第62話 おい、そこの肉!



 神は、彼女らを見捨てていなかった。


 否、神はこの世界において『プレイヤー』として相応しいかどうか、最初の試練ミッションを彼女らに与えた。



 ──First mission『規定時間内を生き延びよ!』



 脱落者が出たものの、彼女ら4名はそのミッションをクリアした。


 

 ──ならば当然、彼女らには救済が必要だ。




「あーうっせーな。なんだこいつら? うわっ、ドブ臭さっ!」



「「「「!!!!!!」」」」


『『『『!!!???』』』』



 救済者セイバー、雷神が降臨した。



 何とも緩い口調で、ドールチームが最初に辿り着いた段差の上に現れた

その救済者セイバーとは、雷神、現人神あらひとがみのトール。

 

 ザザッ!!


 段差上には何頭かのラプトルもいたのだが、その圧力プレッシャーを感じ取り、慌てるように飛び退いて距離を置いた。

 それまで、狂気のギルティコールを唱和していたラプトルの大部隊は、突然現れた特殊個体の威容に鳴りを潜め、静寂な空気がその場に訪れた。


 おそらく、ここに辿り着くまで多くの命を殺傷してきたのだろう。返り血に塗れた姿は異様そのもの。


 その激戦を物語るかのように、すでにアサルトライフルは持っておらず、上半身の衣服は無い。その極限まで鍛え上げられたギリシャ彫刻のような、芸術的な筋肉が露わになっていた。


 その胸には、シンプルなラテンクロス。背には戦の女神のタトゥ。


 戦女神の背には2対の翼を広げ、古代ギリシャのペプロス、キトン衣装に、弾倉ベルトを斜め掛けした女神が描かれている。右手には聖剣を掲げ、左手にはストーナー63軽機関銃を携えている。

 その足元には、ラテン語で「Si vis pacem, para bellum」。和訳は《汝平和を欲さば、戦への備えをせよ》。


 何より目を引いたのは、ライフルの代わりに右肩に乗せ、持ち主同様に血に塗れた巨大な‶大剣〟だ。


 どこで入手したのか、その大剣は2mはあろう、その幅は40cmほど。

見た目的には、無骨で荒い造形のサバイバルナイフを巨大化させたようなフォルム。

 柄の部分は、人用太さと長めの形状だが、その重量は人が簡単に振り回せるものではない。

 

「……ク、クレイン!?」


「「「雷神!!!!」」」


 決死の自爆を覚悟していたドールチームは、突然現れたその異様な出で立ち。見知った歩く戦術兵器に、我が目を疑う反応。


「あー、なんだ? CSTの姉ちゃん達じゃねーか! んな所でどうした?……

あー、泣いてんのか? 腹でも痛ぇのか?…んなわけねーよな……」


 ドールチームと赤虎ラプトルを中心に、この自然の広場と木々の間を所狭しと大量に群がる凶悪獰猛な生物に囲まれているにも関わらず、この超然とした佇まいは、何たる頼もしい限り。この上無い極上の救済の手に、感極まって大粒の涙が溢れだすドールチームの面々。


 それは確信だ。


 ──私たちは救われた。


 ドスン!


 そしてトールは、その段差をひょいと飛び、処刑場と化していたドールチームと同じ目線の地へと、大剣による重量感のある着地音と共に降り立った。


『…………』


 一時は激昂に高ぶったものの、それからは冷静。泰然の姿勢をとっていた赤虎ラプトルも異変を感じ取ったようで眼を細め、トールの動向をつぶさに窺っている。


 ──何だ、この個体は? 種族的にはこの餌どもと同じに見えるが、何かが違う……。


 その場に重力変化でも起きたかのような圧力と、只ならぬ異様なオーラを纏うトール。赤虎ラプトルは、警戒レベルを上げ、オーラの出力を上げて、赤黒い煙のようなものを纏ってゆく。


 そして、トールは赤虎ラプトルに目を向ける。


「何だこの派手な奴は? 目立ちたがり屋か? どこぞの赤い彗星ならぬ、赤虎彗星か? 知らんけど」


 普通の者であれば身の毛がよだち、恐怖そのものである赤虎ラプトルの威容にも、然程も慄く事も無く、全くの平常運転。のんびりとした口調を続ける。


「フフ、相変わらず緊張感が欠けているんだよね。あいつは」


 流れ出ていた涙を拭いながら、眩しそうな目で笑みを浮かべ、トールを見つめるキャロル。


「んっ? キャロルか? おー久しぶりだなぁ!ってか、おま、CSTに転属していたのかよ!」


「え? ええ…久しぶりだわねぇ。そうよ、イラクの後にね。って!そんな悠長に挨拶交わしてる場合じゃないんじゃない?」


 ドールチームの中に、嘗ての戦友を見つけてのんびりと挨拶を交わすも、この危機的状況の中では場違いだと、引きつった苦笑でノリツッコミぎみにキャロルに諫められる。


「何なのこの人外は……その大剣といい、ツッコミどころが多すぎる……」


「なんでこの光景を見ても一切動じないの?…しかも呑気に……」


「何たるオーラ……この方…魔力では無い、本来生命が持つ根源的な力にみなぎっていますねぇ……」


 ドールチームの面々もトールの佇まいに、各々驚きの感想を呟いている。


「……あの太腿すげーな。焼いたら美味そうだな……」


「「「え?」」」」


 赤虎ラプトルの脚を見つめて、何やら呟いているトール。


「はい、今夜のメシ決定!君に決めた! ゲットだぜー!!」


「「「……………」」」


『!!!???』


 涎を拭いつつ獰猛な笑みを浮かべ、ビシリと左人差し指で赤虎ラプトル向けて「捕食宣言」をするトール。

 口を大きく開け唖然とするドールチームの面々に、それを受けた赤虎ラプトル自身は怖気立つ。


「……ん? この二つの遺体……こいつがやったのか…?」


 何気なく周囲を見渡した先に、赤虎ラプトルによって犠牲になった二人の遺体。


「……ええ、ドリーとジェナよ…信頼できる部下たちだったけど、大切な親友でもあったわ……だけど…こいつに……」


 再び涙が溢れて、わなわなと背中を震わすキャロル。同様に俯き、悔し気に告げる言葉を失う他の仲間たち。


 ザン!!


「分かった。後でしっかり弔って、その魂をちゃんと地球に還してやるから少し待っててくれ……」


 その肩に担いでいた巨大な大剣を地面に突き刺し、無残に戦死した二つの魂の安らかなる鎮魂を静かに宣言する。


「おい、そこの肉!これも野生の摂理だから恨み言を言うつもりはねぇが、こっちもその掟に従って、きっちりがっつり喰らってやるから、俺らの糧となって血肉になりやがれ!!」


 そう言い放ち、大剣は地面に突き刺したまま、無手の状態でゆっくりと赤虎ラプトルに向けて歩き出す。


「え? その大剣は使わないのかよ雷神!!」


 せっかく強力そうな武器を持っているのにも関わらず、素手のまま戦おうとしているトールに、疑問の言葉を投げかけるアデラ。


「あ? 必要ねぇだろ。こいつは敵ではなくただのだ」


「「「…………」」」


 言葉を失うCSTガールズ。


 沈黙を保ったまま、その状況を観察していた赤虎ラプトル。ついに動き出したこの特殊個体に戦闘態勢を執り身構える。



 ──よく分からないが、あの大きな武器は使わないようだな。その小さな身体で何ができるものか、愚かなり。


 大剣を警戒していた赤虎ラプトルだが、トールがそれを使用しないことを見て、勝ち誇ったような凶悪な笑みを浮かべる。


 トールは、歩きながら胸のラテンクロスのタトゥに掌を当て、祈りのことばを唱える。


「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事を頂きます。ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧として下さい。わたしたちの主、イエズス・キリストによって」


 唱えた祈りは、カトリック教会のお食事前の祈りだ。


 すでに脳内リミッターは解除してある状態。フルパフォーマンスを発揮する為に、体内の古い気を吐き、新しい気を取り入れる『吐納法』の呼吸によって闘気を練り高めてゆく。

 そして、意識を深層領域に沈め、極限の集中状態。『完全キルモード』へと推移していく。


「エイメン」


 祈りの終いの言葉と共に捕食の準備はできた。後は仕留めるだけ。


『ブルアアァ!!』

⦅【身体強化フィジカルフォース】!!⦆


 その種族言語で、赤虎ラプトルは魔力を込めて身体の強化術を発動。

 伊織が圧倒されたのも無理はない。同じ【身体強化フィジカルフォース】でも、元々の基本スペックに差が有り過ぎたのだ。


『『『『『クエッ!!クエッ!!クエッ!!クエッ!!クエッ!!l』』』』』


 ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!


 その戦闘を始めようとしている赤虎ラプトルの強化術の一声に、せきを切ったかのように、サポーターラプトルたちが活気を取り戻す。踏み足の韻律に合わせてジェノサイドコールを士気揚々と始めた。


「また、こいつら!!」

「この空気…息が詰まるわね……」

「こんなアウエーで、よく平然としているわねあいつ……」


「雷神さんは、今ゾーン状態に入っているので、こんなクソ騒ぎなんてビチグソ以下ですよ!」


 この圧し潰されそうな異様な雰囲気。CSTガールズたちも怖気が走り出す。

それに続く言い方がアレな伊織。



 トールと赤虎ラプトルは緩やかに歩き、互いの制空圏が触れた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る