第67話 往ってきます!


「おめでとうございますキャロル! あなたも‶人外への道〟に一歩足を踏み入れたようです!!」


「……ええぇぇぇ~」


 死の間際まぎわの変性意識状態の経験。度重なる死の危険と異常な状況による極限状態の継続。それらに対応する為に神経をすり減らし、研ぎ澄まされた集中力の昇華。それらの状況がキャロルの無意識下で、ある変化を起こさせた。


 脳内の神経細胞ニューロンからの情報を伝達接続するシナプスにより、新たな情報の記憶修正が、超速で忙しく執り行われて肥大化。機能的な変化とその数の増量。

 それは「シナプスの可塑性かそせい」と呼ばれる変化。これによりキャロルの脳内では、嘗て無い危機的状況を打破する為の対策会議が開かれ、それらに対応したバージョンアップの導入が決議される。

 そして、可決導入された新プログラムの大型アップデートにより、新たなパッチの強化モッドが適用された。 


 ──パッチファイル名 Carоl . Ver2.0 Mоd1


 どうやらキャロルは、嘗てから望んでいた光を掴み始めたようだ。


「あー邪魔だ‶チョロ助〟。どっかに


 ガッ!!


『!!!???』


 片手で大剣を引きずりながら歩き始め、罵倒の意味で使った呼称が、偶然にもその本名とも知らずに、トールはフリーズ状態の赤虎チョロ助の首を掴む。


 ブン!!──ゴロゴロゴロゴロゴロ!!ズザザザザ!!!

『グベェガルブロベレボロビレレレ!!!』


 そこから、その膂力で斜め後方に放り投げて激しく転がり、止まった所がドールチームがいるすぐ傍。


 ──なんやねんこれ? 俺ぴん、どうなった?


 ドン!!!『ブヘェ!!??』


「フフン、どうやらライフゲージと魔力が枯渇して【身体強化フィジカルフォース】の効果が切れたようですね」


 チョロ助の頭部の付け根辺りを、伊織は『震脚』で踏みつけ、その眼を怪しく光らせながら獰猛な笑みを浮かべる。


「はい、では皆さんお手を拝借。これを使ってください」


「「「何それ!?」」」 


 伊織がそう言って差し出したのは、3本の刃渡り30cmを超えるほどの手製のカランビットナイフのようだ。サイズ的には湾刀『ハルパー』だ。


『ハルパー』は、古代ギリシアで使用された極端に湾曲した曲刀。内側が刃になっており鎌のような形状から別名『鎌刀』とも呼ばれる。

 ギリシャ神話で、ペルセウスがゴルゴンの首を刈り落としたのが、この『ハルパー』とされている。


「これって……」


「ええ、この‶チョロ助〟の左手の鉤爪を、有効活用させてもらったものです」


「イオリ…あんたいつの間に……」

「その神業みたいな手クセ……犯罪に使ってない事を祈るよ」


 これは、その意識が別の方向に向いている間に事を成す『ミスディレクション』を活用。いい意味での悪い手クセで、トールがもぎ取って放り捨てたチョロ助の左腕を、こっそり回収して手際よく作りだしたものだ。 

 そして、ここでも偶然にも赤虎の名が当てられ、呼称されている。


「「「「フフフフフ」」」」


 ──それは、俺ぴんの爪かぁ!?やめろ!いったい何をする気だ!?クソハゲウンコチンチンどもめ!!


 ドールガールズらの闇深い狂暴な笑みと、怖気を伴うようなフフ笑い。赤虎チョロ助は嘗て感じたことの無い恐怖を抱き、ついに失禁する。


「ドリーとジェナの仇、早々に討たせてもらうよチョロ助」


「自分の爪で逝けるなんて、最高の気分だろうよ」


「はぁ~どこから刻んでやろうかな……」


「先ほどの屈辱、ここで晴らさせてもらいますね。チョロチョロ太郎」


 各思いの言葉を紡ぎ、その名が改変され、断罪の刃が振り下ろされる。


 ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ!!!

 『くぁwせdrftgyふじこlp!!!』


 そして、慌ててPCキーボードの文字を羅列したかのような叫びを上げ、赤虎チョロチョロ太郎の息の根が止まり、ついに絶命。


「「「「クリア!」」」」


 ──mission2 救済者セイバーが出現後に、指定された対象生物チョロ助?太郎?を討伐せよ!


 ──congratulation! mission clear !


 悪趣味な神から、彼女らに与えられた二つ目の試練ミッションを完了。

 様々な思いが募ったようで、彼女らのその瞳には涙が浮かび溢れる。その誇らし気で精悍な表情は、眩ゆく美しく見えた。

 

「ハハハ、いいねぇ」


「ふ~ん、確かにあのままだったら、己の無力さと無念だけが残り、この苛烈な環境に精神が圧し潰されていたところよねぇ…これは計らいかしら?」


 トールは、自分で止めを刺すこともできたが、敢えてせずに彼女らの思いをくみ取った。この世界で生き抜く為の活力、戦意、士気を高め、その無念と遺憾の思いを払拭させる為のお膳立てであって、粋な計らいでもあった。


『さすがは、我が友と認めた強者たる在りよう。その心意気は深い感慨に至るものなりだな!』

『おとたま、かっけー!!』

『おとたま、男塾!!』


「あーうるせー!んな事どうでもいいんだよ。とりあえず、こいつらの処理が最優先だろ!だから、お前ら甘噛みするな!」


 すでにラプトル兵らは残り僅かとなり、指揮官も倒れ壊滅状態。いつの間にか「タルボサウルス」も「Tレックス」らに2頭仕留められ、現在3頭。


 手の余った大狼たちは、Tレックスらの周りを攪乱揺動しつつ、トールら主戦力の準備をサポートするなど、実に空気が読める有能な部隊である。


「おい、そこの茶髪のCST!イオリっつったけか?お前なんだろう? ちと、こっちに混じれや」


 何らかの情報をリディから得ていたトールは、その戦力に伊織を加えようと呼びかける。


「え!?いやいやいやいや雷神さん!何をおっしゃっているのか、私がそのメンツに加わるなど、とんでもないですよ!」


 伊織は、パタパタと顔の前で激しく掌を振る。あの怪獣軍団を、今の状況で相手になど、無理ゲーと言わんばかりに全力で拒絶する。


「あージミー、お前が持っている、彼女にくれてやれ。どうせお前使えねぇだろ」


「はあ~ん!?そんな御無体なぁぁ、これかっけーのにぃぃ。ま、いいっすけど…後でなんか別の見返りでも……」

「安心するといいね。ジミーには後で鼻クソ分けてあげるから、楽しみにするといいねハハン」

「それ、鼻クソと同等なのかよ!!」 


 トールに促されて、そう言いながらジミーホッパーは、どこで手に入れたのか泣く泣く、アンドリューサルクスの体毛に忍ばせていた、二刀の刀剣を取り出した。

 ジミーがまたがる空気が読める「アンドリューサルクス」は、言われずとも伊織の許へとノシノシと歩く。そして、その上から革製の鞘に納められた二振りの曲剣が手渡される。


「はいよ!おねぇさん」


「あ、ありがとうございます……」


 そして、伊織はその曲剣を鞘から抜いて刀身を眺め見る。


 どうやら、二振りは同型で両手剣のようだ。その刀身は厚めで、長さは約50cm、幅は10cm少々。刃は緩やかな曲線を描き『シミター』か『グロスメッサー』と言ったところか。


『シミター』は別名『三日月刀』。ペルシア語では刀剣を意味する『シャムシール』と呼ばれる。片刃の半月のような曲がった形状が特徴だ。

『グロスメッサー』はドイツ語で「大きなナイフ」と言う意味で、ゲルマン民族が使用していた、古代ドイツ語の「ナイフ」の意味『サクス』から発達したものとされている。


 その二本の曲剣の刃紋は『重花丁子乱じゅうかちょうじみだれ』一本の刀身は、全体的に青み掛かった美しい白銀色。もう一本は、妖しく艶のある薄鈍色うすにびいろ。二振り共、朧気な淡い光を放っている。


「こ、これはミスリル製…しかもかなりの業物…こんなものいったいどこで…?」


 伊織は大きく目を見開き、その業物の美しさに目を見張る。


「ミスリル製!? うわっマジファンタジーかよ! それでまぁ、最初にこの世界に来た時ってのが、気味の悪いダンジョンみたいところで、その二刀はそこで拾ったやつっすよー。‶二日前〟っすかね」


「「「「!!!???」」」」


「ミスリル製…ダンジョン…ハハ、マジで異世界転移だね…って、二日前!?あんたたち、いつこの世界に…?」


 ミスリル製も然る事ながら、ドールチームがこの世界に転移したのは数時間前。

だが、ジミーらは別の時間枠に転移していたようだ。


「え~っと‶4日前〟? もうクソ疲れたっすよ…ここマジクソガチでヤバイんすから……」


 ジミーは傷だらけになった腕時計の日付を見ながら、しみじみとそう語るしみジミーである。

 どうやらドールガールズらとは、転移の時間軸に大きな誤差が生じていたようだ。


「ハハハ…どうりで、この世界に慣れ親しんでいると思ったんだよ…何あの雷神とか獣の王様みたくなってないか? てか、野生化してない?」


「ハハン、トールは何だか、地球にいたころより活き活きしてるね。あの狼たちを引き連れて来た時は、オシッコ漏らしそうになったよハハン」


 アデラに、トールの野生化と王様ぶりを陽気に語る鼻ブロッコリー。


「…えっと、しみジミーさん。この両手剣にめいは、あるのでしょうか?」


「え? 拾ったものなんで、分からないっすね…って、しみジミーって!?それは、俺が物静かで落ち着いているって意味っすかね? はは~ん分かってらっしゃる。俺はクールで、無口っすからねぇ!」


「うっせ、黙れクソハゲ! まぁそんなことより、この二振りに私が名前をつけておきますね!」

「あは~ん!!この娘も辛辣ぅぅ!クソハゲしーっ!!」


 口数がやたら多いハゲは放っておき、顎に手を当て一時、思案する伊織。


「はい、では、こちらの青み掛かった白銀の方は『蒼雪あおゆき』。そして、こちらの薄鈍色の方は『偃月えんげつ』と、独断と偏見で命名致します!」

 

 そうドヤ顔で、その二振りに命名。うっとりと『蒼雪』と『偃月』に見惚れて、しばし、自分の世界へと浸り込む伊織だが、何か重要なことを忘れている。


「おーい、お前ら。戦場で呑気に談笑してんじゃねーよ。で、その両手剣がありゃ戦えんだろ?サトル・サヤマ!」


 そう、ここは巨大生物たちが暴れ狂う大戦場だ。


「ハッ!いけない!この剣たちに見惚れてました!今行きますよ!って、私はタイガーマスクじゃありません!イオリ・ハヤミです!!」


「ほら、ノリツッコミしてないで、とっとときなよ『フレイヤ(仮)』!」

「む?なんですかアニータそれは?それと「逝きなよ」って字がおかしいですよ!」


「「「いいから、とっとと逝け!!」」」


「あーもー分かりましたよ!皆揃ってからに…とにかく往ってきます!」


 もはや、不安も恐れも一切吹き飛んだ伊織は、輝く笑顔で最前線のバトルフィールドへと戦意高らか、意気揚々と駆け出していった。




 第3章 黄昏の境界編 完

 

────▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽────


 ここまでお読みいただき誠に感謝です<m(__)m>うがの輝成です。


 第三章ここまでが煉獄編のプロローグ的なものとなります。

 次回から三話構成、短編番外編で早見伊織の十代半ば、若き少女時代の話をお送りいたします。


 それは日常回ではなく、謎回収と共にがらっと雰囲気と言うか、ジャンルが変わります。ズバリホラー!!


 ホラーが苦手な方、心臓の弱い方、閲覧注意です!

 長引かせる訳にもいかないので、抑えめテイストに致します。

 ガッツリ恐怖感を煽ると文字数がアレなので…。

 

 その次から第四章となりまして時系列が遡り、トールの転移直後の話からのスタートとなり、この恐竜戦場に辿り着くまでの、色々な謎部分を明らかにしたいと思います。おそらく、この恐竜戦の続きは六章辺りかと(;´∀`)

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