第72話 First mission



「あー、どっちに行けばいいんだこれ?…つうか、暗くて先が見えねーな…何の施設だここは?」


 小部屋の金属製ドアを蹴破り、部屋の外に出てみれば、左右に大分年期の入ったコンクリート造りの通路が伸びている。幅、高さ共に約2.5mほど。部屋と同様に至る所が朽ちかけている。

 通路沿いの左右壁の上部には、太い配管やケーブル類が通っている。いずれの方向も先が真っ暗闇。どこまで続いているのか、見当もつかない。


 部屋がある側の壁上部には、古いタイプのマリンブラケットライト(船舶照明)が一定間隔で取り付けられている。当然電気など通っているはずも無いと思いきや、何故か、その部屋の出入口上部の照明だけ、灯りが点いている。


「……なんで、ここだけ点いてんだ? 電気が通ってんのか…いや、自家発電か?…とうの昔に朽ち果てたような所だが、どっか一部で稼働でもしてんのか?」


 ライフルバレル部に取りつけた、ウエポンライトのスイッチをON。ローライトモードに切り替えながら、この人工建造物について考察する。その規模もだが、何の施設なのか? 現在どの辺りなのか? 地上の建物内なのか? 地下なのかすらも現時点では分かり得ない状況。


 この「ウエポンライト」は4種のモードに切り替えられ、「ローライト」は夜間視力を確保し、手元足元を照らすのに適している。「ハイパワーライト」は50m距離での顔認識が可能。

「ストロボモード」は、CQBにおいて標的の視覚を攪乱し、戦闘能力を著しく低下させる効果。「IRライト」は赤外線ライトで肉眼では見えず、NVG暗視ゴーグル使用時の、視界幅が広げられる効果がある。


 アサルトライフルに装着させる場合は、右利きならばバレルの右側に取りつけるのが一般的。その理由として銃を構えた状態の時、バレル部に添えた左手でモードの切り替えをしやすくする為もあるが、左側に付けた場合、銃を下げて激しく移動する際に、身体のどこぞかにぶつけて破損する例があるからだ。


 それと、夜間や暗闇での戦闘時、レーザーポインターも併用する場合もあるので、これを取り付けるのはバレル上部となり、必然的にライトはサイド部になる。


 左利きであれば、左側に取りつけるのが基本であるが、まぁ、激しい戦闘ではどこに付けようが壊れる時は壊れるものだ。

 

 そして、奇妙な事にウエポンライトのスイッチを入れて間もなく、部屋上部の照明の灯りが、その役目を終えたかのように緩やかに消灯した。

 そんな事はもう気にしてはいられないと、まずは、部屋側から見て右側へと進むことに決めて歩き始めた。

 

 その背後では暗闇の中、部屋内から漏れる蝋燭ろうそくの薄灯りだけが、その場を朧気に照らす。トールが蹴破り、床に横たわる赤錆に塗れたドアが、歪に変形しているせいか、何か得体の知れない屍のようにも見えた。


 その通路の壁や天井は損傷、劣化が激しく、至る所に血のような黒い染みが見られる。崩れて穴が開いていたり、配管が途中で分断されて床に垂れ下がってたりと、

その荒れようは酷いもの。

 加えて、何らかの生物によるものか、大きく抉れた爪痕のような傷跡が幾つもある。雰囲気もマイナス方面に上々ならぬ、下々と言ったところで中々のロケーションだ。


 そして、歩き続けるも、部屋らしきものはトールが最初に目覚めた謎な一室のみ。上階に上がる階段を見つけるも、大量に崩れた瓦礫等で完全に塞がれていた。



「あー、めんどくせーなここは……思念と生体反応がごちゃ混ぜで、感知がとっ散らかってんな」


 電探ならぬ、『気探』による『気』のパルス圧縮波を照射しながら進むトールだが、霊能レーダーも勝手に作動し始める。生体反応と入り混り、脳内のPPIスコープ映像がかなり混然としている状態だ。

 しかも、それらは全てレッド反応を示している事に嫌気が差してくる。


 生体の方は、明らかな捕食行動や殺傷本能によるもの。霊体思念の方は生命に強い執着を抱いている。取り憑き、精神汚染を齎し、あわよくば乗っ取りを目的とした憑依行動にイキり立っている。所謂たちの悪い「悪霊」と言われるもの。


 だが、一部のイケイケな霊体思念は、に触れて後悔することになる。

 それはよこしまな情念で触れた瞬間、溶岩に触れたかのような高熱による激げしい痛みと同時に、その思念体の一部がごっそり消滅したからだ。


 すでにトールの戦闘準備態勢デフコンは、地球にいた頃では最高度であった『デフコン3』。

  脳内運動機リミッター能制御解除リスイジョン全集中状態完全ゾーンで『闘気オーラ』をまとい、各機能の強化。【聖痕スティグマ】も絶賛稼働中アクティブ


 その現人神あらひとがみの爆炎のような膨大な生命力。下級の邪念体など、跳んで溶鉱炉にる夏の便所コオロギとやらだ。

 その業火は消えることなく焼き尽くし、やがて後悔の念と共に全てが浄化されてジュッっと消え失せる。それらが後から後から、玉突き状態で続いていく。


「うざっ」


 因みに【デフコン(Defense Readiness Condition)】とは、アメリカに置ける戦争準備体勢を、最高値を1とする5段階に分けたアメリカ国防総省の規定を差す。


『デフコン5』は平時であり、冷戦時代は『デフコン4』。第4次中東戦争時と、9.11テロ事件では『デフコン3』。『デフコン2』は、キューバ危機の際に一度だけ宣言されている。


 最高度であり、核兵器の使用も許可される『デフコン1』は、当然一度も発令されてはいないが、国防総省設立以前、核兵器が使用された世界大戦時が『デフコン1』に当たると言えるだろう。


 そうして、一般の人間であれば、SAN値正気度がガリガリと削られる暗がりの中、ウェポンライトの僅かな灯りのみでしばし歩き続けると、鉄錆のような臭いが鼻孔に絡みつく。進むごとにそれが強さを増していく。


「血の臭いがひでーな…こりゃ。一人二人のってわけじゃねーよな…それと……」


 更に警戒度は増して、歩く戦闘指揮所CICのレーダー管制にすでに捉えられていたボギー反応が、0時方向間近に多数迫りつつあった。

 一般的に考えれば、そんな致死率の高い場所に単独で乗り込むべきではない。だが先に進む為の理由の他に、仲間や味方兵士との合流を果たすには、この数であろうと戦闘は避け得られない状況。


「あー、ここのようだが…くっさ!」

 

 むせ返るほどの鼻を衝く、血と汚物の臭いと共に辿り着いた、開けた広い空間。

 ようやくの風景の変化が見られ、一息つきたいところではあるが、ここはそんな平常の場所ではない。

 その空間は、真正面の突き当りまで十数メートル。左右の端まで50メートル以上。天井までの高さは約8m。縦横に一定間隔ではりがあり、その交わる各箇所に太い四角の柱が幾つも立っている。コンクリート造りの建造物内としては、かなり広い空間だ。


 そして、壁面の至る所にが出入りする為に開けられたような穴が、幾つも見られる。

 

 更に状況を探るべく、ウエポンライトで照らし見渡せば、悪臭の大本がここに点在していた。至る所に真新しい飛び散った血痕。おびただしい量の肉片や血溜まりなど、惨憺さんたん極まる光景。

 この空間で近い過去に、何らかの凄惨な殺傷行為か戦闘が行われた事が容易に想像できる。

 それを裏付けるかのように、弾痕や空薬莢からやっきょうだけではなく、破損した旧ソ連製AK47アサルトライフル、RPD軽機関銃やボディーアーマー、衣類の破片などが床に多数散らばっている。しかも真新しい事から、ここで犠牲となって戦闘を行っていたのは、テロリストらでまず間違いは無いであろう。



 ──多数の脅威生体を確認。


 脳内の管制システムからそう告げられる。トールから少し離れた周囲、各柱に大量のカサカサと何か蠢く黒いモノの動きが見られた。

 闘気オーラの流動加速強化と共に、ウエポンライトのモードをハイパワーライトに切り替え、光量を上げその正体の姿を視認する。


「あー、やっぱこいつらか…初対面ファーストコンタクトだが…これ‶悪魔〟か?」


 赤黒く筋張った硬質な皮膚の人型で体長2mほど。頭部は、軍用ヘルを生体化したような形状。視覚は退化して眼は無く、口は横開き内部に縦開きの二重口。

 鋭い鉤爪4本指の腕と、歪な5本指の手のタイプの2対。その4本腕と2脚を駆使した昆虫のような二足四腕歩行。


 それは、アフガン洞窟内の奥地でテロリストらとの戦闘を及び、友軍部隊兵とも戦闘を行っていた怪異生物。その正体は、旧ソ連兵がアフガン侵攻時に戦死したのちに、地獄で変異した『悪魔生物』。



 ──地獄低位界悪魔目 下級悪魔科 変異ヒト属【レッサーイビル】デミヒューマンタイプ【LE-IS型】旧ソ連兵変異型。


 トールは、この生物とは直接遭遇コンタクトしていなかった為に分かり得なかったが、聖痕スティグマから伝わる情報が、その種族の正体を自然と知ら占めた。


 これまで、人間が悪魔に憑依された例は幾つも耳にしていたが、接触したことは無く、これが初遭遇。霊体では無く肉体を持った生体存在など、地球では聞いたことが無い。


 だが、肉体があると言う事は物理攻撃が可能。現に、交戦した味方部隊により、討伐も成されている。その映像もアクションカメラにより捉えられたものを、タブレット端末で確認。概ねの攻撃パターンも把握している。


 しかし、その数は非常に多い。奇妙な鳴き声を発しながら、この空間の壁に開いた幾つもの穴から、アリのように続々と現れる。その数は推定百体を超えていた。



『『『『ギャイギャイ!!ギギッギャ!!ギャリリ!!ギッギャ!!』』』』



 この空間は、混沌とした煉獄世界に於ける、多数の悪魔が生息し蔓延はびこる、比喩無き真の『地獄領域』。漆黒のほむらが燃え盛る、暗黒巨釜おおがまの真っ只中。


 例え、フル武装の歴戦精鋭兵士の部隊規模であっても、奇跡でも起きない限り一切合切、ただ一人も生存は絶望的。


 だがそれは、通常のホモサピエンス、現在の地球人類種の場合での話だ。

 今ここにいる存在は、別種の特異個体。原初の根源的な力を振るう新人類種あらひと



「あークソ、大歓迎じゃねーか。前哨部隊でこの量は多すぎだろ! ヘタレか!……つうか、こいつら強い光は苦手なのか…?」


 アフガン洞窟内での戦闘時、通路にあった照明により、ウエポンライトは使用しておらず気づけなかったが、明らかにハイパワーモードの強い光を嫌がり、避ける動きが見られる。これは勿怪もっけの幸いだ。


 だが、多少散らばるものの、ライトの範囲外の暗闇に避けた程度。圧倒的な数の差があり、じわじわと包囲網を狭めていく。その鋭利で凶悪な長爪を床や壁、自分の爪同士で研ぎ鳴らし、獲物を切り裂くべく暗澹あんたんと研磨している。



「……こりゃ、色々とやりようがあるが…使ったことはねーけど、一つ領域を上げるしかねーか…」

 


 彼に関わった兵士らは、この存在にまつわる多くの異名を例え語る。


 其の者曰く 人外 。超人 。悪魔イブリース。歩く戦術兵器。都市伝説。


 其の者曰く ワンマンアーミー。一人戦闘指揮センターCDC。 一人空母打撃群 。

 

 其の者曰く ツッコミ野郎 。原始人。モフモフマスター 。なんちゃらゴロウ。


 其の者曰く 奇跡の顕現。神の使徒。現人神あらひとがみ。雷神──。




 ──戦闘体勢 デフコン2に上昇。



「‶M.A.Tマット〟の上を使うか…」


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