第63話 真の異種格闘


 トールと赤虎ラプトルは緩やかに歩き、互いの制空圏が触れた。


 これぞ正真正銘、真の異種格闘。いざファイト!!


 

 シュオン!!!


 赤虎ラプトルは、他の個体より長い腕を、人間の動体視力では認識困難な速度で左手鉤爪を振るう。


『完全ゾーン状態』時のトールは、視覚はあくまで補助的なもの。

見るのではなく【気】の流れを感知し、所作を読み解く。


「武器を持っているなら、当然その鉤爪武器を使ってくるよな」


 クルン!!

『!!!???』


 その鉤爪が、トールの頭部を捉える寸前、赤虎ラプトルの左手首付近、左掌と右裏掌を当て素早く回転。身体を捻り掴み極め、化剄かけいと小手返しの合わせ技。赤虎ラプトルの巨体がくるりと回転。


 ドオオオオオオオン!!!

『ブルルエェ!!??』


 激しく地面に叩きつけられ、何が起きたか理解できずに、間抜けな声を上げる赤虎ラプトル。


『グルブルアアアアアアアアアア!!!!』


 即座に立ち上がったものの、突然左腕に嘗て味わった事のない激痛が走る。

 叫声を上げ、その腕の状態を見れば。



『!!!!!!?????』


 ──腕が無い。



「あー、これ? こんな物騒なもん、ぶん回してたら危ねぇだろ?だから没収ー。

つうか、何だこれ?…エグいな。どこのフレディさんだよ」


 捩じり切り、もぎ取った赤虎ラプトルの腕を持つトール。その鉤爪をツンツンしながら何やら宣っている。



『『『『『…………』』』』』


「「「「…………」」」」


 取り戻した活気が速攻で冷え切り、押し黙るラプトルサポーターと、呆気にとられ、愕然とするドールガールズ。



『グルルァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 ──許すまじ! こいつのはらわたを引きずり出し、その首に巻き、息の根が止まるまで振り回し地に叩きつけようぞ!!


 ドン!!!


 片腕を失い、超マジガチモード赤虎ラプトルは、その場の地を強く蹴りだす。

一旦トールとの距離置く為、後方に跳躍。その距離は約20m。


 流石は、最新鋭の変異恐竜。自己強化魔術を使用するほどの、地球の理から外れた特異エース個体。


 トールの視覚を攪乱すべく、そこから尋常ならざる速度で前後左右、縦横無尽に残像を残しつつ翅跳はねとび駆け回る。

 これは、この赤虎ラプトルが強者を相手にする際に編み出した歩法。今までこれに対応してきた種は皆無の恐竜拳奥義。



 ──さあ、これからどう料理してやろうか? この獲物が泣き叫びさえずり、助けを乞う間抜け面が実に楽しみだ……。


 想描き赤虎ラプトルは凶悪な笑みを浮かべ、その急襲タイミングを窺っている。



「「「!!!!!!!!」」」


「なんて、速さなの……」

「こんなの無理だよ!!」


「速すぎて目で追いきれないわ……」


 余りの赤虎ラプトルの駆け回る超速度に、ドールガールズも目が回り驚愕の言葉を並べてゆく。


「明らかに動物の速度では無いですね……。これは【身体強化フィジカルフォース】の更なるブースト効果。……けど、雷神さんは全然慌てている様子は見えないですね…」


 伊織が言う通り、トールはこれにたじろぎも畏れを抱く事も無く、逆に不敵な笑みを浮かべる。


「へぇぇ。すげートリッキーだな……それなら」


 赤虎ラプトルの、その脅威の身体能力と魔力術を活かした譎詭変幻けっきへんげん、幻影が如き超速度に、全く驚きの様子が窺えない驚きのセリフを呟きつつ、トールに変化が起きる。


『!?』


「「「!!??」」」


「どっ、どうしたのクレイン!?」

「まさかっ! いつの間にか攻撃を喰らったのか!?」

「そんな…やっぱり雷神でも……」

「…………」


 何が起きたか、突如トールは身体ふらつかせて、よたよたと覚束ない足取りになっている。

 何らかのダメージを負っていたのか。これにはドールガールズらも不安気な声を上げる。それを黙って、表情も変えずに冷静に見続ける伊織。


 ──何だこいつ? 傷でも負っているのか? フン!ならば好都合。この腕のお返しをせねばな 。 まずはその腕をもぎ取り、見てる前で喰らってやろうか。


 ダン!!


 ここぞと、そのタイミングを見極めた赤虎ラプトルは攻勢に入る。トールの左腕を奪うべく、左側から跳び襲い掛かり、その頭胴長の凶悪な顎を超速で振るい喰らいつく。


 ヨロリ…… ──ガチィィイン!!!

『!!??』


 ふらりとよろついたトールにその攻撃は空振り。赤虎ラプトルは空を噛み、金属がぶつかり合うような激しい音を弾き奏でる。


 ──ちっ、運のいい奴め。偶然にも躱せたか……。まぁいい次はこれでその腕を。


 ふらり……バタン! ──シュンっ!!

『!!!???』


 今度は残った右腕の鉤爪を、その左腕目掛けて超速で振るう。これまたふらりとよろめき後方に倒れてしまうが、偶然にもその凶刃が空を切り裂き、これも空振る。


 ──むっ? 何が?……だが、これなら!


 僅かに戸惑いつつも、赤虎ラプトルは気を改め、地面に仰向けで倒れているトールを踏み潰すべくその剛脚を振り落とす。


 ゴロり……。ドオオオン!!!

『!!!!????』


 これも当たらない。その地面を陥没させるほどの剛脚戦槌の一撃を、トールはゴロリと寝返り、ギリギリの位置で何食わぬ様子で躱してみせる。


 ──このっ!

 むくり……ブオン!!!


 戸惑いゲージが上昇しつつトールの頭部を、今度は左脚で蹴り飛ばそうと轟音を上げて振り抜く。だが、ゆったりと寝起きのように身体を起こしたその背後を、その蹴りが通り過ぎ、これも当たらず。


 ──このクソ!竜尾閃りゅうびせん!!


 困惑の表情が露わになり、赤虎ラプトルはグルンと反時計回りに身体を回転。苛立ちを覚えつつトールの背中目掛け、鞭を幾重にも重ね巻いたような、その強靭な尾の一撃を振るう。


 バン!!ブオオオン!!


 トールは一旦再び身体を倒れさせ、両足を腹部の辺りまで折り曲げ、そこから両腕、背筋を使って一気に跳び起き上がる。その下を、尾の振り回し攻撃が通過して、これも空振り当たらない。


 ──このクソクソ!!竜尾勢車りゅうびはずみぐるま!!


 そこから赤虎ラプトルは、その回転力を活かし、速度を上げての連続回転ダブルアクセル。その尾による極太鞭打べんだを放つ。


 ドン!!────ドオオオオオオオオオオン!!!


『!!!!!?????』


 だが大きく飛ばされ、段差の壁に激突したのは赤虎ラプトル。


 見ればトールは、再度地面に仰向けで横たわっている。そこから、また跳ね起き地面に立ち、再びふらふらと酒に酔ったような千鳥足。



 ──何が起きたのだ!?


『『『『『!!!!!?????』』』』』


「「「…………」」」


「……いったい、何がどうなっているのよ!?」

「こっちが聞きたいくらいだよアニータ……。わけが分からない……」


「……今の…何が起きたか分かる?イオリ」


 呆然とするラプトルサポーターらを尻目に、ドールガールズも驚愕と理解不能の言葉を漏らし、実況解説を伊織に求むキャロル。


「……今のは、赤虎の尻尾での攻撃。……それを雷神さんは倒れ込みながら躱し、同時に強烈な直蹴りで赤虎をぶっ飛ばして、壁に激突させたようです。…あの動きは……」


「あの一瞬で……」

「マジか!? ってか、あの赤虎すげーボロボロじゃね?」


 伊織の解説により呆然、愕然とするドールチーム一同だが、更なる理解に苦しむ状況が目に入った。


 トールはふらふらと、寝たり跳ね起きたりを繰り返しているだけ。一方的に攻撃を仕掛けていた赤虎ラプトルだが、その身体を見れば無数に負った傷跡から血流。


「壁に激突した時に受けた傷跡じゃないよね?……抉られたような痕だわ」

「うわっマジだ……。何だあれ?どういう事だよこれ……」


 アニータのそう状況を語る疑問に答えるアデラ。だが、全く理解不能な状況が続き、その言葉には疑問しか綴れない。


「……あれは、赤虎が攻撃を仕掛ける度に、雷神さんは偶然での回避を装って、その合間に凄まじい速度で、あの強固な皮膚を抉っていたようですね」


「あの赤虎の身体……銃弾さえ掠り傷程度だったわよね……。それを素手で……そんな動きも、素振りさえも全く見えなかったけど……あの動きって技なのイオリ?」


 伊織の実況解説を聞いても理解が及ばないキャロル。それは、ある種の技によるものだと察して、伊織に再度質問。


「ええ、あの足の運びで大体は分かっていますけど、見ていればキャロルもそれがどういった『武術』か分かりますよ」


「え? それって、私が知っている武術なの?」


「勿論ですよ。 かなり有名な武術ですからねぇ。他のみんなも知っているはずですよ」

 

 そうこう語っているうちに、トールの動きに新たな手の動きが加わった。


 それは『杯手はいしゅ』お銚子をかたどった手の形。拳の状態から親、人指し、中指を僅かに広げた手の形。その状態で腕を身体の前で、僅かに曲げ、上下、右往左往させながら、覚束ない足取りの千鳥足を演じている。


 その三本の指先を見れば、血にまみれていた。

 それは紛れもない、赤虎ラプトルの皮膚と肉を抉った際の血液によるもの。

 

 その動きは有名であろう。ある中国武術の極めて独特の動きの型。


「あの動きって……アレだわよね……?」


「ええ、間違い無いよキャロル。あの動きは……有名だものね」


「ハハ…ハ、マジか雷神…それも使うのかよ!それ、昔ジャッキーの映画で観たよ!」


 もう、お分かりいただけただろうか。

 トールのこの動き、実に分かりやすい型。多くの者がこの動きを見様見真似で象ったであろう。




「あれは『酔八仙拳』……【酔拳】です!!」

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