第69話 呪霊館 中編
5人の少年少女たちは、屋敷エントランスの階段をゆっくりと上り始めた。
突き当たった踊り場から両階段の左側を上り、2階へと踏み出す。
この緊張感で重苦しい空気の中、ギシリギシリと、その歩みで軋む音が周囲に不気味に響き木霊する。
外では、いつの間にか強い風が吹きだし木々を揺らす。まるで大勢の人の泣き叫ぶ声のようにも聞こえる。
そして、2階に上がって、先ほどの現象音がした方向へと向かい、その扉へと辿り着いた。
その廊下は、手すりから1階エントランスを見渡せる開放的な造り。扉はその廊下の中央に位置している。
「……この扉の向こうからだよな…さっきの現象は?」
「ええ…さっき見えた女性も、この扉に入って行ったようです…すり抜けて……」
「私もそれ見えていたよ。あれ…完全に
実況役のマイク、伊織、アンジーの3人は、現時点に起きた現象を確かめ合うように語っていく。その姿をカメラで収めるサムと、照明で照らすビリー。
その扉は、ウエスタンヘムロック材質の黒塗りの両開きタイプ。何か言いようのない禍々しきオーラを、色濃く
──さあ、招き入れよう。だが覚悟はしておけ。
そんな、畏怖を伴う厳然な言葉のようなものが、脳裏に重くひしひしと伝わってくる。
ギギィィイイィィィィィ……。
「ハハ…この音…ベタだよなぁ」
「いや、そうゆうもんでしょ。この手の古くなったドアは」
そう言いながらも、非常に怖気を掻き立てられる音である。必然的に発生する自然の演出に、編集効果の手はいらない。
開けた扉の先は廊下が続いており、左右2部屋ずつの扉が並ぶ。奥は突き当りとなって窓があるが、木板が打ち付けられており外は見えない。
まずは、試しにと手前左側のドアを開けてみる。
「……何も無い…というわけではないな。一応家具はそのままのようだな」
その部屋は18畳ほどと広め。ベットが2つ並んでおり、アンティークタイプの四段チェスト、キャビネット、クローゼットなどが置かれている。
「ここは…子供部屋ですかね? チェストの上にぬいぐるみが…それと写真がありま……うっ」
「どうしたのイオリ…?その写真がどうかした?」
アンティークチェストの上に複数並ぶぬいぐるみの中に、金縁のフォトフレームで飾られた一枚の写真を見て、伊織の表情が険しいものへと変わる。
その異変の理由にアンジーが問いかけ、他のメンバーも集まり、伊織の肩越しにその写真をカメラで捉える。
「「「……………」」」
「何だこれ…? 家族写真だよな……全員顔が削られている」
「爪か何かで引っ搔いた跡だよねぇ…気味悪ぅっ……」
それは、屋敷建物前で家族が並ぶ集合写真のようだ。中央に主人らしき者と、その妻が右側で椅子に座り、主人の左に10歳前後の男女の幼い子供が二人。
主人夫婦の背後に、主人の息子夫婦。その左右に執事と給仕の女性二人。調理師らしき男性と合計10名の集合写真。だが、その全ての頭部が削られており顔が見えない。
「……この二人の子供の仕業か…? 家族に気に入らない事でも…何か闇を感じるな…」
「子供の仕業だとしても、自分たちの顔までこれ削るぅ?」
「ん~~推測ですが、この子供たちは、この主人に虐待を受けていたのかも… この家族間で余程の強い堅持力を誇示したのでしょう!それは権力だけではなく、暴力などにもよって、誰も逆らえないほどに……。それで、この子らの親であるこの夫婦すらも助けてくれず、見限られた状態が続いたからの、この幼いながらの自己表現じゃないですかねぇ?」
どこぞのあれれっ子の如く、顎に手を当て、その推論を語る伊織。
「「「……………」」」
「マジか……よくこの写真一枚でそこまで…」
「いや、あくまでも勝手な推測です! この主人の動機は分かりませんが、この全員を意味不で殺害しているようなので、その異常性から‶サイコパス〟である事が予想されます。 その被害をこの子らは、最も受けていたのではないでしょうか? 普通許されるような子供の所作を、この主人は非常に厳格と言うか、ぶっ壊れていて、それを許せなかったのではないでしょうか?あくまでもこれ推測です!」
サイコパスは、感情の一部が欠如する精神病の一種。道徳心や倫理感が乏しくなり、極めて自己中心的な振る舞いなどの傾向が見られる。
その為に、自分以外への愛情や思いやりも著しく欠如しており、果ては猟奇的な残虐行為に及ぶこともある。しかも、社会的には信用度が高いなど二面性が見られ、裏表の差が極端な傾向にあるなどの症状も挙げられる。
「……流石、全教科オールA+なだけあるな…お前をこのメンバーに誘って正解だったよ…イオリ」
伊織の推理力に感嘆するマイクに、他のメンバーたちも同意の頷きを見せるが、伊織にまた新たな疑問が生まれた。
「けど、おかしいですね……」
「ん?何がだ…? そのままでも、その写真は十分異常だろ? 他にまだあるのか?」
「なぜ、ここにその写真が未だにあるんでしょう? この写真の家族と使用人たちは、最初の事件の住人たちですよね? 事件記事での人数と家族構成が一致しています」
「「「!!!!!!」」」
この屋敷にまつわる事件での死亡者、行方不明者は、始めに写真の一家、使用人を含めて10名。次の所有者は、親類同士の夫婦二組と、その各子供3人と2人の9名が何者かにより殺害。
次の所有者は、老夫婦と娘婿夫婦にその子供一人5名。事件はその5人に加えて、親類を集めてのクリスマスパーティ中、その未明時刻に総勢16名が消息不明。
その後、空き家となったこのいわくつき物件を、遊び半分で訪れた若者らが2人、3人組、2人組、4人組が何者かより殺害、及び行方不明。合計46名となっている。
「確かにおかしい! だってこの屋敷って、その事件後にも2世帯が所有してるんでしょ? こんな気味の悪い写真、そのままってことは無いよね!?」
「ああ、この屋敷不動産を売却するにしたって、家具などはそのままとかは分かるが、当然この手の私物関係は処理するだろうな…事件の事もあるしな」
更に付け加えるなら、この手の遺留品の類はFBIの捜査が入ったのであれば、プロファイリングなどの捜査資料として、必須で保管すべき重要物である為、この場に放置されている事はあり得ない。
「と言うか、事件の事もあって、その身内関係者がこの物件の相続を手放すのは分かるが、仮にその土地、建物財産を相続する親類関係者がいない場合どうなるんだ? 不動産業者が勝手に所有を名乗り上げ、売りに出すわけには法的にいかないだろう? この手の事情を分かるかイオリ?」
通常土地所有者が死亡した場合、その相続は、身内及び親類関係者に限られる。それが一切無い場合の不動産所有権事情が気になったマイクは、その旨を伊織に問いかける。
「えーっと、まず財産所有者が死亡した場合、その相続財産は一旦、
マイクの質問に何やらすらすらと語る伊織に、一同は、ぽかーんと口が半開き。
「もし遺言がある場合、その遺言で指定されている
プロペードとは、日本には無い相続手続き。遺産を一旦財団に帰属後、裁判所が任命した代表者が、遺言書の有効性を確認して相続人を確定。遺産債務清算 申告納税、遺産管理、遺産分配を行う手続きのことである。
「これが、遺言状も無く他の親類者がいない場合、その所有権は
「「「……………」」」
「まぁ、とにかく遺言の有無に関わらず相続するも、手放すにしてもプロペード手続きが必要で、これには1年から3年かかりますので非常に面倒なんですよ」
次々と、その専門の知識を語る伊織に、呆けながら聞き入る一同。
因みにアメリカでは、日本の法務局のような不動産登記を扱う公的機関が無いために、名義変更が難しい。
「……ああ、まぁ分かった…。よく知っているな…弁護士にでもなるつもりなのか?」
「いえ、私の夢はニュースキャスター! ズバリ女子アナです!」
「そ…そうか、頑張ってくれ……」
とても、今時の16歳が持つ知識とは思えないが、伊織の父親が建築士ともあって、不動産の法務関係の書籍が自宅には一通り揃っている。伊織は、暇つぶしでたまに読んでいたようだが、彼女の将来の夢はアレなので、ビシリとここで宣言する。
「ん?………うわああああ!?」
そうこう語る中、照明担当のビリーが、何気なく奥のクローゼットに視線を向けた時に、何かを目にして驚きの声を上げた。
「「「!!!???」」」
「どっ、どうしたビリー!? 何かいたのか!?」
「…い…今、クローゼットの戸の隙間から、青白い腕が出ていたんだ…子供の腕のようだった…すぐ引っ込んだけど」
「マジか!? カメラに捉えられたかサム!?」
「…いや…、お前たちを撮っていたから気づけなかったよ…」
そして、怖気立つメンバーたちをよそに、マイクはそのクローゼットに向かい、僅かに開いている戸に恐る恐る手を掛ける。サムがその後ろに追従、カメラ映像に収めてゆく。
「オラッ出てきやがれ!……ハハ、やっぱ、いないよな…」
勢いよくその戸を開けてみたもの、何の姿も見られず空の状態であった。
こんな時間に廃墟で生きた子供がいるはずもなく、霊的なものであれば大人しく待ち構えているわけがない。
──ドオン!!!!
「うおっ!!何だ!?」
突然のクローゼットの裏から、何者かによって壁を激しく叩かれた音。間近で聞いたマイクは勿論、全員の心臓が大きく跳ね上る。
「何なの!? 今の音!! 絶対に壁を叩いたような音だよね!? 誰かいるの!?」
「……ああ、確かにそんな音だ……隠し扉とかは…無いよなぁ」
「クローゼットの後ろは隙間なんて無いほど、壁にピッタリと付けられていますね…これは、隣の部屋からだと思います」
実況組3人よって音の原因を探るも、その場では何も確認できない。答えはその壁の奥、隣の部屋からであると総意に至る。
ダッダッダッダッダッダッダッダッダ!!!
「「「「!!!!!!」」」」
「って、今度は何だ!? 廊下を走る音だ!!」
───ギィィィィィィ……バタン!
「……隣の部屋に、誰かが入ったような音ですけど……誘われていますね……」
「ハハ…ハ…ずいぶんと急かしてくるじゃないか、ここの
立て続けの現象にこれまで強心臓、恐れ知らずの
動画配信による功名心が先立つことによって、その恐れが緩和されていたが、流石にその抑えが利かなくなってきた。しかし、ここで勇気を振り絞る。
──そんな所で何を遊んでいる? さぁ、早くこっちへ来い。
そんなイメージの言葉が、全員の心に重々しく語り掛け、急かし立てる。
そして、子供部屋を後にして隣の部屋へと廊下を歩き、辿り着いた一行の前に問題が生じた。
「な…何だよこれ? 扉が塞がれている?」
見ればドアらしきあった場所には、
「…だってさっき…この部屋から…木製のドアが開くような音が…誰かが入って行った音がしたはずよね…?」
「……おそらく、この屋敷の悍ましいいわくは、この部屋に限られたものでは?
それで、この部屋が封鎖されたのではないでしょうか? それは、先ほどまでの
「……はぁ、残念だが、この部屋に入る事は無理なようだな……。しょうがない、他の部屋を周ろうか。この調子なら、他でも十分に取れ高が期待できそうだ」
「そ、そうだね。とりあえずこの向かいの部屋から探索してみる?」
「オーライ、そうしようか……」
残念と言いながらも、どこかホっとしている一同。その部屋に入る事を諦めて向かいの部屋に入ろうと、マイクはドアノブに手を掛けた。
ドン!!
突然背後から、大きく壁を叩く音がした。心臓が止まりそうな思いで驚愕しつつ、一斉に振り返れば。
「「「「!!!!!?????」」」」
「な…何でドアがあるの!?」
そこは、金属製の壁で塞がれていたはずが、赤く血に塗れたような木製のドアへと変わっていた。
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