前日譚 災厄の始まり

第68話 呪霊館 前編

 

 2011年 アメリカ合衆国 オレゴン州 ポートランド 。


 オレゴン州は北米西海岸に位置する33番目の州。ポートランドはオレゴン州、北西部の州最大の都市であり、アメリカで最も住みたい街、第一位の都市でもある。

 この都市は、コロンビア川とウィメラット川の間に位置している。東南東には、『オレゴン富士』とも呼ばれる秀峰フット山がそびえ、都市であるものの自然溢れる非常に美しい街並みが特徴的だ。


 他にも、ポートランドは環境にやさしい都市全米第一位。世界からの評価を見てもアイスランドのレイキャヴィークに次いで第二位。アメリカで安全な都市第三位と高評価。

 ワシントン公園には日本庭園などもあり、この環境のいい住みやすい都市である理由から日本人も多く滞在している。


 そのポートランド東「ラーチ山」へと向かう、郊外の広大な森林の中を通る

「イースト・ラーチ・マウンテン・ロード」。

 

 その通りから、少々外れた鬱蒼とした森の中、廃墟となった一軒の屋敷がひっそりと物寂し気ながらも、不気味な様相を漂わせている。


 嘗ては裕福な家庭が住んでいたのであろう、都市部の喧騒を避けてか、この静寂な土地を求めて建てられたようで、大きな二階建て、フェラデル様式の邸宅家屋の造りになっている。


 フェラデル様式は、左右対称バランスの取れたシンメトリーの建物で、古代ギリシャ、ローマ建築の優雅な古典様式を取り入れているのが特徴。その代表的な建造物としてはホワイトハウスが挙げられる。

 日本であれば、問答無用で『THE豪邸』と称されるであろう。個人家屋としては、かなり大きめの館だ。

 

 だが、現在その敷地の庭は、背の高い雑草が生い茂り、建物自体も全く手入れされておらず、蔦などが至る所に垂れ下がっている。建物全体的に色褪せ傷んでおり、かなりの老朽化が見られる。

 

 その屋敷には、ある噂が囁かていた。


「怨霊に呪われた館」と、いわくつきの所謂いわゆる「心霊スポット」と呼ばれる邸宅廃墟。如何にもらしい雰囲気を実に重々しく、悚然しょうぜんかもし出していた。


 その背景には、嘗てこの邸宅主人の手により使用人を含めた一家惨殺。主人自らも自殺。その後に所有した別の家族も、何者かによって全員惨殺。続く次の所有者家族は、現在に至っても消息不明。


 FBIも捜査に乗り出すほどの事件であったが、どれも未解決のまま。名の知れたいわくつき事故物件として、買い手もつかずに十年以上放置されているのが現状。


 その事件後に、興味本位でここを訪れた若者たちも、何者かによって殺害。原因不明の死亡、行方不明等などが後を絶たず、この建物敷地への立ち入りは禁止。若者らを中心に地元警察からも注意喚起がなされ、近隣の学校等への呼びかけも行われた。

 

「呪われた館」として、その後は誰も寄り付かなくなったのだが、時が経ち、そんな云われも色褪せた頃に、再びこの屋敷を訪れに来た若者たちの姿があった。

 男性3名、女性2名。まだ幼さを残す十代半ば位、地元の学生と思われる少年、少女のグループだ。


 時刻は深夜一時を越えて、晴れてはいるもの月明かりの無い新月の真夜中。しかも周囲に民家の無い森の中。その空間は、若者らが持つハンドライトの明かり以外は、漆黒の闇に包まれていた。


「カメラの調子は、大丈夫か? サム」


「ああマイク、通常もナイトビジョンも問題無く映っているよ。ビリー、照明の方はどうだ? 」

「ん? ああ、ちょい待ちぃ…おお明るい!」


 マイク少年に促され、映像の確認をするサムが持つカメラは、当時としては最新デジタルムービー ハンディカムカメラ。カメラ左部で開いた3.0ワイド液晶ディスプレイを覗き込み確認。問題なく鮮明に映っている。


 もう一人の少年ビリーが持つ、バックパックから伸びたケーブルが繋がる小型照明は、少ない消費電力で長持ちバッテリータイプのLEDハンディライト。小型ドライヤーのような形状をしている。

 その光量は、演出空間用の照明として求められており、4200kの自然の雰囲気の色温度。その照明によって、周囲が明るく照らされているのが確認できた。


「やっぱり明るいと、ちょっと安心しますよねぇ。けど不気味ですね…アンジー」

「だねぇ…マジで出そうじゃん?ここ……」


「出てもらわなきゃ困るっての。しっかり取れ高が無いと、配信できないからなぁ」


 その雰囲気に呑まれ、当初の目的を忘れている少女二人の言葉に、それを思い出させるかのように言い知ら占めるマイク。

 どうやら彼、彼女らは、大手動画配信サイトへの投稿が目的で、ここに訪れたようだ。それを指揮するグループリーダーがマイクだ。


「けど、ここ入って大丈夫なのかよ、マイク?「KEEP OUT」表示付きのフェンスゲートを潜り抜けてきたけど……」


「あんな錆びついてボロボロのフェンスなんて、もはや意味をなしてないだろう。窃盗目的でもなく、ただの廃墟進入がバレたところで、大した罪に問われる事はないだろう。そんな事より、撮影の方に集中しようぜ。これで成功したら収益も得られるし、有名にもなれるからな」


 別の不安要素を唱えるサムだが、ここまで来て、今更何を言っているんだと思いつつ、こんこんと言い聞かせるマイク。



「あ!あそこの窓見て下さい!!誰かいます!!」


「は!?どこだよ“イオリ”!? 」


 一早く気付いたその観察眼は生まれついての先天性、その美少女は、まだ幼さが残る十代半ばの早見伊織だ。


 伊織の父親は建築士で、アメリカの建築様式を学ぶうちに魅了され、アメリカでの永住を決意。その当時、偶然日本からポートランドに留学でホームステイしていた母親と出会い、恋愛をして結ばれた。と言った馴れ初めの両親である。

 それから16年。その血は生粋の純日本人なのだが、生まれや育ち、戸籍上でも一応アメリカ国民である。


「おいサム、 カメラで追え!! ビリーはライトを当ててくれ!」


 伊織の言葉で、慌ててマイクがカメラマン、サムと、照明担当ビリーを急かし立て指示を出す。


「2階の左側、二つ目の窓です!」


 伊織が指し示す場所を、ビリーが照明を回し明るく照らす。それをサムがカメラで捉え、一同はその一点に目を向け、強い緊張感が走り抜ける。


「なんかいる!!あっ隠れた! 今の見えた!? 絶対に誰かいたよね!?」

「ああ見えたよ!今のカメラに映っているか、サム!?」


「ああ、ちょ、ちょっウエイト…今確認している!」


 一旦録画を止め、それをマイクがスマホで録画しながら、その映像を取り囲み伺い観る。


「おお、映ってる!……ダービーハット?」

「……男…老人のように見えるな」

「分かり辛いけど、確かに映ってるよねぇ…うわヤバ…」

「これ、PCに落として拡大しないと、よく分からないが確かにいるな……」


 サムが、カメラに備えられた液晶画面で、今の瞬間を一時停止し見れば、2階の窓に老紳士のような姿が見える。

 その姿の装いは、ベージュ色の古いタイプのトレンチコートか、ハンティングコートを着ている。黒のダービーハットを被った昔の紳士姿のように見えるが、画面が小さく、拡大してみないと更なる詳細は分からないが、確かに人らしき姿だ。

 だが、こんな深夜に十年以上誰も住んでいない森の中の廃墟に、そのような老紳士の姿があるのは考えられず、生きている人間とは思えない。


 因みに「ダービーハット」はアメリカの呼び方で、イギリス及び日本では『ボーラーハット』『山高帽』と呼ばれるものだ。



「ハハハ、これはかなり期待ができるな…よし、早速中へ入ってみようぜ!」


「「「……オーライ」」」


 意気揚々のマイクの呼びかけとは正反対に、緊張感露わに頷き、躊躇ためらいつつも呼応する少年少女たち。


 そして、一行は屋敷玄関へと向かい歩き出す。背の高い雑草を掻き分け、両開きの重厚そうなアンティークタイプの玄関扉に辿りつく。

 扉の材質は、アメリカの住宅では主流となっている腐敗に強く、耐久性に優れた木目調のファイバーグラス素材が使用されている。それも最高級タイプのようだが、長年の放置の為に傷み、大分色褪せている。


「鍵が壊された跡があるな…これならすんなり入れそうだが……」


 その扉の鍵は、以前に進入した者によって壊された跡がある。マイクは扉に手を掛け、開くかどうかの確認をゆっくりと試みる。


 ギィィィィィ……。


 如何にもな不気味な音を奏で、開きだす扉。その後ろを、2人の少女が寄り添いながら背中を丸め、恐る恐ると見守っている。その光景が照明で照らされ、カメラで刻々と捉えてゆく。


「うっ、カビ臭さっ!……しかも、かなり埃っぽいじゃん!」

「当然だろ、何年も人が住んでいないんだ。そりゃカビも埃もイキリ立つだろうよ……」

「外もですけど、中はもっと不気味ですね…なんか空気がすごく重いような……」


「しかも、かなり寒いな。怖気とかの悪寒じゃないよな…? 実際に外より気温が低いような感覚だ……」


 中に入って見れば、むせ返るようなカビの臭いと舞う埃。更に雰囲気によるものではなく、物理的な気温の低さを感じる。

 

 屋敷内エントランスは、20畳以上はあろうか。床は丈夫なオーク三層、ビターのウレタン塗装。その中央に赤のカーペットが敷かれ、玄関扉から真正面階段を上り、踊り場から左右へと上る両階段へと続いている。よくある洋館屋敷の造りだ。


 エントランスの左右には、別の部屋への扉が2か所ずつ、4つの扉が見える。

 天井までの高さは約10m。装飾が施された大きめの古いシャンデリアが、暗く薄気味悪く垂れ下がっている。

 おそらく、次の買い手の為に、一度は清掃されていたのだろう。思っていたよりは荒れてはいない。積もった埃以外は実に綺麗なものだ。それでも長きに渡り、放置されていたことが窺える。



「あの、主人による家族惨殺事件のあった部屋って、確かさっきの老人らしきが見えた部屋辺りだよな…?」

「その主人もその場で自殺とかだったよねぇ…? さっき見えたのって…もしやその主人じゃ……」


「それありえますね……あっ! 人!! 今度は女性です! 階段上の踊り場!!」


「「「「!!!!!!!」」」」


 この探索実況役の3人が様子やコメント解説をする中、またしても一早くその存在に気づく伊織。

 伊織の指し示す、両階段が左右に伸びる踊り場を見れば、床を引きずるすその長い白いドレス。暗めブロンド髪の長い女性の姿。そこから、スゥゥっと滑るように左側の階段を上ってゆく。


「……撮れたよな…? 今の…なぁサム……」


「ああ、マイク…はっきりと撮れたと思うよ……」

「今のは、完全に見えたよねぇ…ヤバ…寒気と鳥肌が収まらないよ」


 ここまで、明確な霊的なものを目にした事の無い彼ら彼女らは、恐れを上回るほどの興奮が、その胸の高揚感を高めてゆく。


 そして、更に現象は、立て続けに起こり始める。



「……アア……ウウウ…アア…」 女性らしきすすり泣く声。


 ギシッギシィギシッギシィ 何者かが歩き床のきしむ音。


 コンコンコンコンコンコン 壁やドアをノックする音。


 ダッダッダッダッダッダッダッダッダ 複数の走る音。


「キャッキャッキャッキャキャキャ」子供がはしゃぎ笑う声。


 それらの音が混然と屋敷一帯に響き渡り、一行の胸の高まりを一気に凍らせる。



「「「「…………………」」」」


「ハハ…ハハハ…マジこれすごいな…こんなスリリングな事は初めてだよ」 


 その数々の現象に言葉を失い、総毛立つメンバーたちをよそに、更なる高揚露わに目を見開き、笑いを零すマイク。


「これ、全部同じ辺りから声や音がしてますよね…?何か誘われているような……」


「……そうよね…2階左側から音が集中がしている感じだよ」


「ハハハ! 歓迎してくれるなら好都合! じゃあ早速そのお呼ばれに、是非とも伺ってみようじゃないか!!」


 このメンバーらは、いずれもオカルト好きが集まり設立された。動画配信によって、一躍有名になりたい者らが集ったグループだ。

 恐れを抱きつつも、沸き立つ好奇心がそれをねじ伏せる。この世ならざるの者の招きに応じるべく、マイクの呼びかけに士気を高めてゆく少年少女たち。


 一拍おいてから、お互いの顔を見合わせ頷く。心臓の鼓動が早まり、警笛を鳴らすも決意を固める一同。


 そして、舞台へと誘うように敷かれたレッドカーペットを、一歩一歩踏み締め、

歩み出すその出演者たち。

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