第59話 歴戦のエースカラー


 伊織は何を思ったか、MK16をポイっとラプトルリーダーの許へと放り投げた。


『!?』


 ──道具をなぜこちらに?諦めたのか?


 ダン!!


穿掌せんしょう !」


 ザスッ!!ザスッ!!


『グブゥッ!!』


 銃を放り投げた直後に、地面を強く蹴りだし、ラプトルリーダーの内門へと瞬時に移動。

 そこから右腕を引き、右足の甲を左脚関節裏に当てるように上げると同時、オープンフィンガータイプの戦闘用グローブの右手刀を、穿つようにラプトルリーダーの顎下、首元に深く突き刺す。

 そして、右掌を引くのと同時に、同じ要領で左掌を突き穿つ、2連撃の手刀突き。ラプトルリーダーの首元、二つの突き抉られた箇所から鮮血が噴き出す。


 これは中国武術、内家三拳の一つ『八卦掌はっけしょう』の【穿掌せんしょう】と呼ばれる技。


『八卦掌』は、中国武術の中では歴史が浅い方だ。19世紀前半、創始者は紫禁城の宦官、「董 海川とうかいせん」とされている。

 この武術は、その名の八卦に基づいた技術理論により、掌を開いて円周上を回るように動くのが特徴である。


 八卦掌の門派は非常に多く、その理由として「董 海川」の許に集まってきた達人たちに教授する際、その各達人たちが、それまで学んできた武術に合わせて指南していた事により、その点でこの武術は多くのスタイルが確立されている。


 因みに内家三拳は「太極拳」「形意拳」と、この「八卦掌」である。



 そして、伊織もこの八卦掌に多くの武術を取り入れていた。


『!!!???』


 突然の首元の激痛に、ラプトルリーダーは何が起きたかと狼狽える中、更なる伊織の攻勢が続く。


 獲物の姿を捉えるべく前方傍を見るも、その姿はすでに無い。周囲を見渡そうと首を横に振った瞬間、左脇腹に再び激痛が走る。


「穿掌×3!」


 ザスッザスッザスッ!!!


『ブグオォォッ!!!』


 伊織は、八卦掌の動きで相手の周囲を回るように左側に回り込む。透かさずその脇腹に3連の【穿掌】を高速で撃ちこむ。


 左脇腹の激痛で左側に傾き、必然的にその加重が左脚に大きく掛かる。


 バギッ!!!


 その加重が掛かった左脚関節に、全体重を乗せて【身体強化フィジカルフォース】による轟音唸る直蹴りで叩き折る。


『グブェエエエエエエエ!!!』


 極めつけとも言える極大の激痛。ラプトルリーダーは盛大に叫び鳴き、脚をへし折られた事により、バランスを崩し大きく倒れ込む。

 倒れ際に苦し紛れに尾を振り、伊織を弾き飛ばそうとするも、その一振りを身を屈めながら鮮やかなに両腕と掌で捌ききる。


 ザス!! ズァ!! ブチッ!!


 捌きの中に穿掌を交え、その尾の根本近くを手刀で突き入れ引き裂く。尻尾が胴体から切り離されて、回転しながら地面にドスリっと落ちる。


「部位破壊の尻尾切りは基本ですね!」


 ──何が起きている!? 何だこの激しい痛みは!? なぜオレは倒れている!?何なんだこいつは!?


 ラプトルリーダーは、今までに体験した事の無い攻撃に翻弄され、地に倒れ伏している事に未だに理解ができない。


 ドン!!!


 伊織は、そのモヒカン頭胴長の頭部を足で踏みつけ抑え込む。

 その手には、いつの間にか「MK16」を携えている。銃口はラプトルリーダーの頭部に合わせられていた。


 そう、この止めを刺す為に伊織は先を見据え、この拾いやすい位置に放り投げていたのだ。


「チェックメイトですね。クソモヒ官さん」


 先ほどの意趣返しとばかりに、伊織は上からラプトルリーダーの顔を、冷ややかに冷酷な表情で睥睨へいげいする。


『グゥゥゥウウウ』


 ──殺す殺す殺す!! 許さん!! こいつのはらわた引きずりだして……クソ!!なぜ身体が動かない!?


 ラプトルリーダーのその眼は、見開かれ血走り憎悪に満ちたもの。牙をむき出し、重く響く唸り声を上げている。

 

 ズン!!


『グゥエ!!』


 そして伊織は、そのおぞましい眼に「MK16」の銃口を突き入れ眼球を潰す。


 ──痛い!どうなっている!? 死にたくない! オレを助けろ!


「獲物にされて甚振いたぶられる気分は理解できましたか?──はい、では、ごゆるりとお眠りください」



 タタタ!!タタタ!!


 眼から直接、脳へと5.56mm弾が6発撃ちこまれた。ラプトルリーダーは息の根を絶たれ、力が抜け落ち横たわる、ただの屍と化した。


 周囲を見渡せば、生きているラプトルは1頭もおらず、全て倒れ結果は圧倒的な圧勝に終わる。最古VS最新特殊部隊の戦闘は、最新側の勝利となった。


「クリアですね」



「「「「おおおおおおおお!!!」」」


「やったねイオリ!! あんた凄すぎだろ!!」


 ドールチームらは勝鬨の声を盛大に上げ、伊織の許に駆け付ける。


「まさか昨日に引き続き、新たな都市伝説を別の者から見せられるとはね!」


「いやいや、これもみなさんの援護のおかげですよ!」


「ハハハ!クレインの初陣の時と同じ事言ってるよ!!」


「そうなんですか!? けど、雷神さんなら援護無しでも瞬殺できそうですけどね」


 駆け付けたチームの面々に、大いに称えられて照れ捲る伊織。しかし、益々その正体が分からなくなるこの一連の一幕。


「一先ずの危機は去ったけど、いつまでも喜んでいる場合じゃないんじゃないのか?」


「おっと、そうだわね。フラッシュバンの音もだけど、血の匂いで他の肉食動物が集まって来る可能性が…って、イオリ、何してるの?」


 肉食動物の生態に、多少知識のあるジェナの言葉にキャロルも同意。この場から退避の令を出そうとしたところで、伊織が何やらと。


「血抜きしてる時間も無さそうだし、この巨体を運ぶのもあれなんで、一部だけお肉を拝借しますね」


 そう語りながら、伊織はラプトルリーダーの脇腹から背中にかけ、ストレートエッジナイフで手際良く一部の皮を剝ぎ取り、肉を切り取っている。


「「「……」」」


「まさにリアルモンハンだな……。討伐後の剥ぎ取りは大事だからな……」


 その光景を呆れながら見つめる面々と、それをあのゲームに例え、しみじみと呟くアデラ。


「よし、オーケイですね!ついでに尻尾も……え?」


「「「?」」」


「どうした…? イオリ?」


 剥ぎ取りを終え、仲間たちの方を振り返った伊織。だが、呆然とした表情で仲間の一人を見つめている。

 その表情を只ならぬものと感じた一同は、その目線の先を恐る恐る追ってみた。



 ドリーの首が無い。



「「「「!!!!」」」」


「ど、ドリー!? な、何で……」


 全く理由も分からないまま、突然の仲間の明らかな死に呆然自失。首が無い状態で立っていたドリーの遺体が力なく倒れてゆく。



 バリ!バリ!グチャ!グチャ!ベッ!!


 コロン!


 何かの咀嚼音と、何かが吐き出される音。転がって来たものを見れば、血に塗れた歪に変形したACHヘルメットらしきもの。


 そして、それを齎したものの正体を確かめるべく、ドリーの遺体の後方に佇むものに目を向ける。


「「「「!!!!」」」」


 それは、一頭の別のヴェロキ・ラプトル。


「な…なんだこいつは!?」


 一同が愕然とする中、ようやく言葉を発したジェナの呻くような問いに答える者はいない。


 突然の仲間の死。それを齎したそのラプトルの威容に言葉を失っているからだ。


 その尾までの全長サイズは4mほど。すでに息絶えて横たわるラプトルリーダーと同サイズだが脚が太く、腕も他の個体より長めで鉤爪も大きい。


 その身体のカラーリングは、鮮やかなレッドと黄色と黒の虎模様。目立ちまくりの体色の色具合だ。

 更に頭部はエグいもので、モヒカンであるものの毛ではなく、硬質なゴツゴツと平たい岩のようなものが聳え立っている。


 おそらく突然変異か、何かのハイブリッド種のユニーク個体である事が明らかだ。


 その個体が口から血を滴らせ、何かを咀嚼している事から考える事は一つしか無い。



 ──こいつがドリーの頭部を喰らい、今も咀嚼して味わっているのだと。


 咀嚼しながらも、その眼は禍々しい赤い光りを放ち、獲物たるドールチームを悠然と見据えている。



「まずいですね……。どこのエースカラーの赤ですか? ……それ多分、歴戦個体ですよ」


 先ほどまでの余裕と打って変わり、険しい表情でこの個体のスペックに畏怖している伊織。その額に汗が滲み、頬を伝い流れ落ちる。

 

 この個体の体色は、余りにも鮮やかで目立ち過ぎる。それが意味するのは?


 その体色によって天敵とも言える種に狙われ、交戦を余儀なくされる事態に陥った回数は一度や二度では無いであろう。

 つまり、この個体は現時点まで、それらの種に狩られる事なく、その全ての脅威に対処できたと言う事。


 

「クソ!! このよくもドリーを!!」


「だめです!! ジェナ!!」


 ドリーを殺された事に激昂したジェナ。伊織の制止を振り切って、銃口をその歴戦個体に向ける。


 シュン!!


「「「!!!!!」」」


「お…おいジェナ……」


 何が起きたのか、動きが停止したジェナに恐る恐る声を掛けるアデラ。


 ズズ……ドシャッ。


 ジェナの左肩から右腹部に掛けライフルごと分断。一拍後に斜めにズレ、鈍い音と共に地面に落ちた。


 斬ったのだ。


 その刃渡りは30cmはあろう。鉤爪の一本により袈裟斬り一閃。ジェナの上半身上部を切断したのだ。

 その殺傷を裏付けるかのように、右手の鉤爪に滴る血。それを刀の血払いの如く腕を斜めに振り、その遠心力で拭い落す。


 僅かの間に、たった一体の野生生物により2名が命を落とされた。

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