を捧げつつ、子供らの許へと駆け着き、その生命兆候バイタルサインを窺い診る。


 通常の医療従事者であれば脈拍、心音、体温、意識状態などを各規程の手順にて確認するところだが、それを一括、掌で触れるだけで推し測る万能システム。


「クソ!やっぱ脱水症状に餓死寸前かよ!おまけに『気』をごっそり奪われている!あの魔法陣の目的は、そっちがメインか!」


 明確な理由は分からなないまでも、見たままの推測で言えば、この子供らには、一切の食事どころか、水分すらも与えず生命エネルギーを奪い、幼い命をじわじわと死に至らしめる非道な行為。


 その許すまじ所業はさて置き、まずは救命処置が最優先。『吐納法』により深く深く呼吸。大気から【霊素】を取り込み、生命エクセルギーに変換。両掌を片手ずつ当て、二人同時に流し込む。

  


「……んん…ん…?」

「……うう~ん……だ…だーれ?」


「おお! 良かった!意識を取り戻したか!」


 

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