第4章 ライジングロード

第71話 転移直後 トールVer.


 これは、CSTドールチームが煉獄世界に転移した6日前の話である。


 ここまでの話の流れは、アフガニスタンの地で敵テロリストを殲滅すべく行われた『アリの巣コロリ作戦』中に、突如として現れた怪生物との遭遇、及び交戦でその様相が変わり、新たな標的殲滅の作戦へと変更された。

 その下級悪魔生物『レッサーイビル』の駆逐作戦開始後に、黄昏色の重力の奔流が発生。それは【カオスゲート】と呼ばれる混沌を招きいざなう門である。この現象により作戦部隊の全ての米軍兵士が消息を絶った。




「……ん?臭っ……あー、何だここ?…どうなってんだ? 他の奴らは?」


 トールが目を覚ました場所は、無機質なコンクリートに囲まれた6畳ほどの小部屋。

 身体を起こし見渡せば、複雑な模様に色褪せ、壁の割れ目から水が流れたような茶色に変色した跡。至る所が欠け、床も同様にその破片が散らばっている。部屋全体の経年劣化具合から、かなり古いものだと窺える。


 窓は無く、部屋外へと通じる扉は赤錆だらけの鉄製のものが一か所。どこかの古い地下施設の一室、もしくは何かを監禁する為の部屋にも見える。


 他のチームメンバーの姿は無く、トールただ一人。カビやえた臭いに、白檀びゃくだん系のお香の匂いが入り混じった異臭で充満している。天井が低いせいか圧迫感もあり、非常に不快な空間造りに仕上がっている。

 仮に一般人であれば、この状態だけでもかなりの恐怖であろう。



「あー、何だあれ?……何かの儀式部屋かここは…?」


 更に異様なのが、部屋の奥の壁際に黒魔術か何か、角付きの謎な草食動物の頭骨を中心に飾った祭壇が置かれていた。その周りに幾つもの蝋燭ろうそくが不気味に灯されている。

 その他には枯れた花、血液か何かでドス黒くなった幾つもの銅皿、瓶の容器に入れられた、何かの心臓らしき臓器のホルマリン漬けが供えられている。


 祭壇後ろの壁には《𒀭𒀱 𒁶 𒁈 𒀁 𒉹 𒅄 𒅒 𒈰 𒆴》と、血液のような塗料で、何処かの文字らしきものが書いてあるが解読が不可能。

 

 他の壁にも、謎の言語文字によって幾つも書かれているが一つも理解できない。


「なんのこっちゃ…つうか、何時だ今?……ちっ、嫌な時刻だな…」


 左手首の腕時計を見れば、現在AM 8:46。その時刻は、トールが『9.11アメリカ同時多発テロ事件』で両親を失った瞬間と同時刻。


「どういう偶然だよ…とりあえず、気を失っていたのは3時間ほどか。ついでに睡眠も取れたし、まぁ良しとしよう」


 嫌な偶然にツッコミを入れつつ、睡眠も取れ、体力の回復もできたところで、まずは周囲の気配を探るべく『気』のパルスレーダー波を飛ばす。


「ちっ! 何だここ!?この辺一帯、死者の念がクソやべーなぁ…うじゃうじゃいやがる。カタコンベかよ!ったく、このジャミングで他の連中の居場所が探れねーな」


 どうやらここは、霊感体質のトールには最悪な場所。そのほとんどが残留思念のたぐいのようだが、周囲の感知をするにしても、何をするにしても邪魔以外の何ものでもない。


 カタコンベとは、元々はローマの「サン・セバスティアーノ・フォーリ・レ・アーノ教会」の地下にある埋葬墓所を指している。その後の意味合いでは、死者を葬る為の洞窟、岩屋や地下洞穴のことを全般に指すようになったものだ。 

 


「あー、まぁ動くにしても…まず、装備の確認をしてからだが……」


 現在のトールの装備は、アフガンでの作戦時そのままで、戦闘服にボディアーマー『USTV/PC MCPC ボディアーマー ベストプレートキャリア』。

 膝のプロテクターには『BIJAN'S製プロテクティブ ニーパッド』を装着。

 背にはハイドレーションキャリア。これには3リットルのミネラルウォーターと、三食分のレーションと、諸々のものが入っている。

 

 通信用ヘッドセット&暗視ゴーグルNVG付きACHヘルメットと戦闘用グローブは、アフガン洞窟内で状況を諦めた時に、放り投げてしまって紛失している。

 それと、特殊部隊では必須と言われる持ち物類が、右脇腹辺りの多目的ポーチと、キャリアバックパックに入っている。


 因みに、特殊部隊で必須持ち物とは、まず丈夫なアルミ製ペンとノートだが、水を弾く紙「オールウェザーノート」を使用。続いて「腕時計」「タクティカルナイフ」「サイドキック(マルチツール)」これはプライヤのグリップ部分左右、内外側に各種のツールが収納されており、計14種の機能を備えたDIYツールだ。


 続いて「替えの靴下(3足)」これは兵士が長時間履き続けると破けたり、水場を歩きブーツ内に水が入り濡れると、非常に不快であったりとの理由での必需品だ。

 次に「フラッシュライト」。日光眩しさ対策の「シューティングサングラス」「止血帯」「ストラップカッター」。迷彩柄の「100マイルテープ」これは風速100マイルにも耐える意味合いの名称で、装備の補強や固定などに使用する。


 以上が、特殊部隊必須持ち物10選と言ったものである。

 因みにトールは、一応替えの下着パンツも一枚だけ持参している。


 続いて武器の方は、メインアームに『M27 IAR』アサルトライフル。アッパーレシーバーには光学照準器ドットサイトと、銃身バレル右側のレイルスロット(オプション装着用の溝)には、ウエポンライトを取り付けている。


 サイドアームは『コルトM45A1 CQB』45口径『.45ACP弾』を使用。この軍用モデルは、米海兵隊特殊作戦コマンド『MASOCマーソック』の要求により製造されたモデルで『フォースリーコン』でも正式に採用されている。


 ボディアーマーに装着された3連マガジンポーチ、通称「3マグポーチ」には、5.56mm弾30発「STANAGスタナグマガジン」が、一つのポーチに3個ずつ入っており、それが三つで9+1で合計300発。

 因みに、通常の作戦でアサルトライフルをメインとするなら、150発が一般所持弾数だ。


 更に、3つのピストルマグポーチには、コルト用7発マガジンが2個ずつ、6+1で合計49発と、グレネードポーチには『M18スモークグレネード』が一個。

 近接用タクティカルナイフには、カランビットタイプとストレートエッジタイプが1本ずつと、とりあえずの所持武器と弾数はこんなところだ。

 

「一応、ACHヘルとグローブ以外の装備は、大体そのまんまだな。不幸中の幸いってところか……」



 一般的な異世界転移ものと言えば、日本の学生やサラリーマン。ここまで武器装備が充実した転移は中々あり得ない。と言うか、地球人が単独で所持できる最高レベルの初期装備仕様であろう。

 だが、もしこの試練とも言える状況が、神なる存在によるものならば、その計らいは、非常に高い攻略難易度による、生存率の低さが想像できる。


 そして、ボディアーマーの左胸辺りに取りつけてある無線機ポーチには、端末本体『モトローラXTS2500 PRC153』モデルが収納されている。これによりヘッドセットが無くても通信は可能なのだが……。


 ピーガッ「ウルフ1-2ワンツーより1-1ワンワン及び、各チームのいずれか、この通信を受信した者は応答してくれオーバー」ガッ


『ザー……ザ…ザー…ザ』


「もう一度言う。ウルフ1-2だ!誰か応答してくれ!」ガッ


『ザーザザ…ザ……ザー…』


「あークソっ!だめか。全く誰とも通じねーな……こりゃ電波自体、何かにジャミングされているな…リディの言っていた全て覚悟しておけって、これもそれに入ってんのかよ…ったく」


 全く理解不能と、訳の分からぬこの部屋での状況に加え、通信も繋がらず、頭をガシガシ搔き乱しながら苦言を吐くも、返って来る言葉も無くむなしさと混乱が続く。


 とりあえずの栄養補給で、キャリアバックからMREレーションパックを取り出し封を開ける。幾つかある食料の中から、最も簡易的なエナジーバーを取り出し、それを貪り食する。

 サクっとした噛み応えから、ホロホロと口の中で崩れると、アップルの甘味とほのかな酸味が口の中に広がり、鼻から抜けるシナモンの甘く香ばしい香りが、幾分かこの異常な状況でのフラストレーションを緩和させる。



「そう言えば、シナモンってスパイスの王様とか呼ばれていたな……」


 シナモンは世界最古のスパイスとも言われ、紀元前4000年ごろからエジプトでのミイラの防腐剤に使われ始め、香辛料としてはスイーツだけではなく、インド料理のガラムマサラの主成分、つまりはカレーの原料として使用されており、世界中の食生活にも大いに貢献している非常に需要性の高いスパイスである。


 などと、この場ではどうでもいい事を思い返し、このイカれた現実から思考を一旦放棄して精神状態をリセットする。


 そして、ハイドレーションキャリアからチューブを取り出し、水分補給を兼ねて、エナジーバーでパッサパサになった口の中と喉を潤す。天然ミネラルが胃に深く染み渡る。

 その後に気分を落ち着ける為に、多目的ポーチからラッキーストライクを取り出し、一本くわえる。ジッポライターが小気味いい金属音を奏で火を灯し、一息入れる。


 喫煙は『アリの巣コロリ作戦』ファーストフェイズの兵員輸送車両APCでの移動中以来。普段は食後と気分をリセットする時ぐらいで、余り吸う方ではない。

 ヘビースモーカーであれば、この先入手することができず、ストレス溜まりまくりであろうと考えつつ、残りの本数を確認すると、一箱の半分と言ったところだ。


「ここが地球の何処か、もしくは別世界なのかは、歩き回らねーと確認しようがねーな。……他の奴らの事も気になるし、何にせよ動くとするか」


 吸い終えたタバコを床に捨て、ブーツでり消す。各装備を携えてスゥーっと深く息を吸い、大気から霊素を取り込み、各戦闘管制システムを起動してゆく。


 

 ──では、往こうか。



「ってか、ドア開かねーし! いきなり閉じ込められてんのかよ!」


 いざ部屋の外に出るべく、唯一の出入り口である金属製のドアのノブに手を掛けるも、外から施錠されているようで、最初の出鼻を挫かれ──。


 

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!


 ──っていなかった。そんな錆だらけのボロドアなど、この現人神あらひとがみを閉じ込めておくには無いに等しい。蹴り破ればいいだけの話だ!



「ナメんなよ ボケが!」


 何が出るかも分からぬこの未知の領域で、躊躇ためらいも無く盛大な音を出してしまったが、そんなことはクソ喰らえだ。すでにここはバトルフィールド。


 戦場に盛大な爆音など、ありふれた自然の環境音であり、極々平常そのもの。

 遠慮する必要も無ければ、そんな奥ゆかしさなど、ここでは逆に無作法。

 法も秩序も文字通りに別の次元の話だ。


 さぁ、このダイナミック開門で訪問してきたマナーのいい客人に対して、ここの主人はどう歓迎してくれるか?


 兎にも角にも未知の状況において、まずの基本すべき行動は情報収集からだ。

 生死を伴う状況であれば、尚更その重要性は最優先とすべきであろう。


 そうして、いよいよこの世界での始めゲームスタートの一歩を踏み出すプレイヤー。この異常な状況にも関わらず、どこか楽し気にも見えるトール。



 ──First mission start。


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