第61話 大輪咲き彩る 女たちの花道
事は無慈悲で残酷な現実を突きつけ、彼女たちを追い詰めていた。
タタタタタタタタタタタ!!
「リロード!!」
「了解!! フォローするよ!! あー耳塞いでたのに、まだ耳鳴りがするよ!」
アニータのリロード時間をサポートするアデラ。だが、スタングレネードの影響が残っているようで、銃を撃ちまくりながら苦言を漏らす。
対する赤虎ラプトルは、先ほどの一発目の情報を緑ラプトルリーダーの叫びか何かで伝わっていたのか、スタングレネードに反応。素早く回避の為に跳躍したものの、その影響を受け、何度も頭部を振りながら回復に勤しんでる。
そんな中、アニータたちが放つ銃弾を身体に受けまくり、さすがに無傷といかず、掠り傷程度だが、僅かながら血流が見えている。
その射撃が頭部に集まり始めると、左右に跳躍して避けているが、この個体を仕留めるには、非常に困難な状況。
それでも、何とか近づけさせずに持ちこたえているが、時間の問題。
いずれ訪れるその時を見据え、赤虎ラプトルは慌てる事なく、まるで遊んでいるかのように、獲物たちが必死に立ち向かってくるのを楽しんでいる。その表情には凶悪な笑みさえ浮かべている。
「けど、アデラ。あんた何で逃げなかったのよ? 心強いのは助かるけどね。
フフ……」
アニータはそう語るも、表情は悲壮感漂うもの。力ない微笑みを零すが、すでに覚悟は決まっている。
「ハハ、親友を放って置けるわけないだろ? そんなわけでキャロルには申し訳ないけど、あんたの決死の覚悟に、あたしも付き合う事にしたんだから感謝しなよ! 相棒!」
アデラもその時の覚悟を決めている。親友をたった一人では死なせまいと、決意の表情と笑顔でアニータにそう答える。
「アハハ、あんたらしいね!共に逝けるのがあんたで良かったよ!ってか、弾数がもうヤバイかも」
「ほらよ!あんた先に撃ちまくっていたからね。これ使いなよ!これで僅かだけど、あの二人が逃げられる時間を稼げるはずだよ! あっと、こっちリロード!」
そう言いながら、リロードのついでにフル装填の5.56mm弾のマガジンを弾薬ポーチから二つ取り出し、アニータに手渡すアデラ。
「サンキュー、相棒!!愛してるよ!!」
「ハハハ、やめろよ気持ち悪い!あんたそんな趣味なかったはずだろう!?そんなセリフは、あの世で彼氏ができたらそれに言いなよ!」
「うるさいわねー! 家族愛みたいなもんだから、それ察っしなよ!」
「アハハ、分かっているっての!あんたは寝食を共にした家族みたいなモンだからねぇ、こんな他愛の無いやり取りをできるのも、あと僅かだから十分堪能してくれよ!なっ!ハハハ」
儚くも切ない、やり取りを繰り広げる二人。もはや風前の灯火。散り往く命の篝火を、共にその最期の
「それで、お互いに弾切れになったら、どうやって最期の花道を飾るつもりなんだよアニータ?」
「フフフ、やっぱこれでしょう!」
そう答えながら、アニータはボディアーマーにぶら下がっている、M67フラググレネードをポンポンと軽く叩く。
「アハハ! そりゃ派手でいいかもねぇ! 最期は、二輪の花を盛大に咲かせようってことだね! オーケイ、その案のったよ!!」
「ハハハ、あんたならそう言うと思ったわよ! あんた派手好きだからねぇ!」
二人はその最期を飾る、散りゆく花の大舞台の幕引きに選択したのは、手榴弾による盛大な自爆。それを晴れやかな笑顔で語り合う。
「ハハハ、なんかいつの間にか、ギャラリーのオーディエンスたちが集まってきているようだねぇ!」
力無い笑い声と共に、そう語るアデラだが、見れば数十頭はいるだろうか、多数のラプトルたちがわらわらと集まってきた。
「くっ…あの二人も逃げ切れなかったようだわね……」
アニータの苦痛に満ちた表情で語る呻きの言葉に、射撃の手が止まる。アデラが振り返って見れば、キャロルを抱える伊織が、ラプトルの群に行く手を塞がれていた。
「クソっ!」
「イオリ…もう離していいよ……」
そう促されて、伊織は抱えていた腕の力を抜く。キャロルは解放されるも悪夢のような状況からは解放されず、むしろ悪化の糸を手繰り寄せていた。
「ちっ…全滅かよ。この世界……ジャパニーズアニメのように、あっさり解決とはいかないものなのかよ……」
「みたいだね。……こんな異世界転移序盤で即退場とか、私たちは主人公サイドではなく、モブか、かませ犬ってところが妥当路線だね」
アニータの射撃の手も止まり、華々しく自決しようとしていた決意と覚悟が、脆くも崩される。
「どうやら、この世界はおとぎ話のようなファンタジー世界ではなく、地獄…いや、煉獄ってところかな? ここの神様は、相当
アデラが呟きは的を得ている。この世界は夢のようなファンタジー世界ではなく、悪夢のような歪な混沌世界。
──煉獄。
その魂の試練の場と言える煉獄世界の洗礼を、早々に受ける彼女らであったが、その試練に耐えるべく手段を、彼女らは持ち得ていなかった。
「これは、あの時……共に逝けなかった彼、彼女らへの
そう呟く伊織は、過去に何らかの状況下で仲間を死の淵に置いて、逃走を余儀なくされる事態に陥った経験があった。その光景が今、脳裏に非情な雨となって冷たく降り注ぐ。
「よく分からないけど、あんたにも辛い過去があったようだね……」
戦場に身を浸していれば、否応なしに幾つもの辛い死を目の当たりにすることだろう。キャロルもそんな経験を、幾度となく苦く味わっていた。
一度は断罪の刃から逃れたものの、再びその刃が首筋に押しかかる。流石に今度は、救いの女神が手を差し伸べることは絶対に起こり得ない。
その救いの女神ですら、今、傍で何もできずに手を縛られたような状態。処刑台の階段を上らされているからだ。
「どうやら、この赤いやつは佐官か将官クラスってところかねぇ……敢えて単独で出て来て、その力の誇示の為に、こんな悪質な演出を披露したんだろうよ」
アデラの推論は的を得ていた。赤虎ラプトルは、この数のラプトルを統率するに相応しい力量を、他の兵卒らに見せつけていたのだ。
「まったくムカつくよねぇ。何あの勝ち誇ったドヤ顔…なんか腹立つわね……」
すでに諦めきっているアニータは、もはや悪態をつくぐらいが関の山。それに対して赤虎ラプトルは
もう、いつでも容易く喰い殺す事ができる。そんな眼だ。
その圧倒的な圧力と戦闘力を持ち得た、大部隊司令官クラスの個体。それを取り巻く無数の残虐極まりない兵卒、士官クラスの古代の爬虫類生物たち。
否。古代ではなく、この世界では今現在ここに存在する生物。
数千万の年数を経て、独自の進化を得た銃弾すらも効果を示さない、最新鋭の生物個体が率いる、最新鋭の殺戮集団部隊。
地球人類の単体戦闘能力では、明らかな最高峰に位置する伊織だが、赤虎の強戦闘力にこの大部隊。余りにもの戦力に差がある。
抵抗しようがしうまいが、どう足掻いても勝ち目は皆無。完全に詰みの状態。敗戦が確定した瞬間だ。
捕虜などで生きながらえる事も不可能。この敗戦においての戦勝者への貢ぎ物は、供物としてのその命。
2名ずつに分かれていたドールチームの生存者4名。兵卒ラプトルらの圧力に押され、キャロルと伊織は他2名の許へと押し戻され、再び1か所に集められた。
「こいつ……
「「「………」」」
キャロルの苦渋に満ちた呻きの問いに、仲間たちは何も言えず、同様の表情で赤虎ラプトルを忌々し気に見つめるだけ。
──はぁ、結局、何も得られずにここで終わるのね……。
──せっかく地球に戻れたのに、結局、こういう死に方ですか……二人のドッグタグ…故郷へは戻せそうにないようです……。
──決死の覚悟で皆を逃がそうと踏み留まったのに、結局、全員ダメだったね……。
──あたし格好いー!と思いながら一緒に残って、アニータと共に盛大にぶっ飛ぶつもりが、結局、皆纏めてかよ……。
────いずれも思い至る『結局』は。
そんな共通の言葉で各々は、最期の時に向けての無念の思いを胸の中に綴ってゆく。
この世界に訪れた時点で、彼女らの死は、変える事のできない不可逆的な決定事案。
「みんな……覚悟はいい? アップルを使うわよ」
キャロルのその言葉共に、視線が指し示すのは、ボディアーマーに下げられているM67
その言葉に彼女らは覚悟を決め、各々の意思は一つの終着点に辿り着いた。
「「「了解!!」」」
彼女らは強い決意の眼差しで、キャロルの指揮に了承の意を明瞭な言葉で呼応する。
「あいつを引き付けてからだよ。分かっているわね?」
「ハハ! 盛大に道連れにしてやろうぜ!」
「それ、さっきあたしらがやろうとしてた事だからね!二輪から今度は四輪に増えたから、彩りが鮮やかになるってもんだわ!」
「まさに花の大舞台って感じで、胸が高まります!」
彼女らは、最期の大輪の花を咲かせるべく、いずれも一切の迷いの無い満面の笑顔で語り合う。
『……?』
何が可笑しいのかと、赤虎ラプトルは疑問の表情を浮かべるも。
──まぁいい。もう茶番は飽きた。この獲物らをすぐさま喰らってやろう。
そう思った赤虎ラプトルは、その威容な佇まいからゆっくりと歩を進め、彼女らの許へと近づき始めた。
周囲のラプトルの群たちも、ドリーとジェナの遺体から流れ出る血の匂いで興奮露わに涎を垂らし、晩餐の時を今か今かと
『『『『『クエッ!!クエッ!!クエッ!!クエッ!!クエッ!!』』』』』
ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!
その思いを渇望しているかのように、地面を踏み叩き、雄叫びを上げるラプトルの群。
鳴き声の響きから日本語の「喰え」と叫んでいるように聞こえる。
「言葉は分からないけど、殺せ!とかの意味だろうね……胸くそ悪いわ」
アニータの翻訳解釈は、まさにその通り。この異様な集団の圧力に、押し潰されそうな大気の重みを感じる。
そして、各自グレネードを手に持ち安全ピンに指を掛け、外すタイミング見計らう。
近づく赤虎ラプトル。いよいよ終焉の幕が下ろされる時が訪れたようだ。
「みんな。あの世でまた逢おう!──やるよ!」
「「「了解!!」」」
さあ、儚く散り往く大輪の花の彩りで飾ってみせよう。女たちの花道を。
──そして、その時が来た。
「あーうっせーな。なんだこいつら? うわっ、ドブ臭さっ!」
神は、彼女らを見捨てていなかった。
「「「「!!!!!!」」」」
『『『『『『『!!!???』』』』』』』
雷神が降臨した。
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